おやすみ

2013/05/30


 フオオオォォォォオ、という風の音が聞こえていた。
 その熱と、髪を梳く指の温かさが混ざって、心地良い温度を感じさせる。
 タオルドライしただけでは充分に水分が拭えず、こうしてドライヤーで乾かしているのだが、いつもだったらこんなにふわふわした感覚に陥る事はない。
 宜野座伸元がふんわりとした睡魔と戦っている理由は、こうして髪を梳いているのが自分の指ではないからだ。

「あ、こらギノ。ここで寝るな」

 風邪引くだろう、と背後から声がかかる。その声さえが心地良くて寝入りそうになったが、睡魔に誘われるばかりなのも悔しくて、宜野座は何でもないように目蓋を開けてごまかした。

「寝てない。ちょっと目を閉じてただけだ」

 ソファの後ろから世話を焼いてくれている男は、それが寝てるって言ってんだよと呆れ調子で笑う。
 今日は機嫌がいいなと、ぼんやり思う。

 久しぶりに外泊許可を出してやったからだろうか。
 めったにしない二人での入浴を楽しんだからだろうか。
 こんな風にゆったりとした時間を過ごしているからだろうか。

 ドライヤーの熱風に当てながら髪を梳く指は、男らしくゴツゴツと節くれだっているのに、熱を分け与えるような仕草はとても穏やかで優しい。その仕草からは彼が潜在犯であることなど窺い知れず、睡魔も手伝って錯覚しそうになる。

 本当はすべてが夢なのではないのかと。
 執行官も、監視官も、潜在犯も、そもそもシビュラも存在などせず、この地球のどこかで出逢って恋をしてただふたり一緒にいるだけなのではないのかと。

「なあ狡噛」
「ん?」

 さらさらと、狡噛の指を逃れた髪が揺れる。それが目蓋を、頬を撫でる感触がくすぐったい。

「お前の手、こんなに優しかったか……?」

 ずっと一緒にいた。気づいてなかった。それの心地よさなんて。
 狡噛が、笑う。

「ギノにだけだよ」

 すとん、と言葉が落ち着く。
 きっと素面だったら、そんなわけないだろうと頑なに否定しただろう。狡噛は誰にだって優しい、と思っている。今日に限ってああそうなのかと素直に思ってしまうのは、きっとこの熱のせいだ。

「そうか……」

 ドライヤーが吹き出す風の音と、指で揺らされる髪が擦れ合う音、上機嫌な鼻歌と、自分の吐息。
 それを子守歌に、目蓋が落ちた。




 すー。
 カクリ、と首が折れて、風が行き場を無くした。

「おっ……、と」

 そのまま前に傾いでいきそうな体をソファの後ろから回した腕で止めて、念のため声をかけてみる。

「ギノ?」

 ドライヤーのスイッチをオフにして熱風を止め、背後から覗き込んだ。
 案の定上の目蓋と下の目蓋はくっついていて、開きそうにない。ギノ、ともう一度呼んでみたが、目を開ける気配はなかった。
 仕方なく支えていた腕をいったん離し、素早く宜野座の正面に廻る。頭の重みにゆらりと傾いだ体が危うく倒れ込んでしまう前に抱き止めて、軽く揺さぶってみる。

「ギーノ」

 が、努力もむなしく宜野座の頭はこてりと狡噛の肩に乗っかってくるだけ。
 困った、可愛い。
 狡噛はそう思いつつも口には出さないで、口角を上げるだけに留めた。

「……ったく、仕方ねえなギノは…」

 無防備に寝顔を晒してくれるのは、自分にだけだと知っている。狡噛が宜野座に触るときだけ仕草が優しくなるように、宜野座も狡噛とふたりきりの時だけガードが甘い。

 思っていた以上に眠かったのか、考えていた以上に心地良かったのか。

 どっちでもいいけど、とゆっくり宜野座の体を抱き上げ、起こさないようにと寝室へ向かっていく。乾いた髪がさらりと宜野座の額を撫で、わずかに声があがったが、不快ではなさそうだ。
 宜野座の体をベッドに横たえ、熱の残る髪を撫でる。
 前髪をかき分けた額にそっとキスを落とし、

「おやすみ、ギノ」

 優しく、囁いた。