勝ちと負けとチョコレート-1

2011/02/14


 絶対お前の方が多い、とアルトは何度目かの主張を投げてやる。
「いーや、絶対アルトの方が多いね」
 しかしこちらも引き下がる様子はなく、同じ言葉を繰り返していた。

 学園の人気を欲しいままにする、元天才女形の早乙女アルト、そして空とベッドの撃墜王と異名をとるミハエル・ブラン。
 先ほどから教室で、もう十分ほどこんなやりとりを繰り返していた。

「何をそんなに揉めてるんですか? お二人とも」
 クラスメイトであるルカ・アンジェローニが、首を傾げながら訊ねた。正直言ってこの二人の言い争いなんて珍しくもないのだが、今回は険悪でもないのに時間がかかりすぎている。
 そんなに決着の着かないことなのかなと、ルカには不思議でならなかった。
「ああ、ルカ。聞いてくれよ。今年のバレンタイン、絶対アルトの方が多いと思うだろ?」
「は?」
「バカ言うな、絶対ミシェルの方が多いに決まってんだろ!」
「え?」
 ルカは耳を疑った。それでも事を把握して、訊いた自分がバカだったと思うほどには、この二人とのつきあいは長い。
「ほかの何を譲っても、これだけは譲らないぜアルト。俺はお前ほど名が通っているわけでもないしな」
「どの口が言いやがるてめぇっ、昼前に女子が山ほど弁当持ってくるくせに!」
 不毛としか言いようのない言い争いに、あーそうですかとため息混じりに呟いて、ルカは早々に戦線を離脱する。こればっかりは自分が仲裁できるものでもないだろうと。
 そしてそんな事より、間近に迫ったバレンタイン、自分も想い人に何か送ってみようかと思案して、無理だなあとふるふる首を振って教室をあとにした。
「なあアルト、知ってるんだぜ。去年お前のロッカーに、男からのチョコレートが溢れんばかりに入れられていたのをな」
「なっ……そんなん数に入るかよ!」
 なんで知っているんだと、アルトは顔を真っ赤に染める。
 確かにそれは事実だが、自慢もできないし数には入れたくないものだ。
「お、男からのなんて……嬉しくねーし」
「あれ、そういうの偏見ある方?」
 トーンダウンしたアルトの声に、ミハエルはわざと茶化した声で訊ねる。
 異種族間の結婚も珍しくない今、同性愛も同じほど珍しくない。
「……別に……そういうわけじゃねえけど」
 アルトは目を逸らして俯く。偏見がない、わけではなかった。目の前の悪友兼親友を、好きになるまでは。
 ミハエルが言うように、女性からの好意を知らないわけではない。その中の誰かと親しくなることだって、できるのに。
 好いてしまったのは、女好きで通っている同性の友人。
 絶望的だと思う前に、馬鹿馬鹿しくて笑ってしまったことを覚えている。
「俺が女形やってたからって、そういう目で見てくる野郎は確かにたくさんいるさ。俺はそれが嫌で嫌でしょうがない」
 男として生まれたのに女を演じて、女として見られて、男としての自分が消えていってしまうようだと、それを嫌って舞台を降りたはずなのに、結局は女の部分が彼に惹かれてしまった。
 いや、男としても彼にあこがれた部分があったのは間違いない。
 あこがれが恋に変わって、それを自覚したらもう止まらなかったのを、アルトはちゃんと自覚していた。
「アイツらは結局、俺を性的欲求を満たす為の道具にしてるだけだ。そんな奴からの贈り物が、嬉しいわけないだろ」
 そう思う反面、ミハエルが相手だったらどんな感情だって受け入れられるのにと、身勝手な欲求。
「じゃあ、たとえばその相手の男が、本気でアルトを好きだったらどうするんだ? 受け取るのか?」
 ミハエルの静かな声に、アルトは顔を上げる。
 ミハエルがくれるのなら、一も二もなく受け取るのに、と言えない言葉だけがどんどんたまっていく。
「そんなの……もらったことないから分かんねえよ」
「ふぅん? 姫が気づいてないだけで、本気のヤツはいっぱいいるかもしれないのにな」
「わっ」
 ぐいと肩に腕を回され、ドクンと心臓がはねる。
 友人同士なら特に気にとめる動作ではないだろうが、アルトにとってこんなスキンシップはありがたくない。
「は、離せよミシェル」
 ドクドクと波打つ心音が聞こ
えてしまわないかと、アルトはミハエルの体を早々に押しやった。
「とにかくあんなの数のうちに入らないからな!」
「俺のだって、ほとんど義理かお祭り騒ぎ程度の感情だよ。俺のこと本気で好きって言ってくれる子が、あの中にどれだけかいると思ってんのか?」
 む、と口を尖らせ、ミハエルは不機嫌そうに眉を寄せる。そんな訳があるかと言いたかったが、不毛すぎてやめておいた。
「俺のは軽い遊びでくれるもの。お前のはホントに好きだからくれるもの。本命チョコに限って言えば、絶対にお前の方が多い」
 賭けようか?とミハエルは笑って挑発してくる。事あるごとにこんな提案をしてくるのは、それほど自信があるということなのだろう。
 今回に限っては、その自信が当たっても自慢はできないような気もするけれど。
「わ、分かった。多かった方が、相手の言うこときくってことでいいんだよな」
「ご名答」
「その賭け、乗ってやるよ」
 ミハエルの挑発に乗って賭け事をするハメになるのは初めてではないけれど、今回だけは勝つ自信がある。勝ったらどうしてやろうか、とアルトは楽しい気分でいっぱいだった。





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