世界のどこかで

2013/11/21


珍しく、宜野座の方が早く目を覚ました。肌寒い季節がそうさせたのか、指先の冷えに意識が浮上してくる。
目蓋を持ち上げてすぐ、他人の寝顔が目に入り、宜野座は二度三度瞬いて顔を赤らめた。
厳密に言えば赤の他人ではない。肌の感触と温度をしっている、そんな相手。

恋人である狡噛慎也は、危険な潜在犯とは思えないほど穏やかな寝顔で寝息を立てていた。

本当に珍しいなと宜野座は思う。体を重ねる関係にはあっても、寝顔を見ることは滅多にない。
というのも、行為はほぼ毎回狡噛の私室の狭いソファで行われるからだ。
もちろんふたりそろって寝転がれる面積などなく、終わったあとに宜野座が自宅へ戻るか、その気力がなくて泊まる場合でも、気がつくと横たえた体に毛布をかけられた状態で目を覚ます。
だからベッドで行為に及んだことも珍しければ、こんな風に寝顔を眺めることも本当に珍しい。

彼も疲れているのだろうか? と思ってさらに頬を赤く染めた。

何せ昨夜の行為は濃密すぎた。
誕生日だから甘やかしてやりたいと言ってここにきた狡噛は普段からは考えられないほど優しくしてくれて、面食らうほどだったのだ。
狭い風呂で行為に及んだあと、のぼせてしまった宜野座をソファに運び、冷たいプリンを食べさせてくれたことは覚えている。優しい手が髪を撫でてくれて、好きだと囁いてくれた。
何よりも嬉しい誕生日プレゼント。
求める想いが強くなりすぎて、結局自分から狡噛を引き寄せてしまったのだったか、と思い出して、あまりの羞恥に手のひらで顔を覆う。
ソファではいやだと言ったことを覚えていてくれたのか、キスをしたまま抱き上げられて、この寝室に運ばれた。そうして何度か肌を合わせたわけだが、少し無茶をし過ぎたという自覚はある。
狡噛がまだ起きないくらいには、激しく抱き合ったことも。

「今日は……このままここで過ごすのもいいかな……」

たまにはふたりで出かけるのもいいかなと思っていたが、体が悲鳴を上げそうだ。そう思って息を吐いたら、

「ギノ、まだ足りないのか? 一日中ベッドで過ごしたいなんて、大胆なことを言うじゃないか」
「なっ……」

目を開けないまま狡噛の口唇だけが動く。宜野座は心臓が飛び出るほど驚いて、思わず体を背中の方にずらした。

「おっ、起きてるならそう言え! あとそういう意味じゃない!」

とっくに起きていてこちらの反応を楽しんでいたのなら、趣味の悪いことだと睨みつける。

「だって今、このままここでって言ってただろ……?」
「ば、馬鹿違う、このまま家でってことだ!」

ようやっと目を開けた狡噛の腕がグイと宜野座の腰を引き寄せる。確かに言葉としては間違った解釈でもないだろうが、そんなつもりで言ったのではない。抱き寄せられて近くなった距離と肌の温もりが、昨夜の熱を思い出させる。

「狡噛、おい……離せ……」

腰を抱いた狡噛の手が、そのまま下に降りていく。尻を撫で太股を滑るその手のひらで、いとも簡単に昨夜の熱を引き出されていった。

「狡噛っ……やめろっ、馬鹿、あ」

狡噛はそのまま宜野座の膝を割り、自身の体を入り込ませる。いやでも密着する肌の温度には、しようと思っていた抵抗が奪われていく。

「まだ……柔らかいよな……」

指先がそこを撫で、遠慮なく入り込んでくる。宜野座はビクッと肩を竦めた。
吐息のような喘ぎが口唇から漏れ、所在なげにシーツの上をさまよっていた手が狡噛の背中に回ってしまう。これでは、いくら口でいやだと言っても無駄と言われてしまうだろう。

「朝……からっ、サカる、なっ……ぅあ」
「お前が俺の寝顔見て幸せそうにしてるからだろうが。ほら力抜け」
「なっ、し、してな……っあ、ん」

いったいいつから起きていたというのか。朝っぱらからコトに及んでしまうほど顔がゆるんでいたのだろうかと思う――暇もなく、狡噛が入り込んできた。
宜野座は体を震わせ、形を覚えて息を吐く。背中に爪を立ててみれば狡噛の眉間にわずかにしわが寄ったが、そんなこと気に留めてはいられない。
ぐ、ぐ、と奥に押し入ってくる男を本能的に押し出そうとする動きと、もっと奥に触れてほしいと引き込もうとする動きが、狡噛を締め付けた。

「ギノ、朝からすごいな……」
「んっ……、ん、し、知る、かあっ……!」

ぐいとねじり込まれてのけぞった喉に、狡噛の口唇が当たる。噛みつくようにキスをされて、もしかして痕が残ったのではないかと案じたが、それより心地よさの方が勝ってしまって諫められない。

「あ……っあ、こ……がみぃ…」
「ギノ、気持ちいいか?」

追い打ちをかけるように狡噛が耳元で囁いてくる。吐息のようなそれは、宜野座を煽るのに充分な要素を持っていた。

「な、…んで、そんな、ことっ……言わなきゃ、ならないんだ……っ!」

ふる…と首を横に振りながら、宜野座は快楽に耐える。
いつもはそんなこと気にかけずにぐいぐい進めるくせに、どうして今日に限って訊ねてくるのか。気持ちよくても気持ちよくなくても――いや、総じて気持ちよい時しかないのだが、強引に抱けばいいのにと。

