瞬間

2011/03/22


 恋に気づいた瞬間は?



 不意に耳に飛び込んできたのは、なんとなく流していたTVから聞こえてきたフレーズだった。芸能人の婚約会見らしく、フラッシュが惜しげもなくたかれている。
 頬を染めながら記者たちの質問に答えているモニタの中の人物は、そういえば何度か見たことはあるかなと思うが、名前が浮かんでこなかった。
「恋に気づいた瞬間、か……」
 隣で見ていたミハエルが、ふっと笑いながら口にした。なにをそんなに嬉しそうな顔をしているのだろう、とアルトは不思議そうに眺めた。
 ミハエルは、恋に気づいた瞬間を覚えているのだろうか?
 知らず、頬が染まる。
 この男とは、いわゆる恋人関係だ。挨拶ではないキスをして裸で抱き合って、ともに夜を越えて朝を迎える、そんな。
「いつ、だろう……」
「ん、なにが?」
「俺が恋に気づいた瞬間」
 アルトはうぅんとうなって思い返す。
 ミハエルとは確かに、友人として出逢ったのだ。それは間違いない。
 なにがどうして、こんなことになっているのだろう。
「それはものすごく興味あるな、アルト。お前がいつ恋に気づいて、俺の気持ちを受け入れてくれたのか」
 ミハエルはリモコンでTVかの電源を切り、アルトの声にピンと耳を立てた。アルトの気持ちはもう充分なほどに分かっているが、そんな瞬間までは分からない。興味津々といったように、ミハエルはソファの上で座り直した。
「うーん……お前に好きだって言われた時、かなあ? それくらいしか思い浮かばない」
「えっ、そうなの?」
 アルトが出した結論に、ミハエルは驚いて目を見開く。
 確かに恋を告白したのはミハエルの方で、玉砕覚悟だったはずが、その気持ちはすんなりとアルトに受け入れられてしまったのだ。
 だからこそ、もっと早く恋に気づいていて、告白されるのを待っていたのではないかと推測して、自惚れてもいたのに。
「あの時、アルトに好きだって言ったらさ、うん、って返してくれて、恋人同士になりたいって言ったら……ちょっと考えて、それから」
 それから、シャツを握って引き寄せてくれたから、俺はお前のこと抱きしめたんだよねと、ミハエルは懐かしそうにも呟いた。
「ああ、だからその時なんだってば。お前に好きだって言われて、あー俺も好きなんだなーって思っただけだったんだ」
 嘘やごまかしを言っている風には見えない。ミハエルは目を瞬いて、そうなんだ、と吐息とともに呟く。
「またお前は、流されただけだったってことかよ」
「え、いや別にそういうんじゃないと思うんだけど……あれ? でもそうすると俺、いつお前のこと好きになったんだろう」
 恋を告白されて、すぐに受け入れてしまえるということは、当然その時点で彼のことをとても好きだったに違いないのに。
「なあ、お前なら知ってるか? 俺がいつお前のこと好きになったか」
「え、それ俺に訊くのか? そんなの分かるわけないだろ、なに言ってんのお前」
 そもそも気持ちを受け入れてもらえるか分からない状態で告白したというのに。そんなものが分かっていたら、あんなに悩む必要はなかったはずだ。
「はぁ? お前、俺のことなら何でも分かるとか言っておいて、こんなことも分かんないのか?」
「逆ギレってお前なあ……じゃあ、初めて逢った時って言ったら満足するのかよアルトは!」
 アルトのことなら分かるよと言った覚えは確かにあるが、そんなことまで分かっていたらきっとエスパーにでもなれる、とミハエルはソファを叩く。
「なんでそんな前なんだよ!」
 負けじとアルトもソファを叩くと、意図せずに指先が重なった。

「だって俺は一目惚れだったんだぜ!?」

 怒りながら告げることではないと思っても、止まらない。
「えっ、……あ、そう、なのか。じゃあ、俺もそれでいいや」
 ミシェルはそうだったのか、とアルトは少し体を退いて小さく息を吐く。
「それでいいやって、あのなアルト」
「だって思い返してみればお前のフライトに見惚れたのは事実だし、お前のこと見てドキッとしたし。そーだよその時だ、すっきりした!」
 ひとりで完結されてしまって、若干置いていかれたような気分になる。流されやすい性格だとは知っていたけど、ここまでとは思っていなかった。
「言っておくけどアルト、俺お前には二度、一目惚れしてるからな」
「え、なんで」
「舞台見た時と、美星で初めてお前を見た時。二度」
 自分はこんなにもアルトを好きだったのにと、面白くなさそうに口を尖らせたら、アルトがわずかに目を見開いたのが分かる。

「な、なにそれズルイ、俺だってお前のこと何度も好きになりたい!」

「はっ?」
 予想もしていなかった愛の言葉を吐かれて、ミハエルはぎょっと目を見開く。振り向いてみれば真剣にズルイと思っている風なお姫様。
「ふ、はっ」
 思わず噴き出したら、肩の力がすうっと抜けていく。そうだった、ちゃんと好きでいてもらっているんだったと思って、笑った。
「ミシェルだけ二回とか、ぞんなのズルイ……」
「アールート、ごめんな大事なのは回数じゃないってば」
 可愛いなあ、と思いつつ、どうやってもう一度一目惚れするんだよと笑って抱き寄せる。でも、とまだ抗議を続ける口唇にキスを落として、
「過去の回数より、これから先、未来のずっとを大事にしろよ」
 な?とのぞき込んで、丸め込む。聞こえは悪いが、そうしたいのもそうしてほしいのも本当だ。
 過去よりも未来。
「な、アルト。ずっとずっと、俺のこと好きでいてよ」
「う、うん……そうする」
「勝ち負けなしな」
「ミシェル、お前もずっと?」
「当然だろ。大好きだよアルト」
 キスの合間に、互いの名を呼び合う。
「ミシェル、大好き」
「ベッドいく?」
「ここでいい」
 クスクスと笑いながら、ふたりでソファに沈んでいった。