勝ちと負けとチョコレート-2

2011/02/14


 決戦は月曜日。
 やっぱり朝登校した時点で、知らないうちに机の上に置かれていたりロッカーに入っていたり、時には押しつけて猛ダッシュで走って行かれたりもした。
「あー……」
 これだけあるとありがたみもなくなるなあと、学園の男子生徒から非難を受けそうな呟きを聞きとがめ、ミハエルはふうん?と笑って肩を組んだ。
「去年よりたくさんあるじゃないか。この分だともっと来るぜ、ア・ル・ト・ひ・め」
「姫って言うな!」
 振り向いたら、思ったよりも近いところにミハエルの顔があって、思わずうわっと体を引く。こんなに近くでは、きっと心臓の音も聞かれてしまう。
「お、お前こそ大量じゃないか、色男」
 悟られないように、胸の高鳴りを抑えるように、アルトはわざと挑発するように呟いてやった。
 ミハエルの机にも大量のチョコレートが置かれてあり、あれのどこが義理なんだろうと思うほど、気合いの入ったラッピングのものだってある。
「ん? んー……そういや去年よりはちょっと……多いかな? なんでだろ」
 多いということには慣れている。お返しをするのも大変だが、そこらへんは撃墜王ミハエル・ブランのマメさがカバーしてくれる。
 だけど去年はこの時点ではこんなになかったなあと首を傾げる彼の横顔を、アルトはじっと眺める。チョコが増えたわけを、きっと本人だけが知らないんだろうと息を吐きながら。
 ずっと傍にいるせいか、普段はあまり意識しないけれど、思い返してみれば分かるのだ。
 去年よりずっと、格好よくなった。
 チョコが増えるのも無理はないと思う、彼の横顔をいつまでも眺めていたい。
「まあそれでもアルトには敵わないだろう」
「まだ言ってんのか、絶対お前のが多いに決まってんだからな!」
「勝負は放課後、数で決めよう」
「お、おう」
 臨むところだと、授業の始まった教室でアルトはやっと正面を向いた。


 それからも、休み時間のたびに持ってこられ、購買で買った紙袋ももうそろそろ三つめがいっぱいになりそうである。
 うんざり、といった表情をしながらもアルトはきちんと受け取って、ため息をついた。
 ミハエルはなんであんなに笑顔で受け取ってやれるんだろうなあと考えながら。
 だけどそれでも、ひとつだけ笑顔では受け取れないだろうものがあることは、分かっている。
 アルトは自分のカバンをこっそり見下ろして、またひとつため息をついた。
「どうしたのアルト、ため息なんかついちゃって」
「……なんでもねーよ」
 ぷいとそっぽを向いて、やっぱりやめておこうと目を伏せる。
 この気持ちを知ってもらいたい思いはあるけれど、こんな風に話しかけてくれることもなくなるんだろうと思うと、渡せない。
 ミハエルに、本命のチョコレートなんか。
「バレンタインにチョコもらってそんな不機嫌そうにしてんのは、銀河中でお前だけだろうな」
 ぽんぽんと頭を撫でてくれる手のひらには泣きたくなったけれど、好きの気持ちがもっと大きくなって、嬉しくて苦しかった。



 そうして、授業がすべて終わった放課後の教室。外はもう暗くなり始めていて、気象管理会社の心意気なのか、冬らしく雪まで降ってきた。
 コートを着て帰りの支度を全部すませ、誰もいなくなった教室で二人は向かい合った。
 沈黙。
 俯く、二つの顔。
 聞こえた、ため息。
「なんで同数なんだ」
「ちゃんと数えたのにな……」
 念入りに数えた。自分のを数えて、それから相手のを数えて。つまり不正はしようもない。
 それなのに、同数とは。差出人だってまったく違うのに、これはもはや奇跡ではないだろうか。
「ってことは、引き分けかよ。勝ち負けなしだな」
 多い方が負け、だったはず。だがこれでは勝ち負けは決められない。
 アルトはチラリと自分のカバンをみやって、そこにあるチョコレートを渡してしまえば勝負はつくと考えた。  けど、勝敗が決まると同時に関係が壊れてしまう。ふるふると首を振ったところへ、ミハエルの嬉しそうな声が聞こえた。

「いや、俺の勝ちだアルト」

「は?」
 すと差し出される箱。
 このラッピングは明らかにバレンタイン用のものだが、さっき数えたチョコレートの中にはなかったものだ。
「アルトにあげる。これでお前の方がひとつ多くなるからな」
「え?」
「本気の想いなら、受け取ってくれるんだろ」
 ミハエルはその箱をアルトの手に握らせて笑う。
 アルトには、まだ状況が把握できなかった。
「本当は、渡さないでおこうって思ったんだけどさ。またズルズル引きするのもしんどいしなって……アルト、聞いてる?」
「あっ、ああ、うん」
「これでお前の負けだから、俺のお願い聞いてくれよな」
 息が止まった。
 ミハエルは勝負に勝つためにこのチョコレートをくれたのだろうかと。
 本気の想いだなんて嘘までついて、勝ちたかったのかと泣きそうになったけれど、

「今度の休み、俺とデートして」

 ミハエルの真剣な声に、目を見開いた。
「スケートとかどうかな。もちろん、アルトが俺の気持ち受け入れてくれるなら、だけど」
 無理だろうなと寂しそうな顔をするミハエルを見つめ、アルトは手の中のチョコレートを見下ろす。涙で歪んだ視界では、ハッキリ形が見えなかった。
「……やだ……」
 小さく呟いたアルトの答えに、ミハエルは目を伏せる。
「まあ、覚悟はしてたからな」
 また別のお願い考えてくるよと、ミハエルはそのまま背中を向けて行ってしまう。
 教室のドアを開けた彼に向かって、アルトは。

「バカ、引き分けだからだよ!」

 自分のカバンに入れていた、彼へのチョコレートを投げつけた。
「てっ」
 見事後頭部を直撃したそれは、音を立てて床に転がる。
 ミハエルは驚いて、ぶつけられた頭を押さえながら拾い上げる。
 見たことのないラッピングで、挟んであるカードには、確かにアルトの字でミシェルへと書いてあった。
「え、アルト、これっ……」
「ひ、引き分けだからっ……お前の言うことなんて聞かない」
 顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな目で睨みつけられて、それでもミハエルは歓喜に震えるしかない。
 チョコレートをあげたい人は一人だった。チョコレートをもらいたいのも一人だった。
 その願いが今、お互いに叶う。
「そ、それにスケートとか、やったことないし」
「……バカだなアルト、したことないからするんじゃないか」
 この機会に、とミハエルはアルトに歩み寄って、泣き出した目元を拭う。
 怒られないだろうかとそっと伸ばした腕の中に閉じ込めて、ほうっと息を吐いた。
「次の休みまで長いなー」
 残念そうな嬉しそうな声に、アルトは笑う。明日は学校をサボってしまおうか?と囁いてくるミハエルにはコラと言っておきながら、それもいいかと考えた。
「今日は、いろんなこと話そうか」
「ああ、そうだな」
 二人は手をつなぎながら教室を後にする。たくさんのチョコが入った紙袋と、いちばん大事なチョコはカバンに入れて持ち上げた。
「好きだよミシェル」
「大好きだよアルト」
「なにそれずるくないか?」
「なにが」
「好きと大好きってなんかお前の方が多いみたいじゃないか。じゃあ、愛してる」
「……愛してるの上ってなんだろうな?」
「知るかよ」
 負けず嫌い同士の、不毛な戦いがまた、ここから始まる。



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