口唇が紡ぐその音を

2017/01/18


 いくつもの屍の中、見つけた時はお互いに血塗れだった。もっとも、そのほとんどが返り血だったけれど。

「ヅラと辰馬は?」
「先に戻ってんだろ。退却の合図は来てた」
「合図来てんのになんでてめーはここにいんのよ」
「てめーに言われたかねぇ」

 血なまぐさい戦場で、どちらがどれだけ有利だったのかもう分からない。ただ、退却の伝令がきていたということは、戦況は悪くないにはしてっも良くもなかったはずだ。できる限りで敵を減らしておこうと思ったのが、残った理由。
 白夜叉と畏れられる坂田銀時と、鬼兵隊を統率する高杉晋助。
 二人とも鬼のように強いと言われ、それは自覚していた。だけどまだ、力が足りないということも、知っていた。

「あとでヅラに怒られんじゃねーの」
「知るかよ。それよりこの近くに川あったろ。血ぃ流してかねーとそれこそ叩き出されんぞ」

 ふうーと一息吐いて、顔ごと視線を動かす高杉にそーねと同意する。お互いに怪我の心配なんかしていない。多少の怪我はこの戦場じゃ仕方がない。いちいち気にしていたらきりがないのだ。
 そうして二人、川の方へと移動する。一度血まみれのまま陣に戻った際、青筋を立てた桂に怒られたことをまだ忘れられない。怪我をしていないならいいが、他の仲間たちに心配をかけるなと。鬼のように強いお前たちでも怪我をしてしまったのかと不安になる者はいるのだと。
 それは結果として士気にかかわり、戦況を左右するだろう。
 将ってめんどくせーな、ほんとそれな、と言い合っていたのもまだ覚えていた。

 ――――あ。

 言い合ったその口唇に、ふと視線がいってしまう。銀時はバツが悪そうに眉を寄せたが、目を逸らせない。

 ――――逸らしてぇのに。

 思うだけではどうにもならなくて、銀時はゴンゴンと軽く自分の頭を小突いて無理やり遮断した。

「なにしてンだ」
「ややややなんでもねって」

 不審そうな視線は感じたけれど、理由なんて説明できない。銀時はそんな視線には気づかないふりをして、踏み出す一歩を大きめにしておいた。
 遙か遠くに山らしきものが見える。そこから湧いているのか、ちょろちょろと小川が流れている。ひとまず髪と顔についた血は流していかなければならないと、水をすくい上げた。

 ――――あー……きれい。

 銀時はばしゃばしゃと乱雑に顔を洗い、視界がクリアになったところで隣の高杉をちらりと見やる。

 きれいだと、思った。

 視界がクリアになったことではない。こんな戦場でも清浄な水のことでもない。
 血を洗い流した、高杉のことをだ。
 頬についていた血も、喉元についていた血も、水で流されてきれいになっていく。だが、身を清められたという意味でなく、そう思った。
 頬についた水滴が、つ、と流れていく。それは顎を伝って喉におりていき、胸元へと落ちていく。それは体を覆う服で隠されてしまったけれど、銀時の目には焼き付いてしまっていた。

 ――――まずいよねえ……まずいよねえこれ。もうやだ、ほんともーやだ。

 その情動がなんなのか、少し前から自覚している。気のせいだと思おうとしたこともあるけれど、そのたびに挫折して、諦めて、ため息を吐いてきた。

 ――――なんなの。なんでこいつなの。もっと他にさ、オンナノコとかさ、いるでしょ、ねぇ。

 がしがしと髪をかき混ぜる。そんなことをしても、浮かんだものが消えていってくれるわけもない。

「あーもう!」

 うめき、思わず叫んだ。どうしよう、どうにかなるものなのか、どうすればいいのか、もう、銀時一人では分からない。

「なにいきなり大声出してんだよ。イカレたのか銀時ィ」

 くっくっと高杉の笑う声が聞こえる。銀時は抱えていた頭を離して顔を上げ、八つ当たりで高杉を睨みつけた。

 ――――そだよ。イカレ・・・てるよ。……てめーに。てめーなんかに。

「髪の、落ちてねーぞ。こっち……」
「うわっ」

 何も知らない高杉の手が伸びてくる。必然的に距離が縮まって、銀時は思わず体を引いてしまった。勢いでしりもちをついてしまった銀時に、高杉の怒りが蹴りとなって飛んでくる。

「おいどういうつもりだてめー。俺が珍しく親切で言ってやってんのに、その態度は。あァ?」
「あ、珍しくってのは自覚してたんだ、へー」
「流れろ。そのまま下流までいってそのいけ好かねぇ性格洗い流してこい」
「いやこの水の勢いじゃ流れてくのは無理……っとぉ!」
「うわ、おいっ!」

 びしょ濡れになってしまった体を起こして、立ち上がろうとした銀時だが、川の中の石ころに足を取られてバランスを崩す。とっさに掴んだ高杉の腕を、自分の体が倒れ込むのと同じ強さで引っ張ってしまった。

 ばっしゃん。

 ふたつ分の体を受けて、水しぶきが周りを覆う。

「つ……めて……っ」
「あー、悪い、マジ今のは謝るわー」

 謝るという口調でないのは自覚しているが、そうでもしないとこの距離はまずい。今は非常にまずい。いつものじゃれあいではなくなってしまう。
 高杉の顔が、至近距離にある。睫毛を濡らす水滴さえしっかりと認識できる。滑っていく水滴に触れることさえできる。
 それはない、それはまずい、それはない、それはまずい、と何度も言い聞かせているのに、追い打ちをかけられた。

