星が50個流れたら

2013/08/16



宜野座伸元は、オートドライブモードが搭載されている車のステアリングを律儀に握りながら、助手席の男に目をやった。
退屈そうに頭の後ろで手を組んで目を伏せている、狡噛慎也へと。
やっぱり当初の望みを聞いてやった方が良かっただろうか? と宜野座は正面に向き直って眉を寄せる。

今日は、狡噛慎也がこの世に生を受けた日だ。

一係のみならず、二係三係のメンバーからもにこやかに祝われていた彼は、本当に皆に好かれていると思う。いくつかプレゼントももらっていたようだ。
だけど宜野座は、まだなにも贈っていない。もちろん忘れていたわけではなく、何日も前から何をやろうかと悩んでいたのだ。
しかし宜野座の思いつくものなど他の誰かからも貰いそうなもので、安易に決めることができなかった。
実際、征陸や六合塚たちが購入申請してきたものは宜野座にも思いつくものだったし、縢のように手料理を振る舞えるほどの技術はない。
狡噛が何を欲しがっているかなんて、分かるわけがない。
今よりもっと距離が近かった学生時代でさえ、狡噛の考えていることは理解できなかったのに、執行官と監視官という、それぞれ違う立場になってしまった今ならなおさらだ。
体だって重ねているほどの関係なのに、誰よりも遠い位置にいるような気がした。

「もうすぐだな」

隣から静かな声が上がって、宜野座はハッと顔を上げる。
だけどそこには相変わらず目を伏せたままの狡噛がいて、不審に思った。なぜ周りの景色を見てもいないのに目的地がもうすぐそこだと分かるのか。

「気味悪いな、猟犬の嗅覚か」
「律儀に法廷速度守るギノの性格と、あそこまでの距離を分かっていれば時間くらい把握できる。そうでなくても、早く着かないかと楽しみにしてるんだ」

宜野座は首を傾げた。退屈そうに見えたけれど、違ったというのかと。
やっぱり狡噛慎也という人間が理解できない。

「……しかし、良かったのか? 外出許可くらいで」
「一つ目の要望却下しておいて、よく言うぜ」

う、と一瞬言葉に詰まって、それでも当然だろうと言い返してやった。
狡噛の欲しがるものが分からなかった宜野座は、ためらいながらも訊ねてみたのだ。何か欲しいものはないかと。
そうしたら狡噛は、間髪入れずにこう言った。

『ギノが欲しい』

と。
一瞬返答を考えて、即座に却下した。別にそうして求められることがいやな訳ではない。

「いつもと変わらないだろう、それじゃ」

せっかくの誕生日なのだ、いつもと違う物をあげてみたい。狡噛が毎年毎年、宜野座にそうしてくれたように。

「……ハハ、特別な日だって思ってくれてんのか、ギノ」

少し照れたような嬉しそうな声にハッとして、そういうことじゃないと否定はしてみたものの、狡噛はその否定を受け入れる気はないらしく、口許がずっと笑っていた。
もう何を言っても墓穴を掘りそうだと、宜野座は口を引き結んで正面に向き直る。ステアリングを握る指先が所在なげにトトンと動くのは、きっと狡噛にも気が疲れているだろうけど。



「着いたぞ。ここでいいんだろう」

目的地に着いて、道の隅に車を停める。駐車場なんて気の利いたものがあるような場所ではなく、やむを得ずだ。

「ああ、……良かった、変わってないな」

狡噛はドアを開けて車の屋根に腕を預け、周りを見渡し呟く。
それはちょうどシートベルトを外した宜野座の耳に届いて、車の中から見える範囲を見渡してから外に出た。

「そうだな、変わってない」

最初にここに来たのは、学生時代最後の夏。そして最後に来たのも、学生時代最後の夏だった。

「覚えてたのか」
「お前に無理矢理連れてこられたことはな。バイクなんて初めて乗ったんだぞ」

あの日のことを思い出す。まだ克明に思い出せる。互いに笑い合っていた日々だ。狡噛がバイクの免許を取ったのは知っていたが、まさか本体を買ってかなり乗りこなしていたとは思わなかった。
後ろに乗れと言われてうっかり従ってしまったのが運の尽きだっただろうか。止める間もなくこんなところに連れてこられて、

「ここで見たかったんだ、流星群。ありがとうなギノ」

ここで、初めてキスをした。
星の流れる空の下で、友人から恋人みたいなものになったのだ。

「星が見たいと言い出した時は驚いたが、もちろんあの日も。お前がこんなにロマンチストだとは思わなかったぞ」
「男ってのは往々にしてロマンを追いかける生き物なんだよ」
「……くだらん」

そう言いながらも、宜野座は狡噛の隣で空を見上げる。雲の少ない空に、光り輝く幾万もの星々。あの日もこんな風だった、と星で視界を埋めながら考えた。

「しかし、流星群の日に誕生日が被るのは初めてだな」
「一係のみんなも連れてきてやったほうが良かったんじゃないのか」
「野暮なこと言うなよギノ。これは、俺がお前に望んでお前が俺にくれたものだ。もったいないだろ」

