ふわふわ

2015/02/09



ふっと意識が浮上した。それは寒さのせいだったのだろうか。
宜野座は目蓋を持ち上げ、すぐに視界に入ってくる慣れた肌色を認識した。
自身の部屋で行為に及ぶと、目を覚ました時はいつもこんな風だ。
いつもいつも、枕のように抱きしめられている。そんなに抱き心地が好いものでもないだろうにと、それでもくすぐったくなる心臓を自覚していた。
無駄だろうが、起こさないようにと努めて恋人の――狡噛慎也の腕の中から這い出す。彼の肌に散ったキスマークは、昨夜宜野座がつけたものだ。それが気恥ずかしくて、さっと顔を背ける。
背けた先で、大きな窓が目に入る。
カーテンの向こうに違和感を覚え、宜野座はベッドを降りてカーテンを開け、その正体を確かめた。

「ああ……雪か……」

ちらちらと落ちていた影は、雪の粒だったようだ。ベランダに目を落とせば、雪が断りもなくふわふわと積もっていて、少し前から降り出したのだろうと雪の粒の大きさから推測する。
この分じゃ道路にも相当積もっているだろう。今日が休みで良かったと心底思う。そうでなければ、この雪で出勤さえ大変に違いない。
しんしんと音もなく降ってくる雪を、じっと眺める。音のある雨は集中力が奪われる時もあるが、雪ならばそれもない。
だが、音がない分物淋しい。知らないうちに降ってきて、また知らないうちに消えていく。
未来の見えない、自分たちの関係のようだと自嘲気味に口の端を上げたら、後ろからシャツが降ってきた。

「冷えるぞ、ギノ」

起き出した狡噛が、上半身裸で窓の外を眺める宜野座を案じてのことだった。

「雪か……そんな予報あったか?」

狡噛はシャツを羽織らせたそのまま、背中から腕を回してくる。染み渡ってくる温もりに、宜野座はすこしだけ目蓋を落とした。

「予報はあったが、こんなに降るなんてな」
「あー、まあ緊急の呼び出しがかからないことを祈るか」

そんな格好でうろうろするなよ、と言う狡噛こそが、半裸のままで寝室を出ていく。とたんに肌寒さを感じてしまった。
温もりというものを知らなければ意識することもなかったのに、半ば無理やりに植えつけたあの男が憎たらしい。
それでも、恋心というものは知らないうちに降ってきて、断りもなく積もっていく。
それが、不快でないから困っている。
狡噛慎也というひとりの男を想う毎日が、不快でないから困っている。
潜在犯という、約束された未来もない相手だというのに、しんしんと音もなく想いが降り積もっていく。

「ずっと見てるが、そんなに雪が好きだったとは知らなかったな」

すっと、顔の横にマグカップが差し出される。中には湯気のたつコーヒーが入れられていて、宜野座は素直に受け取った。

「……好きだと意識したことはなかったが、まあ……嫌いじゃない」

家で見てる分にはなと付け加えて、熱いコーヒーを飲む。冷えた体に、それはすぐに浸透していった。

「そうか、じゃあ相当好きなんだな、ギノ」
「待て、何でだ」
「だってな、あの時と同じこと言ってるぞ。俺のことを好きか嫌いか聞いた、あの初めての時と、な」

宜野座の持ったマグカップから盗み飲み、狡噛はそう言って口の端を上げる。な、と声を上げた宜野座は、思い出してしまった。
ベッドの上で狡噛を見上げながら、確かに今と同じことを言ったのを。

「お前の言う嫌いじゃない、は、大好きって意味だろ」
「なんでそんな昔のことをっ……」
「可愛かったからなぁ、あの時のギノ。顔真っ赤にして、分かりづらい嘘をつくんだ」
「悪かったな、今は可愛くもなくて」

照れくささと気まずさでふんとそっぽを向いたら、ぎゅうと強く抱きしめられる。

「いや、あの頃とは違う可愛さがあるな。たまらん」

「は? なにを言っ……」

コーヒーのせいで熱くなった口唇同士が重なる。寒い窓際で、熱を持ったふたつの手が重なった。

「俺も、こういう冬は嫌いじゃない。何しろ寒さを理由にギノを抱きしめても、怒られないからな」
「……お前、俺に怒られるの好きなくせにな」
「ん? まあ……そうだな」

笑い合って鼻先をこすり合わせると、案外体が冷えてしまったことに気がつく。

「じゃあ、怒られるくらい今日はギノを独占しておくか」

ふたりでひとつのコーヒーを飲み干して、それでも暖まりきらない体をベッドの上で重ねる。
窓の外では、ふわふわと雪が重なり積もっていった。