いちばん最初のクリスマス

2012/12/24



結局。
……結局、すべてのエリアの保護・捕獲を終えて刑事課に戻って来れたのは、あと30分ほども経てば日付が変わってしまうという時刻。
犯罪係数の高い者が手を焼かせてくれたわけではない。色相の濁った者、緊急セラピーが必要な者が異様に多かったのだ。
きっと仲の良い恋人たちや親子連れを見て身勝手な嫉妬が生まれたのだろうと無理矢理理由を付けて自分を納得させてはみたが、護送車を三台も手配するハメになるとは、出動前には考えてもいなかったが。
保護した者たちをセンターに送り届けた頃には、さすがに征陸や佐々山も疲れ果てていた。直帰でいいぞと言ってやったのはせめてものねぎらいで、悪いなと宿舎へ入っていく背中を二人で見届けた。

途中で援護にかけつけた当直勤務の執行官と共に刑事課フロアに入ったが、宜野座でさえさすがに疲れたなとため息をつく。
チカちゃんはサポートでいいよと笑った、あの遠慮を知らない執行官を思えば何でもないような気もしたが、時計を見やってしまえば出てくるのはため息ばかり。
こんな職に就いていれば、何をおいても職務を優先しなければいけないのはわかりきったことだが、やっぱり残念に思う気持ちは否定できない。
もう今日が終わってしまうなと、事件の報告書をまとめながら思う。提出期限は明日と言え、草稿くらいは何とかしておかないと、明日も何があるか分からないのだ。

「宜野座監視官、まだ帰らないんですか」

現場から戻ってデスクに直行した宜野座を心配してか、声をかけてくる執行官に、このデータを保存したら帰ると返答し、ちらりと隣のデスクに目をやる。が、そこに主はいない。
帰ったわけではないのは、デスク横のカバンを見れば分かるが、どこに行ったのだろうと眉を寄せるくらいには、空席になっていた。
フロア手前でトイレに行ってくると言ったきり戻って来ない相手を心配するのは、【同僚】でもするだろう。
仕方ないなと宜野座は声に出さずに言い訳をして、もう少し進めるはずだった報告書の草稿を保存し、端末の電源を落とす。
帰り支度を整えても狡噛は戻って来なくて、本格的に心配になってくる。もしかして無茶なことをして倒れてでもいるのではないだろうなと。

「俺はこれで帰るが、何かあったらすぐに連絡を入れてくれ」
「あぁ、はい、お疲れサマです」

カバンを持ち上げて、執行官にそう告げ宜野座は刑事課をあとにした。


そうして狡噛を探しまずトイレを見てみたが、誰かがいる様子はない。ここに着くまでも誰も倒れてはいなかった。もしもう医療室に運ばれているのなら、必ず自分に連絡が入るはずであるから、少なくともそういったマズイ事態にはなっていないようだとホッと胸をなで下ろす。

ということは、心当たりがあとひとつ。

宜野座はそちらに足を向け、思うところにその姿を見つけて息を吐いた。

「やっぱりここにいたのか狡噛」

報告書も書かないで、と宜野座は自販機前のベンチに腰をかけた狡噛の後ろ姿に声をかける。呆れと責めを混じらせたが、言ってからしまったと思う。
心配するだろうと言ってやれば良かったのだと。

「あー……悪い……」

狡噛の声に覇気がない。やはり相当な無茶をしたのだろうかと、ベンチの横に回り込んだ。

「狡噛? どうしたんだ」

怪我でもしたのではないだろうなと眉をつり上げたが、血のにおいはしない。狡噛から返ってくるのは、大きなため息だけだった。

「……今回の出動で何かあったのか?」

何も明確に答えようとしない狡噛に焦れて、宜野座は狡噛の視線に割り込むように正面の窓にもたれる。嫌でも視界に入るだろうという位置にまで来て、常にはない彼の消沈した表情を確認した。
彼にしては珍しくて、やはり心配になってしまう。センターに収容された保護対象者をざっと見た限りでは、そう手こずるような者がいたとは考えられなかったが、実際はどうだったのだろう。

「狡噛」

それでも何も言わない狡噛を責めて目を細めたら、

「……別に……事件がどうのってわけじゃねえよ」

狡噛はやっと重たそうな口を開いた。

「じゃあなんだ、そんな顔をして。……体は平気なのか」
「ちょっと落ち込んでるだけだ。心配すんな」

どこがちょっとだ、と宜野座は思う。普段であれば、こんなところでひとり時間をつぶすほど気分を降下させることなどないくせに。いったい何があって、狡噛にそんな顔をさせているのか。気づいてやれない自分に腹が立つ。

