いちばん最初のクリスマス

2012/12/24



「寒いと思ったら、雪かよ」

寒そうに肩を竦めながらフロアに入ってきた男に気がついて、宜野座は顔を上げた。コートの肩あたりに白い物体をちらつかせた狡噛が、外は雪だと知らせてくる。

「ほお、やっぱ降ってきたかぁ」
「あー、そんで寒いのな。悪かったな慎也、そんな中買い物なんか行かせてよ」

やっぱり冬だなと、執行官である征陸や佐々山がそれに答え自分たちも寒いと言うように体をふるりと震わせた。

「いや、いいさ。俺もついでがあったからな。ほらコレだろ銘柄」
「サンキュー愛してるぜ」

袋からから取り出した煙草をポンと投げてよこす狡噛に、佐々山は器用に受け取って礼を返す。その一瞬、宜野座の眉が寄った。さらに佐々山と視線が合ってしまった。彼は一度瞬いて、察したように口の端を上げてくる。
まだ愛してるも言えてないのかと何もかも見透かされているようで、やっぱり宜野座にとって佐々山という男は苦手な部類だ。

「とっつぁんにも土産な。小さいボトルしかなかったが」
「お、気が利くじゃねえかコウ。ありがたいねえ」

狡噛は征陸にも何かを買ってきたらしく、それを手渡す。どうやら酒類らしく、征陸の口許が嬉しそうに緩んでいた。

「征陸、勤務中に飲んだら没収だからな」
「わーかってるって、宜野座監視官」

宜野座と征陸のやりとりを見て、相変わらずだなと狡噛は笑う。当然の指摘じゃないのかと視線だけで返すと、彼は肩を竦めた。
シフト勤務の関係で今はこのフロアにいない執行官にも、と袋から取り出してそれぞれのデスクに置く彼に、まったくマメな男だなと思わざるを得ない。そんなさりげない気配りが、執行官と円滑な関係を築く秘訣なのだろうか。自分にはとてもできないなと、宜野座は目を細めた。

「ほら、ギノ」
「あ?」
「何か新しいの出てたから買ってきた」

トン、とデスクに当てられる小さなスティック。冬季限定と書かれたそれは、どうやらブロック状のチョコレートらしかったが、

「狡噛……」

ため息が漏れる。
新商品が出ていたからといって欲しがるほど菓子類を好むタチではない。
食べられないわけではないが、なぜこれなのだろうと怪訝に思った。征陸にも佐々山にも他の執行官にも、それぞれ好みそうなものを買ってきているようなのに、恋人である自分にはなぜそうでないのか。

「いや、だってお前今日ため息多いしよ。疲れてんじゃねーかと思って糖分あった方がいいかって」

二度、三度、瞬く。宜野座は思わず片手で口を覆った。自分で気がついていなかったそんなため息を、狡噛は聞き取ってしまうのかと。

「ギノ、疲れてんだったら……今日の約束……今度でも」
「違うそうじゃない、大丈夫だ」

こそりと告げられた声に、慌てて否定を返した。今度でもいいと言いながら残念そうな音が混じっている狡噛を見上げて、自分の頬が染まるのを自覚して顔を背ける。

「べ、別に疲れてはいないし、今日はちゃんと定時で上がれるように仕事進めてる。お前が気にするようなことはない」
「そうか? ならいいが」

狡噛の声音がホッとしたように響いて、彼は満足そうに自分のデスクに着く。狡噛のデスクは宜野座のデスクのすぐ横で、どうしても視界に入ってしまう。こんな距離では、相手の異変に気づいてしまうのも仕方がないかと、宜野座はバツが悪そうに眉を寄せた。
ため息が多かったのは、きっと仕事が終わってからのことを考えてしまっていたからだ。
普段であれば、もちろん仕事中にそんなことは考えていない。

