キラキラブルー

2015/08/15



カチャンと、手に持っていたはずのスプーンが音を立ててテーブルに落ちた。

「ん」

宜野座は抗議するための声を上げたが、言いたかった言葉にはならない。口唇がふさがれたからだ。

「んっ……おい、ちょっ……、やめろ馬鹿」

それでも相手の体を押しやって、いきなりなんだと責めてみる。中断されたキスに相手は若干不満げだったが、すぐに気を取り直して再び口唇を寄せてきた。
柔らかくはない口唇が押し当てられる。ああこれはスイッチが入ってしまったんだなと宜野座は思うが、いったいどこがスイッチだったのだろうという疑問は残ってしまう。

「おい狡噛、いい加減に……、話をき……むぐ」

やんわりと体を押し戻す宜野座の手に構わず、狡噛は何度もキスをしてくる。口唇を離しては触れ、触れては離すキスに抗議を遮られ、宜野座は狡噛の髪をつかんで向こう側に思い切り引いた。

「てっ」

さすがに頭皮の痛みにひるんだのか、狡噛はようやく体を離す。

「なにするんだギノ」
「こっちのせりふだ馬鹿! なんなんだいきなり……っ」

湿ってしまった口唇を拭うと、あからさまに不機嫌になった狡噛の眉が寄った。

「拭うことないだろ、だいたいかき氷をやらしい仕草で食べるお前が悪い」
「はぁっ? なにをわけの分からんことっ……ぅ」

拭った手を取られ、そのまま引き寄せられる。狡噛の言うことは理解できないことの方が多いが、その筆頭が宜野座自身に関することだった。
面白い、から始まり、可愛い、綺麗、など、およそ狡噛以外からは言われたことのない単語がぽんぽんと飛んでくる。極めつけは、いやらしい、だ。これは納得いかない。

「ん、んん……」

確かに狡噛とは肌を合わせる関係にあるし、その行為が嫌いというわけではない。

「ギノ、口唇まだ冷たい……」
「だ、だからかき氷……っ食べてた、からだろ、離せよ」

狡噛にキスをされるのは好きだしたまには宜野座からだってする。しかしそれは時と場所を選んでいるし、そういう空気も最近は読めるようになってきている。
だが先ほどのは特にそういった空気ではなかったはずだ。狡噛の家で課題を片づけるために来たはずで、ちょっと休憩にとかき氷を作ってもらった。いちごの蜜がかけられたそれを食べていただけで、狡噛の言うように嫌らしい仕草でなんて、とんでもない言いがかりだ。

「やだね。俺はギノにキスをしたい」
「なっ……」
「誘ったのお前の方だろ」
「誘ってないだろ! お前どういう目をして」

言い終わる前に視界が揺れて体が倒されたことに気づく。だが慌てる隙も与えず、狡噛の手のひらがシャツ越しに撫でてきた。

「おいっ……」

こうなってしまえば目的は明らかで、他人だが他人でない相手の体の重みを感じる。頬に、首筋に口唇が滑る。

「おい狡噛、退け、重い、っていうか暑いんだよ」

夏の気温に汗ばんだ体が不快なのに、さらに他人の体温を請け負うなんてとんでもない。のだが、どうにも拒みきれない。

「ギノだってまんざらでもないくせに」

いつのまにシャツの中に入り込んだのやら、狡噛のその手を本気ではがそうとしていない時点で負けは決まっている。

「なあ、いいだろ一回くらい」
「馬鹿……お前この間もそう言って結局、……何度も、したじゃないかっ」
「あれはあれ、これはこれだ」

同じだろ、と抗議したかった口唇が、またふさがれる。かき氷で冷たかったお互いの口唇はもうとっくに熱くなっていて、氷ではないものに濡れていた。

「狡噛……っ」
「一回だけ……」

狡噛の手が、承諾もなく下着の中に入り込んでくる。目的のものをつかみとって、狡噛は満足そうに耳元で息を吐いた。それがどうにもエロティックで、宜野座の胸が高鳴ってしまう。

「あっ……、あ、ぅ」

のけぞったせいで背中と床の間に隙間ができ、狡噛の腕がそこに入り込み、おかげでがっちりと腰を抱えられてしまう。これではとうてい逃げられない。

「狡噛、ちょっと待てって……」
「いい加減おとなしく抱かれてろよギノ。なにがそんなに不満なんだ」

暑い、とさっき言わなかっただろうか、まったくこの男は人の話を聞かないな、と宜野座は諦めに近い息を吐く。気温のせいで熱かったおかげか、性的な熱っぽさに感じられたかもしれない。

「ギノ、かわいい」
「かわいくない、暑い、馬鹿」

まだ残っているかき氷が溶ける、なんて言葉は、言うだけ無駄だろう。そんなに食べたいなら食べてていいぞと言ってくるに決まっているのだから。
想像に易いほど体を重ねた事実が恨めしくて照れくさくて、八つ当たりをしたくなる。

「ん、あ……」

汗ばんだ体が重なって、距離がぐっと縮まった。暑いのと熱いのがごちゃまぜになって、目の前のものにすがることしかできなくなる。

「いって、こら、噛むなよギノ」
「……俺に噛まれるの好きなくせに」
「別に噛まれるのが好きなわけじゃないぞ。ギノに何かされるのが嬉しいだけで」

宜野座は目を丸くした。肩や首筋を噛んでも、いつも痛いと言いつつ嬉しそうだったから、てっきりそういう痛みを好むのだと思っていたが、少しズレていたようだ。

「今だってほら、お前にしがみつかれてんの嬉しいし、かわいいって思う」

ハッとしてシャツをきつくつかんでいた手を外しかけたが、嬉しいと言ってくれるものを無碍にするのはよくないかと、外さずにおいた。

「す、すまない……そういうのあんまり分からなくて」

こういった関係には慣れていない。正直言って、なにもかもが初めてであり、どうするのが正しくて、なにをすれば相手が喜んでくれるのかも分からないのだ。
言葉にするのも苦手なら、態度で示すのもうまくない。気持ちは分かってもらえているはずだと、勝手に思っているだけだった。

「なあギノ、キスしてくれ」

体を密着させたまま、狡噛は鼻先をすり寄せてくる。すぐ近くに見える瞳の中に、自分しか映っていなくて宜野座は頬を染めた。
キスをしてもらうのは嬉しい。気持ちがいい。宜野座がそう思っているということは狡噛も同じはずで、同じであればいいと思って、宜野座は両頬に手を添えた。
口唇に触れて、ちゅ、と音を立てて吸って、まっすぐに狡噛を見つめる。どうするのが正しいのか分からなくても、どうされれば自分が嬉しいかは自分がいちばんよく分かる。

「……好き、だ、狡噛」

離した口唇のすぐ傍で、そう呟いた。

「俺、やっぱりこういうのはあんまり分からないんだが……その、ちゃんとお前も気持ちいいように、協力、する……から」

されているだけではダメだと思い始めたのは実はつい最近で、狡噛のやり方を意識して追い始めたのもつい最近。抱く側と抱かれる側では違うこともあるだろうが、体への愛撫に対した違いがあるはずもない。
宜野座は狡噛を抱きしめて、首筋を吸い上げる。うまく痕がついて、嬉しかった。

「ギノぉ……頼むぜ」
「わ、ちょっ……おい狡噛、なんだ」
「そんな顔されてムラムラすんなってのが無茶な話なんだよ」
「……お前のスイッチ、本当にどこにあるのか分からん」

ぎゅうっと強く抱きすくめられ、暑いとは思いつつも押しやろうとはもうしなかった。