次は手をつないで

2015/05/04



暑い、と日差しに手をかざす。ついこの間まで雨が降ったり止んだりで肌寒い日もあった。この季節に珍しく、雪まで降った日もあったというのに、そんなこと忘れましたとでも言いたげな暑さだ。

「なあ、どっかで冷たいものでも買っていかないか。今日本当に暑い」

それは隣を歩く友人も同じだったようで、宜野座はそうだなと頷いた。夏の本番まではまだ二ヶ月近くあるのにこんな状態では、今後どうすればいいのか。

「あ、そういえばここらへんに確か……」

きょろりと辺りを見回すのは狡噛慎也。宜野座がどうしても成績で追い越せない男だった。先日の考査テストも二十ポイントも差を付けられていたのが、やっぱり悔しい。
さらに悔しいのが、狡噛は少しもそれを気に留めていないということだ。差が縮まっても開いても、狡噛は変わることなく接してくる。
あの余裕顔を崩すことなんて、果たしてあるのだろうかと、宜野座は最近思い始めていた。
考査テストの結果が発表されてもあまり興味がなさそうだし、運動だって誰かと競ったって周りがついてこられない。この間テニスをした時は宜野座に敵わなかったが、それでもなぜか嬉しそうにしていただけだった。先日女生徒に交際を申し込まれていた時も礼だけ告げて何でもないように断っていたのだ。
悔しい、だとか、寂しい、だとか、……好き、だとか、そういう感情はないのだろうかと狡噛をちらりと見やる。
太陽の光に照らされるその横顔を、もっと見ていたい気持ちと、見てなんかいられないという恥ずかしさで、宜野座は結局視線を逸らしてしまった。

なんで好きになってしまったんだろうと何度目かのため息を吐きながら。

友人としてでなく、恋愛の対象として狡噛を見てしまっていることには、少し前から気がついていた。
顔も体も造形が整っていて成績も優秀なくせに、さらに感情まで持ってくなんてずるい、と八つ当たりでしかない思いを抱いている。
多少デリカシーのなさがあるし自信過剰なところはあるし正直ムカつくのだが、好き。そんな、自分ではどうにもできない感情があることを、知ってしまった。

「あ、あったここだ。ギノ、少し歩くけどいいか?」
「え? あ、ああ……店検索してたのか。暑い中歩くのかよ……」
「十分も歩かないさ」

それくらいなら、とどうもオススメの店らしき方向へ足を向ける狡噛のあとにつく。
宜野座はこの気持ちを打ち明けるつもりはない。狡噛の方は友人としてしか見ていないだろうし、友人としてこの距離にいられるなら、別にいいと思う。狡噛に恋人ができたら、落ち込みながらも祝福してやれる心の準備も、一応している。
この距離でいいんだ、と隣を歩きながら考えた。

「ギノ、ここだ。ここのジェラートってヤツが美味いらしくて」
「ジェラート?」
「これだよ、ソフトクリームみたいなヤツ」

それなりに席数のあるカフェだった。イートインで休んでいくのも、テイクアウトで頼むのもできるらしい。道路に面したレジもあり、気軽に寄れる雰囲気がある。
実際そのレジには数人の客が並んでおり、自分の順番を待っていた。メニュー表があり、そこには定番のコーヒーやラテなどのドリンク、可愛らしいケーキ、軽食が並んでいる。その中でも人気メニューになっているのが、ケーキとジェラートらしいのだ。

「ふぅん……まあ、冷たければ何でもいいけど」
「ギノって時々大ざっぱだよな。できれば美味いもんにありつきたいだろうが」
「いつもハンバーガーのお前に言われたくない」

カロリー計算はしているのか、その分消費してる、どうだか、なんて言い合っているうちに、注文の順番がきてしまう。何を買うか決めていなかったと慌てる宜野座に反して、狡噛は店員にオススメを訊ねた。

「男性の方にはコーヒー味ですとか、さっぱりしたヨーグルト味が人気ですよ」
「あ、じゃあ俺コーヒーので。ギノは?」
「えっと……じゃあヨーグルトで」

オススメというのだから美味いのだろう、という判断で注文と会計を済ませ、その場で渡されるジェラートに目を輝かせた。

「美味そう」
「初めて見た……」

歩きながらはまずいなと、店の傍にあったベンチに腰掛ける。ちょうど木陰になっていて日差しが当たらない。快適な場所でふたり、初めてのジェラートをぺろりと舐めてみた。
その冷たさと舌触りの良さ、好みの風味。すうっと体にしみこんでいくような感覚はおもしろかった。

「これ、二個くらいいけるんじゃないか?」
「腹壊すだろ、馬鹿か。でも……気持ちは分かる。美味しい」
「また来ような。次は違う味試してみたい」

ギノも気に入ったみたいだし、とワッフルコーンをかじりながら狡噛は続ける。
また今度があるということが宜野座には嬉しいが、狡噛はどうだろうか。いや、友人としてに違いなくて、宜野座は自分ひとり浮かれているのがやっぱり悔しかった。

「なあ狡噛……」
「ん?」
「俺がさ、好きだって言ったらどうする?」

あの涼しげな顔は、どうしたら崩れるんだろう。こちらは言動にそわそわしたり次の行動に悩んだりしているのに、やっぱりずるい。
そんな風に思って訊ねてみた。女生徒の告白にも動じない男が、こんなことで動揺なんてするものか、と思いながら。

「え、あ、ああっ? …………あっ、これか? ジェラート? そんなに気に入ったのか」

だが宜野座の予想に反して、狡噛の声は上擦った。目を丸くして、口許を緩め、心なしか頬まで染めているように見える。

「あ、うん……?」
「…………ジェラート、だよなぁ……」

狡噛は大きなため息をついて、うなだれてしまった。彼の動揺を見られて愉快ではあるのだが、なぜ残念そうなのだ、と目を瞬く。
あれ? と思った。
ひとつの仮定にたどり着いてしまった。
もしかして? なんて期待してしまう。
まさかそんなわけないだろうと思いつつも、言ってしまっていいのかなんて考えた。

「な、なんで……がっかりしてるんだよ」
「……いや、ちょっと……諸事情で」
「正直、今の流れでジェラートの方って思うのは……どうかと思うんだが」
「え?」

鈍いのか、予防線なのか。宜野座の方こそ頭を抱えたくなってしまう。普段はあんなに自信過剰なのに、こんな時だけ弱気にならなくてもいいじゃないか。
狡噛が弱気な分、こちらが強く出てみてやろう、と宜野座は決定的な一言を口にする。
そうしたあとの、普段にない狡噛の間抜けな面にふふんと笑ってやった。

また一緒に来よう。今度は手を繋いでみてもいい。