だけど今日は特別なのだ。
恋人同士になって、初めてのクリスマス。

今日くらいは素直にいてみたい。そう思っているのに、素直とはどういう状態を言うのかと、まずそこから思い悩んでしまう。それくらいに宜野座は、自分の気持ちを言葉にしたことがない。
狡噛は自分を好きだと言ってくれているのに、返してやれていないのが現状だ。彼とは恋人で相棒で、対等でありたいと思っているにもかかわらず、一度も言えていない。
だから今日こそは。
そう何度目かの決意をしたら、佐々山からの意味深な視線に気づいて顔を上げる。案の定面白そうに笑っていて、放っておけと睨みつける視線で返した。

「ギノ、どうした?」
「なんでもないと言っているだろうッ」

そんな仕種にさえ気づいてしまった狡噛にまた声をかけられて、思わず声を張り上げてしまう。そうしてから後悔して、思い悩むの繰り返し。こんなことで、どうやって言えるのだろうかと顔を背けてため息ひとつ。

「チーカちゃん、言葉だけが武器じゃねーだろー」

そんな心中を読み取ったのか、くっくっと喉を鳴らしながら佐々山が言葉を投げてくる。それにもうるさいと返しかけたその時、聞き慣れてしまった警報が鳴り響いた。
まさか、とフロアにいた全員が顔を上げる。

『エリアストレス上昇中、エリアストレス上昇中。複数のスキャナより入電、現場へ急行してください』

警報のあとには、予想通りの出動要請。しかも現場が複数ときている。色相が濁っている者がスキャナに引っかかっただけならまだいいが、その中に犯罪係数を基準値以上にしてしまった潜在犯がいたらやっかいだ。

「お呼びだ、行くか」

征陸が立ち上がる。

「こんなハッピーな日になあ。無粋なヤツらがいたもんだぜ」

佐々山も、立ち上がってコートを羽織る。

「二手に分かれるしかねえか、こりゃ」

狡噛も、18時を指しかける時計を一瞥して立ち上がった。
宜野座は、眉を寄せてマップを見直す。

「ドローンすぐ手配する。ギノ、空いてんのどれくらいある?」
「チカちゃん、行くぜ。ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと終わらせてくれば、すぐ帰れるって」

こんな時間に出動がかかって落ち込むのは分かるけど、とでも言いたげな佐々山を、宜野座はキッと睨みつけた。

「ドローンが入り込めない区域があるんだ、そう簡単にいくか!」

サイコハザードを発生させないためにも、民間人を遠ざけておかなければならないのに、複数の現場の中にはドローンの配置できない狭い区域のところがある。
そこはどうしても、人の手でどうにかしなければいけない。最優先でだ。

「あー、ホントだ。こりゃみんなでここ片付けてから他のエリア行った方がいいか?」
「どっちもそんな時間かけてらんねえだろ佐々山。放っておいたらさらに色相が濁る」

手遅れにならないうちに保護しないと、と狡噛が続ける。やはり二手に分かれるのが最善策。

「俺、チカちゃんとそっち行こうか。慎也はとっつぁんと他片付けて来てくれりゃいい」
「おい佐々山」
「何よ慎也、チカちゃんととっつぁん組ませると色々面倒だろ」
「そうじゃない、そっちには俺が行く」

コートを羽織り、狡噛は即座に決断を下す。迷いもなくそう言い放つ狡噛に佐々山は目を瞬いた。
決断は即座に、最善で。
恋人を危険な方のエリアに向かわせたくないという本音を、そんな建前で隠した男が愉快で、そういうことかよと口の端を上げた。

「ギノ」
「ドローンの手配は済ませた。状況は逐一知らせろ」

狡噛が何かを言う前に、宜野座はそう告げて立ち上がる。トレンチコートに腕を通し、デバイスの正常性を確認して、狡噛と同じく迷いなく足を踏み出した。
こんな日に限って、と嘆くことをしない監視官たちに肩を竦め、せめて早いところ片付けてデートに行かせてやろうと、佐々山は口に出さずに笑うのだ。
それでもノナタワー前で二手に分かれる際、気をつけろよと言葉と指先を交わしあったことには気づいていたけれど。




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