ほんのイタズラ

2013/11/11


「なんで俺が狡噛とペアなんだ!?」

宜野座は引いた紙切れを握りしめ、ふるふると体を震わせた。

「仕方ないだろギノ、くじで決まったんだから。諦めろ」

ペアの相手である狡噛は、まるでなんでもないことのように振る舞っている。そうそう、と後ろで縢や唐之杜が同意していた。そもそもなぜこんなことをするハメになったのか、最初のきっかけはもう分からない。

「いやあ、俺審判で良かったなあ。若いモンの感覚にはついていけん」
「私こういうの初めてで。楽しそう〜」
「俺は心臓が爆発しそうなんですけど……」
「アタシたちはいつもと変わらないわね、弥生」
「志恩、仕事中よ」

人数の関係で、一人はゲームの審判になる。それに運良くあたった征陸は胸をなで下ろし、ペアになった縢と常守、唐之杜と六合塚はそわそわしながらもすでに準備を整えていた。

「観念しろギノ。たかがポッキーゲームだぞ?」

狡噛に至っては、ペアと判明した瞬間から面白そうな顔を持続させている。それがまた宜野座の癇に障った。

「なんで貴様はそう順応性が高いんだ! できるかそんなバカバカしいこと!」

誰が言い出したのか(おそらく縢あたりだろうが)、今日十一月十一日はポッキーの日だとかで、それを使ったゲームをやることになってしまった。普段なら乗りもしない宜野座だが、コミュニケーションは必要ですよという常守の駄目押しと、運がよければ見ているだけの審判になれるかもしれないという逃げ道が、宜野座にくじ引かせたわけだが。

「面白いこと言うなギノ。どだいゲームなんてものはバカバカしいものだ」

自分の運が良くないことを忘れていた。狡噛は、縢が持ってきたポッキーを指先で摘みこれ見よがしに振ってみせる。そうして、宜野座以外には誰にも聞こえないような小声で囁いてきた。

「なにが問題だ? 嫌なら負けりゃいいだけだし、キスなんかいつもしてるだろうが」
「もっ、問題がありすぎるッ」

カッと頬を染める。
狡噛慎也とは、キスも、キスよりすごいこともする仲、いわゆる恋人同士という間柄だ。だから別にうっかり口唇が触れ合ってしまっても、それこそ日常のできごとなのだが、だからこそ困るのだ。
いつもの調子でうっかり自然にキスなんかしたら、周りの連中にバレてしまう。もし口唇が触れたらどういう反応をすれば、そういう仲だと気づかれないのか、宜野座には分からないのだ。
かといってわざと負けるのも悔しい。
ポッキーをくわえた状態とはいえ狡噛の顔が近づいてきて、思わずいつもみたいに目を閉じてしまいそうな自分が悔しくてたまらない。

「ひ、人前で……その、うっかり……したら、どうするんだ……」

宜野座は恥ずかしそうに目を逸らす。人前で、狡噛と二人きりでいる時のような無防備な雰囲気は見せられない。コントロールできない自分が未熟なのだと分かっているが、こればかりはどうしようもないのだ。

「――分かった、人前じゃなきゃいいんだな?」
「は? おい待てなんでそうなる」

狡噛はそれでもポッキーゲームを取りやめる気はないらしく、宜野座の腕をぐいと引く。

「とっつぁん、俺たちはちょっと別のとこでしてくる。ギノがどうしてもって言うんでな」
「別のとこ? そりゃあ……審判ができんだろう」
「コウちゃんそれアリ〜?」
「アリだよ。勝敗は自己申告する」

狡噛は宜野座の腕を引いたまま、納得いかない風な顔をした縢や常守を通り過ぎる。あまりイジメるなよと肩を竦める、何も知らない征陸を通り過ぎ、意味深な唐之杜や六合塚の視線をやり過ごして掲示部屋を出た。

「おい狡噛っ、俺はまだやるとは――」
「譲歩してやってんだ、たまにはハメはずせって」

そんなことを言い合いながら喫煙スペースの方へ歩んでいく二人を見送り、刑事課のメンツはそれでも当初の予定通りポッキーゲームを楽しむのだった。




「おい狡噛、待て、どこまで」

どこまで行くんだと、腕を引かれながら宜野座は狡噛の背中に投げかける。正直、内緒の恋人とはいえ対外的には上司と部下だ。部下に手を引かれている様などあまり晒したいものではない。

