Thank You!

拍手ありがとうございました!




 いったいどれだけ前のことだっただろう。アルトに、この気持ちを伝えたのは。
 ミハエルは携帯電話を眺めながら、不意にそんなことを考えた。
 早乙女アルトとは、高等部にあがって初めてクラスが一緒になった同級生だ。負けん気が強くて美人で無鉄砲。絵本の中のお姫様とはほど遠い性格だったが、彼は姫と称するのがぴったりの境遇だった。
 古くから続く歌舞伎宗家の一人息子。いわゆるサラブレッドだ。それに加えてこの容姿。色っぽい立ち居振る舞いといい、高校生男子という言葉ではとうてい片づけられない。
 そんな男に恋をしているとミハエルが自覚したのは、つい三ヶ月ほど前のことだった。
 空とベッドの撃墜王と言われる自分が、まさかよりにもよって男に本気の恋をするなんて、思ってもみなかった。
 だけど、アルトを視界に映すと、そんな不満も疑問も消え去ってしまう。
 恋しい、のだ。あの男が。
 いつも目で追っていたくて、身体に触れたくて、声を聞きたくて、長くできる会話のタネを探す。そんなことさえしたことのなかったミハエルにとって、アルトへの恋心は新鮮なものだった。
 恋を告白して、思いがけず叶った想いは、堰を切ったように止めどなくあふれ、アルトへと向かっていく。
 キスもしたし身体もつなげたけれど、この想いはどんどん膨れ上がっていくようだった。



 ふふ、と笑いながらキィを押す。同じ教室にいてさえ、アルトとのメールはひっきりなしだ。さすがに授業中は控えているが、バイブレーションがメール着信を告げる度に嬉しくなってしまう。
 ふたりの関係を知っているルカなどに言わせれば、四六時中一緒にいるのに、なにを今さらメールするのか分からない、だそうだ。
 そう、ミハエルだってそうは思う。思うのだが、止まらないのだ。
 たとえばおなか減っただの、今日のランチはどうしようだの、帰りにあの店寄っていこうだの。
 取り留めもない日常だ。
 だけどそんなささいなことさえ、嬉しいと思う。
 最近やっと絵文字の入力を覚えたらしく、文面にかわいらしいマスコットがついてくる。表情の絵文字など、彼がそうしている顔が目に浮かぶようだ。
 今さっき届いたメールにも、昨日食べたカフェのアイスおいしかったからまた行きたい、と書いてある。そのあとに満面の笑みを散らかす絵文字が載っていた。
 可愛い、とミハエルは笑い、合わせるように……いや、若干絵文字を多めに打ち込む。そんなことをするのはアルトに対してだけだ。
 SMSのメンバーや、いまだに時々連絡をよこしてくる女性たちには、絵文字などひとつも入れずにやり取りしている。
 きっと普段のミハエルのメールを知っている者がこのやりとりを見たら、全く別人なのかと思うところだろう。思いがけない本気の恋は、それだけ特別なものなのだ。
 うーん、とミハエルは遠慮がちに心で唸って、返信してもいいかなあと視線を上げる。
 授業中ではあったが、歴史のヴィジョンを見ているだけである。講師でさえ退屈そうにしていた。
 教室を見渡せば、同じく携帯電話をいじっている者、本を読んでいる者、早くも弁当に手をつけている者、様々だ。隣にいるアルトさえ、パソコンに思いついたマニューバを手当たり次第に打ち込んでいる始末。
 まあいっかとミハエルは送信のボタンを押す。
 数瞬の間をおいて、アルトの携帯電話がバイブレーションで着信を告げる。気がついてポケットからお揃いの青い携帯電話を取り出し、着信したメールを開く。
 先ほど送ったメールの返事だと気づいて、絵文字が満載の文面を目で追っていった。

『アイス食べたあと、スーパー寄っていこうよ、アルトの手料理食べたい。外泊許可はもう取ったから、いいよな?』

 ケーキの絵文字とご飯の絵文字と、それと5つのハートのマーク。アルトは思わず隣に座るミハエルを見やる。外泊許可を取ったということは、アルトのすんでいたアパートに行くということか。
 アルトの視線に気づいて、ミハエルはにっこりと笑ってくる。
 しょうがないなあと微笑んで、わざわざメールで返事をしてやった。

『お前も作るの手伝えよ』

 口で伝えればすむことを、あえてメールで伝えあう。文字で残るやりとりが、心の底から幸福なのだ。
 ふたりで笑って、デスクの陰で指を絡ませ合った。




お題提供:リライト
君で変わっていく10のお題より「君といる時の自分」



連続拍手は 3 回まで可能です。

メッセージはありません

icon
 (無記名OK)
icon
icon
レス不要   レス要   お任せ