いつもと違う:いつもと同じ

2012/11/26



タン、と刑事課フロアのある一角の曲がり角で足を止めて、宜野座伸元は右を振り向く。そこに予想通りのものを見つけて、思わず大きくため息をついた。

「狡噛! やっぱりここかッ」

自販機の前に置かれた長椅子の上に大きな図体を転がしている、仕事上の、そしてプライベートでのパートナー、狡噛慎也。
しかし呆れを混じらせた怒鳴り声を浴びせたというのに当人は眉をぴくりとも動かさない。宜野座は再度あからさまに息を吐いて、

「休憩時間はとうに終わっているんだぞ狡噛。起きてるんだろう、さっさと戻れ」

居眠りを決め込む相棒に向かって、優しさなどかけらも見せずに言ってやった。

「狡噛」
「……あと五分」

もう一度名を呼んでやったら、本当は起きていることをごまかしきれないとようやく観念したのか、それでも往生際の悪い言葉が返ってくる。

「駄目だ」
「じゃああと十分」
「なんで増えてる」

狡噛はごろりと寝返りを打ち、宜野座に背を向けてしまう。そんなに眠いのだろうかと宜野座は目を伏せ、面倒そうにそれを見下ろした。

「狡噛。今戻らないなら、その分残業しろ。ただしそうなったら今日の夕食を一緒にという約束は破棄させてもらうが」

ぴくりと肩が揺れたのを、宜野座は見逃すはずもない。
狡噛慎也とは、いつの頃からか深い仲になってしまった。相棒と呼んだのが先か、恋人と呼んだのが先か。まあどちらが後でも先でも関係ないと思うほどには、つき過ぎず離れ過ぎずのこの距離が好きだった。

「あと三分だけ待て」
「なんでそんなに寝たがるんだ。まさか食事も取らずに寝ていたんじゃないだろうな」

交代で取らなければならない休憩では、彼がどんな時間を過ごしていたのか分からない。まさかと思った疑問には、否定も肯定も返ってこなかった。

「昨夜の疲れが残ってんだよ。むしろなんでお前はそんなに元気なんだ」

代わりに呻くような八つ当たりが返ってきて、宜野座は二度瞬いたあとに把握して口角を上げる。

「あの程度でか、情けないな」

昨夜も体をつなげたのは事実だが、そのあと眠る時間だって確かにあったはずだ。現に宜野座は充分とは言えないまでも睡眠と呼べるものは取っている。

言ってやろうか。お前といる時の方が楽に眠りに落ちることができるというその安堵感を。

「何だったら今夜は、何もせずに寝かせてやってもいいぞ」

ふふんと腕を組んで、できそうにもないことを口にしてやる。どうせ部屋に行ってしまえばキスをしてジャケットを落としてネクタイを外して、そうやって行為になだれ込んでいくだろうことが容易に想像できるほどには、まだ若かった。
それでも長椅子から起き上がろうとしない狡噛に呆れ果て、宜野座は腕を組んだまま深く腰を折り、面白そうに息を溜め、


「――慎也」


狡噛の耳元で吐息と共に囁いてやる。

「なっ……お、ま……ッ」

呼ばれ慣れていないファーストネームに耳を支配された狡噛が、驚いてがばりと体を起こす頃には、宜野座はもうピンと胸を張っていた。

「いい目覚ましになったろう」
「お前な……」

狡噛は仕方なく椅子の上に体を起こし、がくりと項垂れる。確かに眠気は吹き飛んだが、心の準備ができていなかったせいでやけに鼓動が速い。

「すぐ戻れよ」

それを面白そうに見下ろしてから踵を返す宜野座の背中に、狡噛はあからさまに仕返しのつもりで投げ返した。

「今夜覚えてろよ、伸元」

こちらも呼ばれ慣れていないだろうファーストネームをわざと舌に乗せてやったのだが、彼の反応はといえば。

「生憎だが、俺はお前と違ってそんなもので動揺するほど単純じゃない。残念だったな、狡噛」

宜野座は顔だけで振り向いて皮肉げにファミリーネームを呼んでくる。勝ち目はないと、狡噛は視線を逸らして立ち上がり、背伸びした。
その気配を背中で感じながら、宜野座は足を踏み出す。
確かに彼に伸元とは呼ばれないため、唐突なものであれば動揺したかもしれない。が、今回は過ぎるほど予測できた切り返しだった。彼の行動が読めないほどの距離にいたつもりはないのに、分からないのだろうか。

――――馬鹿だな、狡噛。

半分は心の底から呆れ果て、そして半分愛しそうに、宜野座は口許を緩める。

――――そんな音より、効果絶大なものがあるっていうのに。

宜野座は少しだけ振り向いて、今まさに歩き出した狡噛を視線の端に捉えた。


宜野。


彼が最初に呼んだ、彼にしか呼ばせない、愛称があるではないか。
その音が耳元で低く鳴るたびにどれだけ心臓を揺らしているのか、彼は知らないのだろう。
言ってやるべきかどうか迷って、宜野座は言わない方を選んだ。


こんなところまで探しに来させた罰に、今夜はいつもの倍ほど呼ばせてやろう。