本当にくだらなくて切ないたとえばの話

2013/05/09



髪が指に絡む。
そうするのが好きなのだなと、宜野座は最近気がついた。
そしてそれはひとつの合図で、すぐあとにぐいと引き寄せられて鼻先が触れ合う。
なんだとにらみつける暇もなく口唇が重なって、仕方ないなと思いながら目蓋を閉じるのが、いつものパターン。
触れ合っている箇所が多ければ多いほど心地が良くて、その感触が好きだということは宜野座も自覚している。
言ってやったことはないが、きっと気がついているだろう。
いや、素肌を合わせたこんな状況では、わずかな仕草でも伝わってしまう。そうでなくてもカンのいい男なのだ。
監視官と執行官という忙しい身の上ではあるが、互いの時間が合えばこんな風に過ごすようになってどれだけか経った。
だがそういえば互いの間に言葉はあまりないように思う。
好きだ、も、愛している、も、宜野座の口唇が奏でたことはない。
そして今、額に、目蓋に、鼻先に順に口づけていく男――佐々山光留からも、それが放たれたことはない。
かといって体で性欲だけ処理するような薄情な関係というわけでもない。きっと世間では恋人同士と呼ばれる間柄。

「……佐々山」

少しの間も離れているのが惜しいと言うように口唇を触れさせてくる男に、すでに慣れてしまった宜野座は声をかける。

「なに、ギノせんせ」
「いるか?」

少し体を離した佐々山を見上げ、ふと浮かんでしまった疑問を投げた。思えば、今まで考えもしなかったことの方が不思議なくらいだ。世間の恋人同士は多少なりとも言葉で愛を語り合ったりするのだろうに。
なぜ自分たちはそれをしないのだろうか。

「なんだよ、してくれんのか?」
「馬鹿か、そっちじゃない」

ニッと笑って腰を押しつけてくる佐々山の額を指で弾き、ヤることしか考えてないのかと思ってもみた。

「――言葉。いるか?」

望むならくれてやろう、とも思う。たった数文字口にするだけなのだから。

「ギノせんせは欲しい?」

並べた単語で察したらしい佐々山だが、宜野座の問いには答えず同じ疑問で返してくる。訊いた意味がないと眉を寄せたら、ふっと笑われた。

「言ってみるかよ、お互い」
「お互い?」
「気持ちはもう充分に分かってるが、言葉にしたらもっと燃えるかもしれねえだろ」
「まだやる気か、ふざけるな」

数センチ先に、逸らされることのない相手の瞳がある。それは確信で、この先も逸らされることなどないのだろうとこちらも見て返す。

「せんせの方が燃えちまったりしてな」
「お前の性欲を俺のせいにするな」

佐々山はおかしそうに笑うが、宜野座はおもしろくもなくて眉を寄せた。

「それにお前、いいのか。俺で」
「なんの話?」
「お前、女の方がいいんだろう」

宜野座は目を逸らして、髪をかき分けてくる佐々山の視線から逃れる。
確かに互いの気持ちは過ぎるほどに分かっていたが、この先もずっと変わらないとは限らない。
人付き合いの苦手な宜野座とは違い、執行官でも佐々山はそれなりに周りとの交流も多い。その中に気の合う相手を見つけてしまえばこの恋は終わってしまう。

「ギノせんせーがそこ気にしてくれるとは思わなかったけどねえ」

佐々山は笑いながら煙草をくわえる。寝煙草など危険きわまりない!と取り上げてみれば、打たれる舌先。
気にしない方がどうかしていないだろうかと思う。女が好きだと言いながらなぜ自分を抱いているのか。優しい手つきを思えば気持ちなんか伝わってくるけれど、あまりにも理想とかけ離れているではないか。

「ギノせんせー、俺とあんたはここでしか出逢えなかったけど、たとえばどっかで違う世界があって」
「俺が監視官でない世界などあるか、馬鹿が」
「たとえばって言ってるじゃん。シビュラなんかなくてさ、潜在犯もいなくて。まああんたはこういうおカタイ管理職っての似合ってるけど。俺は普通に会社員かな。それともどっかの女のヒモかな」
「……そんなたとえ話はくだらんが、どう考えても後者だろ」
「ひでえなあ。でも、そういう世界でも俺はあんたに逢いたい。そんで口説きたいね」

すっと手が伸びて、髪を梳く。本当にこの男は、そうするのが好きなのだなと思いつつ、そもそもお前に口説かれたことなど一度もないがなと目を閉じる。

「ハハ、口説かれたいならそう言いなよ。で、どうすんの」
「お前が言ってほしいなら」
「俺もあんたが言ってほしいなら」

仕方ないから言ってやるけど、と額が合わさる。
そして二人で吹き出した。

「なんだよ」
「そっちこそ」

言いたいなら言えばいいじゃないかと互いに押しつけ合って、最後まで視線を逸らさないで目蓋を閉じる。
ふたり、同時に口唇に乗せるのは、初めての三文字。

「好きだ」

そのまま互いの背に回っていく腕を止めるような野暮な言葉は出てこずに、口唇のすぐ傍で次の五文字。

「愛してる」

重なった口唇と合わさった舌先に溶け、指先に、髪の先にまで満ちてくる想いに抱く腕を強くした。
こんなにも大切な言葉だったのかと互いに笑い、夢中になって囁き合った。



たとえば違う世界でも、こうして触れたいと。




お題:リライト様
/終末十題より「本当にくだらなくて切ないたとえばの話」