これが逆の立場だったり、そうだ佐々山あたりだったら、的確に相手の気持ちをくみ取るのだろう。
そんな力のない自分が疎ましい、と拳を握った時。

「今日クリスマスだっただろ? こんな仕事じゃ店の予約とかできねえけどさ、お前と二人でどっか出かけてえなあと思ってたんだよ」

結局できなかったがなと苦笑する狡噛に、宜野座は目を瞠った。
確かに仕事が終わったら、と約束はしていたが、まさかそんなことでここまで落ち込むのか。現場から戻って刑事課のフロアにも行けないほどに。
宜野座は腹が立ってきた。
自分は報告書をまとめるためにデスクへ直行したというのに。いや、だからといって狡噛がそれをしなかったことに腹を立てているのではない。
宜野座は眉を寄せ、提げたカバンのファスナーを開け、

「ギノ、だからまた今度にでもどっか――」
「ふざけるな狡噛、お前だけが残念がってると思うのか!」

カバンから取り出したそれを、思い切り投げつけてやった。

「なっ……、……んだ、これ……?」


「なんでお前は! 自分ひとりが惚れてると思っているんだ!」


受け止めそこねた狡噛が、屈み込んでそれを拾い上げる。渋めの緑で綺麗にラッピングされた、片手に収まるサイズの包みを凝視して、ついで叫ばれた言葉に狡噛は目を見開いたようだった。

「ギノ」
「い、言ってない俺も悪いが、態度で分かれ! 俺だって今日をお前とどう過ごそうか考えてっ……た、楽しみにしてたんだ!」

どうして、自分に向かう愛情を少な目に見積もるのだろうか。きっとそれはお互い様なのだろうが、今日のデートを狡噛ひとりが楽しみにしていたとは思われたくない。

「これ、……俺にか? ギノ……」
「お前以外にそんなもの買うか!」

これ以上何をどう言えばいいのか分からない。正直に、今月の頭からずっとプレゼントを探していたと言ってしまったら、笑われたりしないだろうか。
言葉にできない代わりに、何か喜びそうな物を贈ってやりたいと考えて考えて、昨日一緒に出かけようと言われた時には本当に嬉しかったのに。


「ギノ、嬉しい。……すげえ嬉しい」


静かに、震えるような声が聞こえて宜野座は瞬いた。
狡噛がベンチから立ち上がる気配を感じて視線を上げたら、本当に嬉しそうに微笑んで手にした包みに口づける彼が見えて頬が染まる。

狡噛の気持ちを受け入れた、あの日と同じ笑い顔。

そうして、彼は着たままだったコートのポケットに手を入れ、何かを取り出す。

「今日中に渡せてよかった。メリークリスマス、ギノ」

言って、宜野座にそれを差し出してきた。
宜野座が狡噛に渡したものと、形は違えど同じ包装紙。何が包んであるかは言っていない。当然欲しいものも言っていないし聞いてもいない。
それなのに、

「これならいつも持ってられるだろ、お互いに」

日常的に使えるようにと相手のために、日常的に持っておいてほしいと自分のために、選んだのは財布だった。
お前からもらえるとは思っていなかった、と互いに言ったけれど、ほんの少しだけしていた期待は現実のものとなる。
それを受け取った宜野座は、大切そうに両手を添える。
自分が思っていたのと同じように感じて選んでくれたのが嬉しくて、知らずに緩んだ口許に、重なってくる温かな口唇。

時刻は23:59:30。

瞬いて、ゆっくりと目蓋を伏せた。
互いにプレゼントを持ったまま抱き寄せ合って、キスを深くする。
吐息を混じらせて、少し持ち上げた奥の視線を絡め合って、日付を挟んでたっぷり1分、恋人たちはキスをした。

「なあギノ、今日俺んとこ泊まっていけよ」

はあっ、と閉じこめていた息を解放して、宜野座は鼻先を擦り合わせて誘ってくる狡噛の体を押しやる。

「馬鹿を言うな狡噛」
「なんでだ、ギノ」

日付が変わって12/26、今日も仕事があるとでも理由を付けて断るつもりかと狡噛は抗議しかけた。


「ここからなら、俺の家の方が近いだろう」


言って、口づけてくる宜野座に少し目を見開いて笑い、抱きしめ直した。



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