「ここならいいだろ、ギノ」

狡噛は足を止め、喫煙スペースの観葉植物の陰に二人で隠れる。ここなら人も来ないし、通路からは死角になっている。見咎められることはないだろう。

「ほら」

狡噛はポッキーを摘んでつきだしてきた。どうあっても二人だけでゲームをするつもりのようだ。誰も見ていないのだから、やったことにしてごまかしたっていいだろうに。

「狡噛……お前本当にするつもりなのか?」
「せっかくの機会だ、やったっていいだろう」
「お前の考えていることが分からん……」

宜野座は頭を抱える。こうと言い出したら実行するまで止めないんだからなと、息を吐いた。
「そうか? 至極分かりやすいと思うが。お前とペア組みたいからくじに細工したんだ、このまませずに終われん」
「はぁっ?」

健気だろうと壁にもたれる狡噛に、宜野座は驚愕の声を上げる。くじに細工とはいったいどういうことか。いや聞きたくはないが、つまり今こうなっているのは狡噛がしくんだことというわけか。

「貴様、勝負にイカサマとは……そこまで堕ちたか」
「だったらお前、ほかの奴とが良かったのか? 俺なりに助け船を出したつもりなんだがな」
「う……」

言葉に詰まる。確かに、他のメンバーと当たる可能性だってあったのだ。唐之杜あたりは面白がりそうだが、その他は誰と当たっても気まずい。というか、できるわけがない。

「そ、それは……助かったが……」
「だったら、ほら。チョコついてる方やるから」
「子供扱いか!」

突き出されたポッキーは、摘む方でなくチョコが端まで付いている方だ。駄々をこねる子供をなだめているような風情にカッとなって、宜野座は思わず狡噛の手からポッキーを取り上げる。
どうにもやり場がなくなってしまって、ためらってためらってためらったあげく、

「……ほら、さっさとくわえろ」

チョコが端まで付いた方を狡噛に向けて突き出した。狡噛は一瞬面食らったように目を見開き、ほんの少し視線を泳がせる。
「おい、なんだいったい」
「いや……ギノがエロいなと思って。くわえろとか、どんだけ挑発するんだ」
「なっ……、き、貴様っ……」

そんなつもりで言ったのではない。狡噛の頭の中はいったいどうなっているんだ? と顔を真っ赤にしながら手を引っ込めかけたが、それより早くつかまれる。

「怒るな、誉めてんだから」
「し、知るか! あ……」

つかんだ宜野座の手から、狡噛がポッキーを奪っていく。綺麗にそろった歯で挟まれたそれのもう一方の端は、宜野座に挟まれるのを待っていた。

「ん」

促すように、狡噛が顎を突き出す。本当にこんなことしたいのか、と宜野座はいまだに不思議な気持ちでいっぱいだ。狡噛の考えていることは本当に分からない。長くつきあいを続けていてもだ。

「ん?」

早く、と狡噛が器用にポッキーを上下させる。手首は掴まれたままで、逃げ出すこともできやしない。宜野座は覚悟を決めて、小さく息を吐いた。

「目……閉じててくれないか……恥ずかしい」

目を閉じたらゲームの意味がないような気もするがと思いつつ、やはりこの体勢この距離で目を開けたままというのは恥ずかしいのだ。
狡噛は途中で開けてやるつもりでいながらも肩を竦め、素直に従って両の目蓋を閉じた。
宜野座はそんな狡噛の眼前で手を振り本当に閉じていることを確認し、ポッキーを口唇で挟もうとした。が。
ほんの少し。


ほんの少しのイタズラ心が働いてしまった。
掴まれていない方の手で、狡噛の口に挟まれたポッキーを引き抜く。


「ん、……ん!?」


そうして、口唇にキスをした。
宜野座にしてはたっぷり五秒口唇を押しつけて、離す。


「はは、まぬけ面だな、狡噛」
「ギノ……お前な……」

予想していなかった展開に、狡噛の反応が遅れる。それを面白そうに眺め、ゲームのルールがどうであれ、なんだか勝った気分で優越感に浸った。

「なんだ、キスをしたいんじゃなかったのか?」
「まあそうなんだが、できれば」

このまま負けてなるものかと、狡噛は宜野座の腰をグイと抱き寄せ、耳元で囁く。

「もっと深いので頼む」

答えも聞かずに口を塞いで、さんざんに舐めしゃぶる。絡んだ互いの指先から、ポッキーが抜け落ちていった。