「お前な……」

 鬱陶しそうに髪をかき上げる高杉の仕草に、せき止めていたものが決壊していく。

「た、かすぎ」

 両腕を掴み、真正面から高杉の顔を見つめた。それに気づいてか、高杉からも視線を返される。

「あの、さ」
「なんだよ、離せ」


「ちゅーしていい?」


「は? ああ……んなこと・・・・かよ」

 ほら、となんのためらいもなく、高杉が口唇をくっつけてくる。
 思わず目を閉じて受け入れてしまったが、違う。触れるだけのキスらしきものなら、もう何度もしてきた・・・・・・・。
 それはじゃれあいの延長で、気持ちいーのかななんて興味だけで、たまたま近くにいた相手とそうしてしまっただけだ。松陽が居た頃から続くそれに、高杉の方はなんの疑問も持っていない。銀時自身、疑問なんて持っていなかった。
 つい最近まで、は。

「ちが、あの、こーゆうのじゃなくて」
「んだよ、してぇんじゃねーの。お前戦やったあといっつもじゃねーか」

 今さら、と高杉はもう一度口づけてきてくれる。それは確かに間違いなかった。
 試合のあとだとか、戦闘のあとだとかは、ひどく好戦的になって、誰かに触れていたい。
 それを口に出したことはなかったけれど、高杉とのこんなじゃれあいは何年も続いてきた。
 それに変な感情を付け足してしまったのは、きっと自分の方だけだ。
 銀時は優しく、強く触れてくる高杉の口唇を嬉しく思いながらも、違う違うと己を戒めて、高杉の体を精一杯で押しやった。

「違うって、あの、なんてーかその、あの」
「……ンだよ」
「悪い、あの、高杉、俺……も、駄目かも」
「駄目って何が」

 言わなきゃ分かんねーよな、そりゃな、そうだよな、とどこかで諦めて、銀時は小さく呟く。

「……ちゅーしたい」
「してただろ、今」
「そーじゃないの違うのなんつーかその、ちゅーしたいし触りたいしぶっちゃけ言えばやりてーの!」

 こんなじゃれあいがしたいわけじゃない。明確な意思をもって、触れたい。
 それは劣情で、それ以上で、恋情だ。

「もー無理、悪い……ほんと無理……」

 だけどこんな想いが叶うはずもない。
 ケンカばかりしてきたし、殴り合い蹴り合いの延長で口唇だってぶつけてきたし、そんな中にこんな感情、入ってないのに。
 銀時は俯いた。高杉の反応が怖い。顔を見られない。


「……、すき……」


 初めて口にしたそれを、高杉はどうするだろう。殴りつけてくれればいい。蹴っ飛ばしてくれたっていい。笑い飛ばされたらどうしよう、と口唇を引き結んだ。

「あ、のぉ――オッ?」

 高杉からは何も返ってこない。この沈黙をどう理解すればいいのか、こんなこと初めてで分かるわけがない、とごまかしかけた時、高杉の手のひらがガッと乱暴に顎をすくい上げてきた。

「ふぐぐ」

 頬の肉がへこむ。睨まれている気がするのは、やはり怒らせてしまったのだと分かるけれど、口が変な形に歪んだこの状態では謝ることもごまかすこともできやしない。

「はほ、ははふひ」
「もっかい」
「は?」
「今なんつった」

 今、というとあれか、と銀時は視線を逸らす。それが気にくわなかったのか、頬に当たる指の力を強くして、高杉は抗議してきた。
 銀時は諦めて何度か瞬き、指先でとんとんとたたき手を外させる。

「えーと」
「言えよ」
「……すき?」
「なんで疑問符ついてんだ、張っ倒すぞてめぇ」
「だぁからすきだっつってんだろうがああぁあ!」

 やけくそだ、と声を張り上げる。これで聞こえただろう、と勝ち誇った顔をしてやれば、高杉の手が再度顎に伸びてくる。それと同じ速度で近づいてきた口唇が、触れた。

「……え」
「遅ぇ」
「は?」


「五年。待った」


 そう言って離れた高杉はしたり顔。どういうことなのか分からずに考え込んで、五秒で気づく。

「え、は、ちょっ、待てお前、なんで、だって!」
「てめーはほんと甲斐性ねぇなあ、このにぶちんが」

 待った――この言葉を。待っていてくれた――同じ気持ちで?
 それを認識して、ボッと顔の熱が上がった。そんな素振りなかっただろうと思うが、口唇の触れ合いがもう、そうだったのではないか。

「なんなのもう……それならそうとさ……早くさ……言ってよ……。……俺のちんこ鈍くないよね?」
「そういう意味じゃねーだろ阿呆か、つーか知るかよそんなもん。最初に口くっつけてきたのてめーなんだから、てめーから言うのが道理ってもんだろ」
「どっちでもいーだろが! お前今夜覚えとけよ!」
「てめーこそ覚えとけよ銀時ィ」

 いつものように声が荒れる。いつもと同じく額がぶつかりあう。いつもみたいに視線がぶつかる。
 違うのは、首に回される互いの腕と、

「待たされた五年分、きっちり聞かせてもらおうかい」

 いつもより優しく、いつも以上に強く、ずっと深く触れ合う口唇。

「……バカかよ」
「……アホだろ」

 口づけの合間に言い合う言葉の甘ったるさと、


「…………すき……」


 何よりも、吐息みたいに囁き合うふたつの大事な音が、水に流れず確かにそこに在ることだった。



「気が向いたら書くリクエストBOX」にいただいた物より。
→初めてそういう意味で触れ合う銀高とのことで、16〜17歳くらいの銀高です。