ここから。

2013/05/04



狡噛慎也の、宜野座伸元に対する第一印象は、珍しいヤツ、だった。



以降長いつきあいになるその男を初めて見たのは、日東学院に入学して初めての考査テストの結果がモニターに発表された日。
狡噛慎也は満点でトップだったが、別に特別なことではないと思っていた。間違えたところはなかったんだなと思うくらいで、同級生たちの賛辞も適当に流してしまう。

「すごいね狡噛くん、どうやって勉強してるの?」
「狡噛お前もっといい学校行けたんじゃないのか?」
「今度勉強教えてほしいなあー」

聞き慣れた言葉は狡噛の頭に入っていかない。
そんなことよりも、狡噛はあるひとつのことに意識を持っていかれた。

結果が表示されたモニターを、じぃっと睨みつけている男がひとり。顎を上向けて、まっすぐに突き刺すように眺めている。

横顔だけでも、綺麗な顔立ちをしていると感じた。が、それに興味を惹かれたわけではない。
珍しいと思ったのだ。
きっと、自分の成績が悔しかったのだろうと思う。そう思う人間を、狡噛は珍しく感じた。周りを見ても、自分の成績を嘆くよりより良い成績を残す者の近くにいたがる連中ばっかりだ。あやかろうとしているのかと思うが、その心理が分からない。
だからこそ、自身の成績を悔しがるその男は、貴重だと思った。
中学の時より順位が下がってしまったのか、それとも思うような点を取れなかったのか。太股の横でぎゅっと強く握られた拳が彼の悔しさを表していて、些細なことに好感を持つ。
次は絶対に、と強い意思を秘めた瞳は、何よりも人間らしい。

「なあ……あれ、誰?」

狡噛は周りにいた生徒に訊ねかける。指をさした先にいた人物に、少しだけ周りがざわめいた。

「ぎ、宜野座のこと?」
「……ギノザ?」

一人の女生徒が声を上げる。同じクラスなのか、それともすぐに名前が出てくるほど有名人なのか。狡噛は視線をモニターに移動させ、気づく。

――――『宜野座伸元』……。

それらしき名前が、表示されていた。自分の名前のすぐ下、つまり順位的には二番目の男。ポイントの差はそれほどない。なのに、彼の周りには誰もいない。
どうしてだろう、と興味が湧く。何が自分と違うのだろう。自身の成績に対して興味を持っていない自分より、彼の方が熱いに決まっているのに。
胸が熱い。
こんなに距離が離れているのに、彼の激情がこちらにまで流れ込んでくるようだ。

「宜野、座……」
「狡噛くんあんなのに構わない方がいいよ!」

ずっと彼に視線を注いでいたのが気に食わなかったらしい女生徒が、ぐいと腕を引っ張ってきて、え? と体が揺れる。

「宜野座伸元ってね、中学でも有名だったんだからっ。父親が潜在犯だって――」

女生徒が放った言葉に、狡噛はモニターに視線をやる。

――――そうか。あれノブチカって読むのか……。

ギノザノブチカ、とフルネームを頭の中で反芻して、ふうんと喉を鳴らした。少し堅苦しいなと思うのは、耳慣れない音だからだろうか。

「ねえ狡噛くん聞いてる?」
「え、あ、悪い全然聞いてなかった。何だっけ?」

また腕をグイと引かれ、彼とモニターとを行き来していた視線を仕方なく女生徒にやる。少しの時間でも惜しいのだがと思うほど、宜野座伸元という男が気になって仕方ない。

「だからぁー、今度どっか遊びに行こって言ってんのー」

勉強も教えてもらいたいしーと猫撫で声を出して、彼女は首を傾げるが、

「……すまん、アンタ誰だっけ」

初めてまともに見た彼女の顔には、少しも見覚えがない。当然名前も分からない。同じクラスだったかどうかも覚えていないのだ。
彼の名前を教えてくれた、初対面の女生徒だとしか認識できない。正直言って、彼女の相手をしているよりは彼のことを見ていたいのだと、ヒドーイと嘆く彼女から視線を逸らして彼を、宜野座伸元を振り向いた。

――――あ。

騒がしかったせいだろうか、彼がこちらを見ていたせいで、視線が重なってしまう。
モノクロームの世界の中で、彼だけが色づいているように見えた。
速い胸が熱い。
ふっと、彼の方から体ごと視線を逸らされる。途端に色を取り戻す世界がどこか薄情にさえ思えて、言葉をなくした。

「宜野座……伸元……」

ぽつりと名を呟く。
彼の名前は覚えた。自分の名も覚えてもらいたい。
ストレートに正面からぶつかろうか、彼の行動を把握するところから初めてみようか、いざ目の前にしたらどうしてやろうかと、考えるだけで楽しくなってくる。
それが恋とは気づかずに、狡噛慎也は空を見上げて笑った。

物語が、ここから始まる――――。