「お前を、甘やかすってアレは、まだ、有効……なんだがなっ」
「やっ……馬鹿、そこっ……!」
「お前が気持ちよく、ないなら、意味がない、だろ」

体を揺さぶる合間に狡噛は言葉の真意を宜野座に告げる。熱くて荒い息と共に吐かれたそれに、宜野座は目を瞬いてぽかんと口唇を開けた。
そうだ今日は誕生日なんだ。昨夜からの甘くて濃密な行為はそのせいで、いつになく狡噛が優しくて穏やかなのもそのせいで。

「な、ギノ……気持ち……いいか…?」

そういえば昨夜も思ったなと宜野座は両腕を狡噛の首に回し引き寄せる。潜在犯に堕ち執行官に降格しても、狡噛の優しい本質は変わっていないのだと。

「心配しなくても、気持ち……いいから……早く、奥に……」

不意に見せる狡噛の狡噛らしさが、とても好きだ。思い出したように手を差し伸べる無責任さも、全力で独占したがる幼さも、すべてが愛おしい。

奥深くにと望んで抱き寄せた宜野座の望みを聞き入れて、狡噛は宜野座の細い腰をがっちりと抱え込む。それを自身の方に引き寄せて、下肢を合わせた。

「んぅっ、ん……! あ、は……ぁっ」

肌のぶつかる音がする。朝の時間には不似合いな、ベッドの激しく軋む音と、荒い息づかいと、ときおり呼び合う互いの名。それらが全部混ざり合って、宜野座の部屋に響いた。

「い、……く、狡噛、コウ、コ……あ、あぁっ――」

ピンと立ったつま先がシーツを掻き、宜野座の体がビクビクとわななく。うねるように収縮する体内を、さらにかき回すように狡噛は抽送し、奥に放った。

「う、う……ぁ、ん」

放たれる感触にまた快楽を引き出され、宜野座の口唇から淫らな声が漏れていく。それを満足そうに聞き取り、狡噛は優しく髪を撫でた。

「ギノ、誕生日……おめでとう」

呼吸が落ち着いたところへ、触れるだけのキスが降ってくる。それがくすぐったくて、はにかんで笑った。

「昨夜から何度も聞いた、馬鹿」
「……ギノ、今の顔もう一回しろ。見たい」
「は? 何言って……おいなんだそのモニター、何撮ってるんだ馬鹿!」

狡噛の左手にはめられたデバイスがモニターを立ち上げているのが目に入る。しかもそれは自分に向けられているようで、宜野座は慌てた。

「いいだろ写真くらい。別にハメ撮りじゃあるまいし」
「え、ハメ……え?」
「お前がしたけりゃ俺は歓迎するがな。ほら、笑えって」
「そんなこと言われたって、どう――」

わけの分からない単語が並ぶ。狡噛はいったいどうしたいのだと、宜野座は笑うどころか不審そうな表情になってしまった。

「ギノ、深呼吸。深く吸って――止めて」
「ふはっ、なんでだ馬鹿」

そこは普通吐くところじゃないのかと、思わず噴き出してしまう。その瞬間を狙ってか、モニターが映像を収めてシャッター音を鳴らした。
油断も隙もないな! と諫めたが、そんな瞬間まで撮られてしまう。

「ギノ、笑って」

カシャカシャと何度かシャッターの音がする。どうやらベストショットを撮るまで止めるつもりはないらしく、宜野座は呆れて、諦めて、思いついた。

「……お前も一緒なら、いいぞ」

自分一人では気恥ずかしさと寂しさが混ざって、うまく笑えないような気がする。二人でというのは気恥ずかしさは増すかもしれないが、少なくとも寂しさはない。

「俺も?」

思いもしなかったようで狡噛は目をぱちぱちと瞬く。おかげで欲求は増してしまった。

「俺を甘やかすっていうなら、希望くらい聴け」
「はいはい分かったよ。写真なんて何年ぶりだか」

えーと、とデバイスを操作しながら狡噛は宜野座の隣に寝ころぶ。確かタイマー機能も付いているはずだ。
うまいこと撮影フレームに入るよう、身を寄せ合う。触れあったばかりの湿った肌は、心臓を高鳴らせるのに充分だった。

「撮るぞ」
「あ、ああ」

シャッターの音が耳に入る。心臓の音が気になって、うまく笑えていたかは分からない。
だけど何年かぶりに写真というものに今の自分たちを残す行為ができた。思いがけない機会にどちらからともなく視線を絡ませ、口唇を引き合わせた。

「狡噛……今日、どこかでかけたいか?」
「お前の隣ならどこだって天国だ、とでも言ってやればいいか?」
「結構だ、馬鹿」
「冗談だよ、半分な」

頬にキスが降る。では半分は本気なのかと、知れず口の端が上がった。

「じゃあ、家でゆっくりしよう。しゃわーしてダイムの散歩行って、食事を調達して、家で何か映画でも見たい」
「ああ、じゃあまた膝枕してやるよ」
「いらん、お前の膝硬い」

そんなことを言い合い、笑い合い、宜野座は幸福な一日を過ごした。
恋しいひとと、一緒に。