深夜、オフィスにて

2012/11/21



あとどれくらい残っているだろうかと、宜野座伸元はため息をついた。
ちらりとリストに目をやると、未処理として振り分けたデータがやっと一桁になったところ。
モニターに備え付けられた時計の時刻を見やったら、もうこんな時間かとまたため息を吐きたくなる。
昼間の忙しい時間に片付けるよりも、こうして落ち着いた夜に手をつけた方が捗ることは間違いないのだが、問題はそのデータの量だ。
経理課への提出データや人事課への確認データなどはまだいい。必要な書類なのだし、いつものことだ。それは苦痛なレベルではない。

頭が痛いのは、始末書の類だ。
どこの何を破損しただの、現場住民から苦情が出ただの、いっそ日常的になりつつはあるものの、こう頻繁に始末書を提出していては面目も立たない。

ただでさえ宜野座が預かる執行官は粗野で乱暴で手に負えない潜在犯として世間に見られているのに、これ以上問題を増やしてどうするのだ。
いや、粗野なのも乱暴なのも潜在犯なのも事実ではある。しかし世間を恐怖に陥れる犯罪者かと言えばそうでもなく、理性的な面の方が多い、と改めて考えてやればそう思うのだが、やっぱり始末書の量を認識すると罵って踏みつけてやりたいくらいだ。

「ギノ、やっぱまだ残ってたのか」

はあーと大きくため息を吐いた時、今ここで聞こえるはずのない声が耳に入ってくる。
宜野座は視線だけでその相手を見やり……いや、睨み、誰のせいだと訴えた。

「貴様の物の扱いがもうほんの少しでも丁寧なら、始末書も激減するだろうがな」

今預かっている執行官たちはそれぞれ始末書の提出を要する事態を招いたこともあるが、いちばん多いのはこの狡噛慎也である。いったいどのツラをさげて、まだ残っていたのかなんて言うのか。

「潜在犯の取り締まりとお前の労働、天秤にかけるまでもないだろ」
「加減をしろと言っているんだ、馬鹿めが」

宜野座はモニター上のデータに視線を戻し、少しでも早く片付くようにと素早く運指した。いつまでも狡噛の相手をしているわけには、とそこまで思ってはたと違和感。

「狡噛、お前今日当直じゃないだろう。何かあったのか?」

今日当直勤務の執行官は、六合塚だったはずだ。その彼女がなぜ来ずに狡噛が来るのか。宜野座は早く片付けたいはずのデータ上でカーソルを止め、自分のデスクに着いた狡噛を見やる。

「六合塚に変わってもらったんでな。事後報告で悪いが、今日は俺が当直だ」
「……ふん? まあ、人数が変わらないなら構わんがな」

明確な理由がないのは気になるが、また事件で気になることでもあったのだろうと宜野座は位置づけて、またタブレットの上で指を滑らせる。出動要請がかかったときに対応できる誰かがいれば、それで問題ない。

「ギノ、それあとどれくらい残ってんだ? 明日に回せないのか」
「明日何が起こるか分からんのに、そんなことができるか。また貴様がものを破損したら、その分増えるんだぞ」
「手伝うからよ」

データよこせ、と自分のデスクモニターに向かったまま狡噛は要請してくる。
狡噛慎也は以前宜野座と同じく監視官だったことがある。デスクワークよりは現場で体を動かしたいようだったが、それでも書類の必要性とルールくらいは知っていた。

「ふざけるな、お前の手を借りなきゃ終わらないほど俺が無能だとでも言いたいのか」
「なんでそうなる」
「狡噛、自分の立場を理解しろ」

宜野座は狡噛に一度も視線をやらないままで返す。
相棒と認め合って事件の解決に奔走していたころとは違うのだ。あのころは信頼できる相棒、今は上司と部下。
狡噛のそれが厚意からくるものだとしても、彼は管理される側である。勤務中である以上、そのラインは引いておかなければいけない。

「立場を理解してるからこそだろ」
「……――どういうことだ」
「恋人って立場を、理解してるからだ」

狡噛が、くるりと椅子を回して振り向いてくる。宜野座は目を瞠って、ついで眉を寄せた。
恋人と呼ぶにはあまりにも素っ気ない関係ではあるが、想い合っているのは事実。
だがそんな私事を、仕事に持ち込む精神が理解できない、と思ったのに。



「お前が27歳である最後の瞬間と、28歳になる最初の瞬間くらい、恋人でいさせろよ、ギノ」



狡噛は立ち上がり、宜野座のデスクに右手をついて覗き込んでくる。
宜野座はそんな狡噛を見上げ、開いた口を閉じられないままモニターに表示された日付を確認した。


11/20 23:55

宜野座は視線を右にやり、顔をそちらに向けかけ、泳がせるように視線を正面に戻し下にやって俯く。
どこを見ていたらいいのか分からない。狡噛に目をやっても逸らしても、どちらにしろ決まりが悪い。

「やっぱり忘れてたんだろ」
「ち、ちが……っ、お前が覚えてると思ってなかっただけだっ」

笑い混じりに呟かれた言葉に宜野座は思わず顔を上げてしまった。振り仰いだそこに優しい笑顔が待っていて、言いたかったはずの言葉が飲み込まれてしまう。

「何年祝ってると思うんだ。自分の誕生日も忘れるほど余裕なくなる前に、頼れ」

狡噛の左手が伸びて、宜野座の前髪をすくい上げた。

「髪が……伸びたな」

そのあとすぐに重なってくる口唇の温度は、あの頃からずっと変わっていない。まだ前髪を伸ばしていなかった頃、それよりもっとずっと前から、変わらない温かさだ。

お互いを取り巻く状況は変わってしまったのに、変わらないものがある。
キスの仕方と、キスの理由と、キスの温度。

日付が変わる。


11/21 00:00

狡噛の口唇は27歳の宜野座の口唇に触れ、

「ハッピーバースデイ、ギノ」

そうして28歳の宜野座の口唇に触れた。

「来年も、こうして祝ってやるよ」
「忘れてなかったら、お前の誕生日も祝ってやる」
「毎年聞いてるな、それ」
「うるさい」

口唇のすぐ傍で囁き合って、鼻先をすりあわせた。
モニターをブラインドにして、恋人たちは何度も何度もキスをする。


深夜、オフィスにて。




お題:リライト様
/上司部下、十の事情より 「深夜、オフィスにて」