引き金を引くならば

2012/12/06




聞き慣れたコール音が響いて、宜野座伸元は足を止めた。
デバイスをはめた左手を胸元まで持ち上げて、浮かぶモニターに眉を寄せる。

「狡噛か。なんだ」

コールしてこれるほど回復したのかと若干安堵もあったが、まだ普段のように動き回れる状態ではないはずだ。そんな中わざわざコールしてきた彼に、何かあったのかと不安がよぎる。

『行きたいところがある。今すぐ来い』
「――なんだと?」
『すまん、来てくれ』

訊ね返したのは責めのではなく不審であったが、声音がそうかんじさせたらしく、狡噛は言い直してくる。
やはりそうまでする何かがあったのだと、宜野座は不安と確信を募らせ返事もせずに通話を打ち切る。踵を返し、目的の場所へと足を向けた。






宜野座は面倒そうに腕を組みながら壁にもたれたまま、その男の動向をただ眺めていた。

「……っと」

腰を上げてスーツに足を差し入れるが、ふらついてよろめく狡噛の姿を見ても、だ。

「手を貸そうとは思わねえのか、ギノ」

無事に腰まで上げてベッドに腰をかけ直しながらベルトを締める狡噛は、挑むように笑いながら声を投げてくる。
宜野座はそれでも、ふんと鼻を鳴らした。

「そんな状態で外に出たがっているのは貴様のわがままだろう。着替えを持ってきてやっただけありがたいと思うんだな」

狡噛は昨日、ドミネーターで撃たれこの病室に運ばれていた。撃たれたと言っても麻酔銃だし命に別状はないのだが、場所が悪かったはずで、こんなに早く起き上がれるものではないはずだ。
実際、朝は喋ることも体を起こすこともできなかった。持ち上がる腕は震え、ただでさえ少ない一係のメンバーをしてなんて役立たずなことかと思ったもの。

「どうしても今、行かなければならないのか」
「ああ、今、だ。連れてけ、ギノ」
「化け物並の回復力だな」

執行時の制服代わりである黒いスーツに身を包みしっかりと立ち上がった狡噛に、宜野座はあからさまに呆れたため息を吐いてみせ、彼の愛用のコートを放ってやった。




病室からエレベーターまでにも、車に乗り込む時にも、宜野座が狡噛に手を貸すことはなかった。
狡噛が今行かなければならないと駄々をこねるのであれば、病人扱いなどしてやる必要はないというのがいちばんの理由ではあったが。

「ギノ。さっきから何怒ってる」

狡噛の行きたがった場所へと車を走らせる間、会話らしい会話は出てこなかった。もともと好んで世間話をするタチではないためか、宜野座自身はそれをどうとも思っていない。

「なんのことだ」

狡噛が諦めを混じらせた問いを投げかけてくるのに、視線も動かさないで訊ね返す。

「怒ってるだろ」
「怒ってはいない」
「嘘を吐け。俺に分からねえとでも思ってるのか」

苛ついた声が聞こえて、宜野座はやっと視線だけ狡噛に向けてやった。だがそれは運転中なこともあってかすぐに正面へと向き直ってしまう。

「ずいぶんと自惚れがひどいな。俺のことなら何でも分かるようなことを言うな」
「だったらなんでそんなにイライラしてんだ。運転荒いぞギノ」
「怒っているんじゃない、呆れているだけだ!」

ハンドルをぎゅっと強く握って、殴りつけたい拳に代える。運転中でなかったら、どうしていただろうか。
やっと本音らしきものを見せた宜野座に狡噛は短く息を吐いて、シートに体を埋め直した。

「病み上がりの恋人に手も貸さないほど、何に呆れてるって?」
「誰が恋人だ!」
「違わないだろ」
「違う」

恋人と口にした狡噛に宜野座は眉を寄せ目を細め、視界を狭める。
狡噛慎也という男とは、確かに口唇も体も重ねるような関係である。では恋人と称するような仲かと言えばそうでもなく、宜野座は即座に否定を返した。

「俺が惚れていたのは、監視官である狡噛慎也だ。貴様ではない」

その気持ちは否定しない。否定するべきではない。
ぶっきらぼうに耳元で好きだと囁いてきたあの男の優しさも温もりも、まだ覚えているのだから。

「……そうか」

狡噛は諦めたように静かに返す。
監視官であった頃と、肉体が別々というわけではない。魂が別々というわけでもない。
ただ犯罪係数が異様に上がってしまったことと、降格処分。それだけが、あの頃と変わってしまったもの。

「パラライザーとはいえ、新米監視官に撃たれる貴様になど、誰が惚れるか」

目的の場所であるグレイスヒルに着いて、宜野座は乱暴に車を停める。あんなことがあったあとですぐに現場へ行きたがる狡噛に、呆れ諦めながらも不満と不安がくすぶっているせいだろうか。
狡噛が常守朱に撃たれ倒れる瞬間を、宜野座はその目で見ている。
重なる、三年前の事件。

「怒ってんのは、それかよ。ギノ」
「呆れているだけだと言っただろう!」

宜野座は忌々しげに眉を寄せ、苦笑しながらシートベルトを外す狡噛を振り向いた。
彼がパラライザーで撃たれたのは二度目。最初の一度を撃ったのは、宜野座伸元だった。
一度も愛していると返してやれなかった、犯罪係数を上昇させた恋人に銃口を向けたことを、今でも覚えている。
心臓がつぶれてしまいそうな程の重圧を感じたのは、あれが初めて。

「いいか狡噛。――二度目はないぞ」

宜野座は絞り出すように声を吐き出して、狡噛を睨みつける。
狡噛もまたそれを受け止めるように振り向き、一度だけ瞬いた。

「お前を撃つことを、俺以外に許すな」

あんな痛い重圧はもう味わいたくないと思いつつも、狡噛慎也を撃っていいのは自分だけだと叫んでやりたい。
三年前のあの日、狡噛を撃たなければならなかったのなら、この先だってトリガーを引いていいのは自分だけ。
そうでなければ、あの日の自分とあの日の彼は、どこにだって行けやしない。

「分かってる」

そしてそんな過去も、未来も、宜野座の存在も、すべてを享受して顔を歪めて笑う男がひとり。

「分かってる、ギノ」

当然だとでも言うようにその権利を主張できるのは、宜野座だけだと狡噛も思っている。
この先何かあっても、この先何があっても、最期の瞬間にはその顔を眺めていたい。


きっと、お互いに。


それを確かめるように、誓い合うように、互いの口唇が引き合っていく。
触れて、吸って、絡めて、言葉に代える。
口唇と舌先だけを触れさせて、お前だけだと伝え合う。


「――行く。ギノ、このビル封鎖しろ。南館だけでいい」
「分かっている」


ドアを開けて車を降りる狡噛にもやっぱり手は貸さないで、宜野座はコンタクトセンターにアクセスしてドローンに呼びかけた。
すべてを許しているのはお前だけ。
それだけ伝えれば充分だとでも言うように、二人の距離は遠くなる。

「狡噛……」

キスの熱さはあの頃と少しも変わらないんだなと、宜野座はシートから体を起こしてハンドルに額を当てた。
それでも、感傷に浸っている場合じゃないと車を降り、ゆっくりと狡噛の背を追っていく。
トリガーを引くことを躊躇いもなく許した男の背中を――。