境界線の見える窓際で

2013/10/27



よかった、と宜野座は玄関を開けて家の中に入り、リビングを突っ切って大きな窓に手をかけた。

「雨降る前で良かったな」

ガラリと勢いよく窓を開けた宜野座の背中にかかる声がある。少しだけ振り向いて、一応客である彼にすまないと詫びた。

「今日、天気予報見ていくの忘れてしまってな。俺としたことが洗濯物を出したままだなんて」

ベランダに干したタオルや衣服は、雨の前の冷たい風にはたはたと揺らめいている。うっかり片付けずに家を出てしまったのは、宜野座にしては珍しいことだった。

「ギノ、コーヒーでいいよな」
「あぁすまないな狡噛。あ、っと、できれば、ミ」
「ミルクたっぷりと砂糖を少し?」

宜野座の声に被せて、狡噛は笑う。お前の好みはもう把握してるよと言わんばかりのしたり顔が、なんだか悔しかった。
客であるはずの狡噛は、勝手知ったる風にキッチンへと向かっていく。そのはずだ、こうして家に招くのは初めてではない。それどころか、頻繁にここで過ごしている。好みも把握されてしまうくらい、互いを想いながら。
上機嫌な狡噛の鼻歌を聴きながら、宜野座はベランダに出る。さすがに肌寒くて、ふるりと身を震わせた。雨が降り出す前にとシャツやタオルを取り込み、ふと視線を遠くの空へ向ける。

「あ、」

取り込もうとしていたシャツに手をかけたまま、動きを止めてしまった。

「ギノ、どうした? コーヒー入ったぞ」

洗濯物を取り込むだけにしては遅いと案じたらしい狡噛が、ベランダに出てくる。宜野座はハッと我に返り、慌てて残りの洗濯物を抱え込んだ。

「あそこ、雨の境みたいでな。ちょっと珍しいものを見た気がしたんだ」
「ん? ああ……本当だ、あそこだけ煙ってるな」

宜野座の指さした方向に狡噛も視線をやる。すると彼の言うとおり、上空に雨雲を冠して空気を暗く揺らしている箇所が見えた。
普段はそんな空を見ることはない。雨に降られてしまってから睨み上げるか、降り出す前に家に入って空とはさよならかだ。あの様子から察するにそこは土砂降りに近いだろう。こうして遠くから見る分には他人事のようにしていられるが、あれがもうすぐここへも到達するのかと思うと、本当に降り出す前に帰ってこられて良かったと感じた。

「お前が思い出してくれたおかげかな。一緒でよかった」

宜野座は雨の境を眺めたまま息を吐く。何気なく呟いた言葉だったのだが、狡噛はそれを嬉しそうに揶揄う。

「いつだって一緒だろう。朝も、昼も、……夜も」
「うわ、こらやめろ馬鹿」

狡噛の手が宜野座の腰を抱き寄せて、頬に口唇が触れた。二人きりでいる時のこんなスキンシップにはもう慣れた(ように装いたい)宜野座だが、ベランダでは人目が気になる。抱え込んだ洗濯物のおかげでほんの少し距離は取れたが、それだってわずかなものだ。

「おいやめろと言うのに」
「寒いかと思って」

狡噛はそのわずかな距離を埋めたがって抱く腕の力を強くする。確かに雨の前の空気は冷たいが、洗濯物を早く取り込んで中に入って熱いコーヒーを飲めば済むことだ。
それをしないのは、もう少しだけ雨の境界線を眺めていたいから。滅多に見ない光景を、もう少しこのまま、ふたりで。

「明日は……晴れるだろうか」
「どうだろう。てるてる坊主でも作っておくか? 久々のデートだしな」

そんなものが効くだろうか? と宜野座は首を傾げながら、迫る雨の境界線を狡噛の腕の中で眺めた。頬をすり寄せてくる狡噛を諫めた目を閉じて、窓際で静かなキスをする。
どうか晴れますようにと、指先を絡めて。




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