そもそもこんなに晴れた日は珍しいのに、と宜野座が口にすると、狡噛は草むらに腰を下ろして呟く。
確かに狡噛の言う通りだし、ここに他人を連れてきたくはないと、宜野座こそロマンチシズム満載なことを考えた。

「どっちが野暮なんだ? こんな時くらい煙草はやめておけ」

ポケットから取り出された煙草を取り上げ、くしゃりと握りつぶす。中身が何本か折れたようだが、知ったことかと宜野座は自分のポケットにしまい込んだ。

「おいギノ」
「隣にいる者の身にもなってみろ。今は、だめだ。視界が曇る」

宜野座はそう言いながら狡噛の隣に腰を下ろす。狡噛はその行動に少し驚いたようで目を瞬いたが、じゃあ仕方ないな我慢するよと草むらの上に寝転がった。

「ギノ、お前も寝て見ろ。その方が楽だぞ、首」
「うわっ」

言うが早いか、狡噛の腕は宜野座の襟を掴んで引き倒す。
突然加わった力には対処ができず、宜野座はいとも簡単に背中を草に預けることになってしまった。衝撃で頭は打ったが、なるほど確かに首だけで空を見上げ続けているよりは寝転がってしまった方がずいぶんと楽だ。

「なあ狡噛、これ、楽しいのか?」

タイミングが合わないのか、星が落ちてこない。じっと空を見上げているだけで、狡噛は満足なのだろうか? と視線だけで狡噛を振り向いてみたら、

「お前、それわざとか?」
「何がだ、ちゃんと質問に答えろ」
「あの日と同じこと訊いてきやがる。自覚ないならすごいな」

狡噛はその体勢が楽なのか、頭の後ろで手を組み、空を見上げたまま答えを返してくる。もっとも、宜野座の問いにはかみ合わないものだったが。

「あの日……? そうだったか?」
「ああ、訊いてきたぞ。あの日は流星群の日じゃなかったからな、ふたりで落ちない星を眺めてるだけだった。どれくらい経った頃かな、お前が、楽しいのかって訊いてきたのは」

よくも細かいことまで覚えているものだと宜野座は思う。そういえば言ったような覚えがなくもない。

「あれな、地味にショックだったんだぞ」
「……なんでだ」
「ギノは俺といるだけじゃ楽しくないのかってな」

若かったな、と狡噛は笑う。だが、そんな青くさいことが似合うほど、自分たちはあの時確かに若かった。
初めて見た本物の流れ星に心が震え、そんな時隣にいたのがお互いで良かったと、恐らく二人ともが感じていただろう。

「そのあとすぐだったか、流れ星、見たの。見たか狡噛っ、つってはしゃぐお前の顔、あれは可愛かったな。おかげで我慢できなくてキスしちまったんだが」

思い出して、狡噛はくっくっと喉を鳴らして肩を震わせた。宜野座は顔を真っ赤にして狡噛の記憶力を恨み、ごまかすように眼鏡のブリッジを押し上げた。

「すまないな今は可愛くもなくて」

ふんと鼻を鳴らして顔を背けたら、それに気づいた狡噛が宜野座を振り向いてくる。

「おい何スネてんだギノ。そろそろ流星群始まる時間だぞ」

昔みたいに素直でいられない自分が悔しくて恨めしくて、昔だけを想う狡噛が憎らしいと眉が下がる。星が流れ始める時間だと言われても、宜野座はもうあの時みたいに素直に空を見上げることができなくなっていた。

「あ、流れた」

隣の狡噛からそんな呟きが聞こえても、あの日の純粋な気持ちでなんか見ることはできなくて、顔を背けて口唇を噛んだ。
昔の自分たちに嫉妬するなんて、本当にみっともないと目頭が熱くなりかけた頃、

「なあギノ」

頭の後ろで組まれていたはずの狡噛の右手が、宜野座の左手に触れる。だがそれは、せっかくの流れ星をちゃんと堪能しろといった強制の催促ではなく、宜野座には考えもつかなかったもの。

「わがままついでに、もうひとつ頼みを聞いてほしいんだが」

触れ合わせた指を絡めてきて、珍しく殊勝なことを言う。本当にわがままだなと思いつつ、その頼みを聞けば昔のことを考えずにすむだろうかと、宜野座は顔を背けたままなんだと促した。

「あのな、好きだって言ってくれないか」
「……――はぁ!?」

絡めた指の力が強くなる。宜野座は思わず、勢い良く振り向いてしまった。

「あの日よりも流れる星は多いのに、なんかちょっと寂しくてな。同じ場所なのに、歳取ったってだけで感じることが違うんだ。あの日はどうしたらお前が笑ってくれるかってことだけ考えてたのに、今は……」

狡噛はそこでいったん言葉を切ってしまう。今は、いったい何を考えているのだろう。狡噛のことは、昔から理解なんてできなかった。どうしたら笑ってくれるか考えていたなんて、そんな子供みたいなことを、狡噛も思っていてくれたなんて。

