キスの日−髪:思慕−

2013/05/23



シュンと空気の抜けていくような音が耳に入った。
またノックもインターホンもなしにドアが開いたのだろうと分かるが、特に気に留めることはない。
面倒でかけていないロックは、たとえかけていてもその来訪者には簡単に解除できるはずなのだから。
狡噛慎也は煙草をくわえたまま書類をまとめ、だが片づけるには少し遅すぎた。

「持ち出しの形跡があると思ったら、やっぱり貴様か、狡噛」

狡噛は来訪者――宜野座伸元をちらりと見ただけで視線を正面に戻す。悟られているならば今さら隠しても無駄だと諦めて。

「常守に許可は取ってる。わざわざ小言を言いにきたのか、ギノ」

ご苦労なことだなと口の端を上げてやったら、彼の眉が寄った。別に嫌味で言ったわけではなかったが、そうとらえられてしまったのなら浅慮だったかとと狡噛は謝罪をこぼす。

「……今日の、事件」

宜野座は狡噛がテーブルに放った書類を手に取り、そのまま狡噛の隣に腰をかけた。

「少し気になるところがある。お前の見解をきかせてもらいにきた」

資料まで持ち出しているんだから当然何か不審な点があるのだろうと、宜野座は書類を手渡してくる。その間も、視線が重なることはなかった。

「……ああ、こんな子供がどうやって毒薬を手に入れられたのか……」

今日ひとりの子供が命を落とした。離婚の話が進んでいた両親の目の前で、毒薬を呑んで。
どうも子供をどちらが引き取るかで揉めていたようで、それに自分が邪魔ならば、とでも思ったのか。それとも、巧妙に仕組まれた殺人事件なのか。

「自分を犠牲にするというのが、正しい判断だったのか? それしか選べなかったのか? 親を憎むという選択肢は、なかったのか?」

ギノ、と狡噛は宜野座を呼ぶ。
姓の違う彼の父のことは知っている。籍を抜こうと言い出したのが彼の父なのか母なのかは分からないが、今回の事件とは状況が違い過ぎる。

「なにをもって、正しいと判断するんだ? 誰が、誰のために」

狡噛の独り言のような問いに宜野座は俯いたまま何も言わない。狡噛はそんな彼を眺め、ぐいと自分の肩に頭を抱き寄せた。

「ひとつ確かなのは、思い慕う者がいる奴は、自分を犠牲にするべきじゃないってことだ」
「……俺が? ……俺を?」

狡噛は口唇のすぐ傍に引き寄せた髪に、気づかれないようそっと口づける。


「…………両方だ」


秘めた想いは、誰も知らなくても。




監視官×執行官>>手首:欲望
監視官×監視官>>耳:誘惑
学生×学生>>額:祝福・友情 / 目蓋:憧憬 / おまけ