そこに、一緒に。

2014/10/24
2期3話バレあり


手のひらが、肩を滑り腕を撫でていく。どれだけかぶりの感触に、宜野座は切なく吐息した。
ボタンを外される感覚さえ新鮮で嬉しくて、相手の手に自分の右手を重ねてみたりさえする。下まで一緒にボタンを外したシャツの奥に素肌を認め、相手の男は瞬きをしてじっと眺めた。

「……どうした? 狡噛」
「いや……さっきからずっと思っていたんだが……綺麗な体つきになったな、ギノ」

狡噛、とその男を目の前にして名を呼ぶのも久しぶりなら、ギノ、と呼ばれるのも久しぶり。宜野座はその賞賛を素直に受け取って、ふっと笑った。

「お前ほどとはいかないが、鍛えているからな。別にお前に見せるためでもないが、そうなってくれないと困る」
「監視官だったころもやってたろ。ランニングとか」

たしなむ程度だと宜野座は自らベッドに横たわり、懐かしい時代を思い出す。懐かしく思うような月日が、経ってしまっていた。

「お前がいなくなって、親父がいなくなって、俺は潜在犯になった。執行官の適正が出たのは驚きだったな」
「……俺もお前が執行官になるとは思わなかったが、優秀な監視官だったんだ、適正くらい出るだろ。むしろ一般から入れるより教育が楽だ」
「監視官と執行官は、生きる世界が違うだろう。監視官として社会の秩序を維持することと、執行官として社会の秩序を維持するのは、まったく別の方法だ」

まあそうだなと狡噛はベッドに腰をかけ、宜野座の髪を撫でる。
以前は長かった前髪も切ってしまい眼鏡さえかけなくなった宜野座の変化に、戸惑わなかったわけではない。別人のようだとさえ思った。

「それでも、施設で腐っているよりは……多少の危険があっても生きている実感ができるかと思った。正直、死にたいと思ったこともあったんだぞ」
「ギノ」

そんなことを言うなと責めてみれば、宜野座はそれも笑ってかわす。

「怒るなよ、今はバカなこと考えたもんだって思ってる。親父が……身を挺して生かしてくれた命なんだ、粗末にはできない」

征陸の、最期だっただろう姿を狡噛も覚えている。息絶え絶えに横たわった老齢の刑事と、すがるような目を無意識に向けてきた、監視官だった頃の宜野座。
別れを告げることはできなかった。手をさしのべることはできなかった。今でも唯一後悔をしていることだった。

「それに、施設の外にいた方が…………お前に逢える確率が高いかと思ったんだ」

そう言って宜野座は狡噛に手を伸ばす。触れたがった手を取って、狡噛はその手のひらに口唇を押し当てた。

「ギノ……」

吐息のように名前を呼んで、また出逢えたことに感謝をする。
逢いたかった。
身勝手だけれど、逢いたかった。

「逢えたらいろんな話しをしたかった。お前まで潜在犯に堕ちたのかって怒られながら笑い合って、少し事件のことでも話して、一緒に酒でも飲んで、じゃあまた、って気軽に別れてみたかったんだ」

宜野座が、狡噛の心を読んだかのように口にする。宜野座自身の思いでもあるのなら、お互いに同じことを考えていたのだと、ひどく懐かしい気分になった。出逢った頃は、おそらくこんな風に何も考えずに過ごしていたはずだ。

「ギノ」

宜野座の手を握る手にぎゅっと力を込めて、自分も同じことを望んでいたと伝えてみる。それが明確に伝わったかどうかは分からないが、宜野座が諦めに似た表情で笑ってくれた。