「今は、どうしたらこの距離のままお前を見ていられるのか、そんなことばかり考える」

同じ学生だったあのころとは違う。監視官同士だったらまだマシだった。今は、監視官と執行官だ。どこかでどうしても一線を引かなければいけない間柄。

「あの頃の俺たちに嫉妬したままここを離れたくない。なあ、ギノ」

頼む、と狡噛は続ける。宜野座の肌が、ざわりとあわ立った。昔の自分たちに嫉妬したのが自分だけではないと知って、泣きそうにさえなった。

「……お前へのプレゼントはこの外出許可でしまいだ」
「そう言うなよ。なんだったら俺も言うから、お前の誕生日に」
「遠い」
「なんだ、やっぱり言われたいのか」
「そういう意味じゃないっ」

なぜ自分だけ今言わなければいけないのかという不公平さを言っているんだと憤慨しながら少し体を起こしたが、狡噛は肩を震わせて笑うだけ。宜野座は仕方なく体を草むらに寝転ばせて、言った。

「星が50個流れたら、言ってやる」

そうして、改めて空を見上げる。昔の自分たちに嫉妬すると言った男の隣で、同じように昔の自分たちに嫉妬しながら。

「星50個、ねえ……」

だけど、先ほどまでのような、苦しい気持ちばかりではなくなった。つないだ手から想いが流れ込み合っているような、妙な感覚。

「今からでいいのか?」
「言っておくが、お前の誕生日中に流れたらだからな」
「あと一時間と少し、だな。分かった。お前も一緒に数えろよギノ」

当たり前だと宜野座は返して、まずいちばん最初の星を視界の端で流していった。



早くも、後悔し始めた。
もう45個も流れているじゃないかと、視線を泳がせる。
隣で寝転ぶ狡噛には視線をやりたくない。どうせ面白そうにニヤニヤ笑っているに違いないのだと、つないでいない方の拳を握った。

「ギノ、46個目」

その声さえ笑いが混じっていて気に食わない。流星群とは、こんなに頻繁に星が流れるものだったのかと宜野座はあんな条件ですませたことを本当に後悔していた。

「流星群ってな、1時間に30〜50個流れるんだとさ」
「うるさい」

追い打ちをかけるような狡噛の容赦ない解説に、八つ当たりを被せる。それを知っていたら、100個とでも言ってやったのに。地を打つように降ってくる星を、こんなに憎らしいと思ったのは初めてだ。

「47、あ、もう一つ……48」

あと二つで、言い慣れないあの言葉を言わなければならないのかと、心臓が早鐘を打ち出す。言い慣れないどころか、数えられるほどしか言っていないのではないだろうか。言われたことも、数えるほどしかないのではないだろうか。
それを考えると、悔しさがこみ上げてくる。言われないのに、言ってなどやるものか。
宜野座はそう心の中でひとりで決めて、ごろりと寝返りを打って少しだけ体を起こす。

「ギノー、49個目、流れたぞ」

狡噛はそれに気づかず空の星を追っている。宜野座がそうしようと思ったのは、星ばかりじゃなく自分の方も見てほしいと思ったからなのかもしれない――それは本人にも分からないが。

「あ、流れた、5……――」

狡噛がそう呟いた瞬間、宜野座の目にはもう空など映っていなかった。覆い被さり重ねて押しつけた口唇で言葉を押し込めて、流れた事実を封じ込める。


「残念だな狡噛、俺は50個目を見ていない」


「……おいおい、それは卑怯ってもんだろギノ」
「見てないものは数えられないだろうが」

一緒に数えろと言ったのは狡噛の方だ。50個目を一緒に見て数えない限り、あの条件は達成されない。これから何個の星が地を刺そうが、見なければいいのだと宜野座は口の端をあげた。

「誕生日をこうして祝ってやったんだ、それで満足してろ、駄犬が」
「キスより好きって言う方が難易度低いと思うんだがな、ギノ。そんなに言いたくないなら」

狡噛は宜野座の腕と腰をつかみ、ぐるりと体の位置を反転させる。

「体に言わせてやるよ」

そのあとすぐに、熱い口唇が重なって息が奪われていった。

草と、土と、狡噛のにおいがする。
結局はこうなってしまうのかと思ったが、それでも素直に受け入れたのは、あの日の自分たちではできなかったことを今ではできるようになったからだ。
キスだけでは物足りないと相手の熱をもっと求めるすべを知ったからだ。
星が降ってくる。祝っているのか責めているのか分かりやしないが、もうどちらでもいい。

「狡噛」
「なんだ?」
「来年は、できれば屋内がいい」

来年のお前を今予約かと嬉しそうに笑う狡噛の目には今、宜野座伸元しか映っていないのだろうから。


「誕生日、おめでとう。アレは、気が向いたら来年言ってやる」


遠いとスネる狡噛の体を抱き寄せて、宜野座は狡噛に負けないくらい楽しそうに笑ってみせた。
言わなくても分かるだろうにと。