きみの小さな嘘

2015/01/24



狡噛に似た男を見る度に振り向いてしまう癖を、いい加減にどうにかしたい。
あれほどの男がそうそういるわけもないのに、身長や髪型が似ているというだけで、心臓がドキリと鳴ってしまう。
槙島聖護を手に掛けただろうあの男が、今この日本にいるわけがないと思っていてもだ。
今日も、そんな錯覚だろうと思った。
潜在犯が強盗を企てて逃走、という通報が入って出動した先で、似た気配があったのだ。だが狡噛のわけがない、そう何度も自分に言い聞かせた。

「常守監視官、少し見回ってきてもいいだろうか。仲間が潜伏しているかもしれない」
「あ、そうですね……逃走手段の確保とか、あるでしょうし。宜野座さん、お願いします」

なんの疑いもなく、常守は宜野座を単独で行動させてくれる。それは今までに築いてきた信頼関係のおかげだったが、もしかしたら気づいているのかもしれない。
恋人を捜し求める、宜野座に。
恋心というやつはどうしてこうも厄介なのだろうと思いながら、宜野座は踵を返した。




確かこっちの方に行ったはずだが、と宜野座は壁に隠れながら足取りを追う。狡噛ではないかもしれない。状況を考えればその可能性の方が高い。
だから早く対象を見つけだして諦めたい。逢いたいと思う心を、諦めてしまいたい。
なんでこんなに好きになってしまったんだろうと俯いたその瞬間、グイッと強い力で腕が引かれ、体がつんのめった。
うわ、という小さな声は、音になったかどうか。
しかし恐らく音になる前に、他人の口唇へと吸い込まれていった。
宜野座は目を見張る。嗅ぎ慣れた煙草のにおいと、触れた口唇の感触。なによりも自分を抱きしめる体の温度。

――――狡噛……!

間違えるはずがない。ずっと触れたかった相手だ。
視界に見慣れた肌の色と髪が見える。宜野座はそれに目を細め、こぼれそうになる滴を我慢してかきつく閉じた。背中に腕を回し、相手と同じくらい強く抱き返す。
どうしてここにいるのか。今までどうしていたのか。これからどうするつもりなのか。
逢えたら訊きたいことがたくさんあったはずなのに、そのどれをも訊けないまま呼吸さえ奪い合うような激しい口づけに溺れていく。

「はぁっ……ぅ、ん、う」

舌をこすり合わせ、吸い上げて、唾液を交わらせて、食らいつく。鼻から抜けていくくぐもった喘ぎと口唇の隙間で立てられる濡れた音が心地よくて、エネルギーにさえなっていくようだった。

「狡、噛」
「ギノ……」

キスの合間に名を呼び合うけれど、自然過ぎて意識できない。傍にいたときは日常的に聞こえていたその音は、離れてしまった今でも互いの中に残っていた。

「んっ……」

狡噛の手がジャケットのボタンを外し、シャツ越しにわき腹を撫でてくる。布一枚隔てられた体温がもどかしい。体のラインを這い上がった指先に胸の突起をこすられて、思わず声を上げてしまった。

「ぁ……っあ」
「可愛い声出すなよギノ……抑えが利かなくなるだろ」

耳元で欲情にまみれた声が聞こえて、宜野座の体が歓喜に震える。

「お、抑える気も、ないくせに……ッ」

その声ひとつでとろけてしまう。その仕草ひとつに理性が引きちぎれてしまう。
狡噛は宜野座を正面から見据え、宜野座もそれを見つめ返す。ここにきてようやく視線を重ねた二人は、カチリとスイッチでも入れたかのように求め合った。
口唇を離しているのが淋しいと、すぐ傍で吐息が感じられる位置で、体に触れる。腰を押しつけ合い、互いに相手の高ぶりを慰めた。