「でも、駄目だな。それをひとつもしないうちに、お前に触れたい思いがあふれてしまった」


ざわりとせり上がってくる、快感に似た歓喜。
変わったようで、変わっていない。狡噛はそう思う。いつだって宜野座はたった一言で狡噛を昇天させてしまうのだ。

「触れてもいいのか」
「ここまでしておいて途中で止めるなんて言うなよ。そういうのは好みじゃない」

笑って茶化してみせているけれど、触れた手がわずかに震えている。狡噛はもう一度強く握り、そして指を絡めた。

「次はいつ言えるか分からない。ギノ、俺もお前に逢いたくてしょうがなかった」

言って、宜野座に体をかぶせる。重なった口唇を舐めて、目を閉じた。



吐息が重なる。汗が混じる。肌がぶつかって、爪が食い込んだ。
何度も行き来する体を抱きしめて、キスをせがんでみせる。応えて降ってくるキスはこんな状態なのになぜか幼く感じられて、幸福だった。
狡噛は宜野座の腰をしっかりと抱え、改めて引き締まった肉体を実感して楽しむ。自身が監視官だった頃も、執行官だった頃も、こんなに綺麗な筋はついていなかった。
この数年いろいろなことがあったのだろう。それは狡噛も同じだ。月日が相手を変え、自身を変えたが、想う気持ちは変わっていない。
むしろ、よりいっそう大きくなっている気がした。
指先で筋をたどり、胸の突起を弾き、宜野座の左腕を撫でる。父親が使っていたのと同じタイプの義手を使いこなす宜野座を、傍で見ていたかったなと思う気持ちと、顔なんか合わせられないと悔やむ気持ちがない交ぜになった。
義手を撫でられても感じたりしないと初めは言っていた宜野座だが、狡噛が触れるたび反応しているように見える。
それは雰囲気の問題なのか、やはりどこかの神経に伝わっているのか、それとももっと色っぽく考えて、狡噛だから触れていることが分かるのか。
狡噛は何度もそこにキスをして、逢えなかった時間を埋める。宜野座はそんな狡噛の頭を撫でて、逢いたかった時間を伝える。
言いたいことがたくさんあったはずなのに、今は触れ合うだけで精一杯だった。





何度達したか分からないほどつながって、時刻さえ分からなくなった頃、ふたりで並んでベッドに寝ころぶ。
高ぶった気持ちをキスで慰めて、さすがにもう体力がもたないとふたりで笑った。

「本当に綺麗になったな、ギノ。雰囲気もそうなんだが……すっきりした顔とか、あとはやっぱりこの体、前よりしなやかになった気がする」
「こらくすぐったいだろ、触るな」
「気持ちいい体してるお前が悪いんだよ」
「どんな理屈だ。だが、まだお前のようにはならないな……もともとの素質が違うのはしょうがないんだが」

わき腹を撫でてくる狡噛を諫めながら、宜野座も狡噛の胸筋を撫でる。この胸に抱かれているのかと思うと気恥ずかしくてイラついて、やっぱり幸福だ。

「ああそうだ……お前が置いていったトレーニングマシン、もらったからな」

事後報告だが構わないだろうと視線を合わせる。執行官は思っていたより重労働で、守るべき相手ーー監視官という上司ができた以上、体力はどれだけあっても困らない。
無理のない肉体づくりをと思うと、狡噛は恰好の手本だった。

「俺のって……許可出たのか? 俺のものなんか、全部処分されるだろうと思っていたのに」
「頼んだんだ。体を鍛えたいからって。また購入申請出すのも面倒だしな」

おかげで毎日トレーニングだよと宜野座は笑う。残しておきたがって不思議のないものを選んだつもりだったが、たぶん常守には気づかれているだろう。

「そうか……俺のものをギノが使ってくれているからかな、離れていてもあそこにいるような気がしたのは」
「気色悪いことを言うな。何か変なものでも仕込んでるんじゃないだろうな」
「仕込んでおけばよかったな」

狡噛は、笑いながら嬉しいと続ける。離れてしまった古巣に、自分のものが残っているということは、そこで生きた証になる。それをいちばん大事な相手が証明してくれることを、とても嬉しく思ったのだ。

「お前のものっていうなら、マシン以外にもあるだろ」
「まだ何かあるのか? あの事件の資料は処分されただろうし、家具……煙草……」

心当たりを挙げて呟く狡噛の隣で、宜野座は少し体を起こす。鎖がなくなって自由にのびのび生きてきた恋人は、あの頃よりさらに鋭くなっているようで少しも変わっていないようだ。
考え込む狡噛の口唇を、上から覆う。驚いたように瞬かれる目蓋を、おかしそうに見下ろした。


「俺が――いるだろ」


狡噛があそこで過ごしていた、生きた証拠だ。狡噛は手を伸ばし宜野座の頬に触れる。

「俺のものか。そうだな、あそこには、お前がいる」

離れていても一緒にいるような感覚は、きっと気のせいではなかったのだ。
一緒に、そこにいる。
もっと強く感じるために、ふたりはもう一度深く深くつながり合った。




  あのマシンは狡噛さんのお下がりだと信じて疑わない。