「あ、あ……っ」
「ギノ……もう少し、力……入れて」
「んんっ……」

指先がぶつかる。体液が混じる。吐息が混ざって、体が疼いた。

「狡噛……これ、……入れて、くれないのか……」

上気した頬を隠しもしないで、宜野座は狡噛を求める。そうされた狡噛はごくりと唾を飲み込み、せっかく理性を総動員して止めていたのに無駄にしやがってと悪態をついた。
狡噛は乱暴に宜野座の足を持ち上げ、八つ当たりのようなキスをする。

「ん、んんぅ……ッ」

ろくに慣らされないそこに、狡噛が入り込んでくる。口唇をふさがれているおかげで声はくぐもり、壁に押しつけられた背中が痛んだ。

「っ……あぁ……ん」

さすがにこの体勢では動きづらいと二人はゆっくり座り込む。体重で狡噛を奥まで飲み込んでしまって、宜野座はぐんとのけぞった。

「狡噛っ……馬鹿、そこ、いや……」

そんな宜野座を容赦なく責め立てる狡噛。ゆさゆさと揺さぶられる体が煩わしいのに、宜野座はそれが嬉しくて仕方ない。知り尽くされた性感帯を抉るように腰をひねられて、首を振りながら抗議した。

「ギノの嘘が下手なことは、知ってる、からな……っ」

本当はここがいいくせにと、狡噛は何度もそこを責め立ててくる。悔しいが体は素直に反応してしまって、狡噛ばかりを責められない。
それでもせめて爪を立てるくらいはしてやろうと、意図的に肩に爪を食い込ませた。

「ギノ」

それに気がついても、狡噛は嬉しそうに笑ってぐんと追い上げるだけ。結局狡噛は、宜野座になにをしても、なにをされても、嬉しいらしい。
そんな幸福そうな男に体内をかき混ぜられて、宜野座は体を震わせて達した。狡噛は達する前に引き抜いて、白濁とした体液を放つ。

「ん……、ふぁ、う……」

息を整えようとする傍から口唇が重なって、やがて二人で笑う。

「爪、……痛くなかったか」

宜野座は行為の最中に悔し紛れに爪を立ててしまったことを詫びて撫でるが、狡噛はいいやと否定した。

「たとえ痛くても、ギノを抱いた証になるからな、なんでも嬉しい」

臆面もなくそう囁いてくる男を、どうすれば悔しがらせられるのか分からない。
宜野座は諦めて、首筋に顔を埋めた。

「つっ……」

首筋、襟ではどうやっても隠れない位置を強く強く吸い上げる。ちりっと走った小さな痛みに狡噛は顔をしかめた。
口唇を離した宜野座は、そこにくっきりと赤い痕が残ったことを確認して、満足そうに笑った。

「狡噛、……見えるところにはつけるなよ」

そうして自身のネクタイを緩め、襟元をくつろげる。狡噛が抱いた証を欲しがるのなら、宜野座だって抱かれた証が欲しい。
狡噛は宜野座の望みをくみ取って、襟に隠れる位置を舌先で舐め上げ、きつく吸い上げた。

「ん……」
「お前が俺に抱かれた証だな」

すぐに消えてしまうけれど、記憶には残る。温もりは覚えていられる。

「次に逢ったら多分……俺はお前に銃口を向ける」
「……あぁ、そうだろうな」
「だから、それまで生きててくれ」

衣服を整えて、宜野座は狡噛に背を向ける。約束を交わせる立場でないことは充分に分かっているけれど、言わずにはいられなかった。

「分かってるさギノ。また逢おうな」

狡噛もそれが分かっていて、背中に答えを投げかける。
逃亡する者と、犯罪者を執行する者。交わらない道のりの先に、二人はなにを見いだすだろうか。また再会するまでに、答えが出るだろうか。
泣き出しそうな空を見上げながら、二人はそれぞれの道を歩きだした。



常守の元に戻った宜野座は、しゃあしゃあと異常はなかったと告げてみせる。
だが嘘が下手だとあの男が言った通りに、ごまかせているかどうかは分からない。