寒い夜だから

2016/10/27




「……眠い……」

 そう呟く男を布団の中に押し込めたのは、数分前。珍しいこともあるものだと桂は思った。
 こうして逢えば、言い合うか肌を合わせるかしかない自分たちが、どちらもせずに過ごすなんて。
 来訪はいつも突然だ。事前に分かっていればちょっと良い酒でも用意してやるものを、いつも突然やってくる。
 だから最初は言い合いに発展してしまうというのに、お互い学習しないらしい。主に相手――高杉の方が、だが。
 たぶん、きっと、おそらく、いつもの言い合いでさえ楽しいのだろう。そう、自分に都合のいいように解釈しておいた。
 いつでも逢えるような間柄じゃない。そんな気安い立場でもない。
 だからこそ、逢える日は、嬉しい。せめて連絡しろと説教することさえ、桂には嬉しい。
 たとえば肌を合わせなくても、言葉もろくに交わさなくても、同じ空間にいる。それだけでも充分、嬉しかった。

「寒い……」

 低く呟かれる声に気づくが、返事はしてやらない。桂にはまだやることがあるのだ、高杉のわがままばかり聞いてはいられない。この書状を書き終えてから――。

「毛布……ねーの……」

 被せた布団の中から、小さな声。確かに昨日よりは冷え込む夜だ。今日明日あたりには湯たんぽを導入する家が増えているかもしれない。

「まだ出す時期じゃない。こんな程度で寒いなどと言っていて、冬になったらどうするのだ貴様」
「……ねぇなら、いい……」
「ないのではなく、ああもう」

 人の話を聞け、と桂は筆を置いて背後の布団を振り返る。こんもりと盛り上がったそれが、どうしてかおかしくて、愛しかった。
 桂は部屋の灯りを落とし、ゆっくりと布団をめくり、高杉の横に潜り込む。

「そういえば、冬が弱かったか?」
「……弱くねーよ……、寒いって言っただけだろ……」

 いつになくゆったりとした口調に、ふっと笑う息を吐く。相当疲れているのだなと思い、掛け布団をお互いの肩まで引き上げた。

「駄々をこねてないで、寝るぞ。ほら抱いててやるから」

 そう言って、高杉の肩を抱き寄せる。寒いというならこれで大丈夫なはず。人の温もりは、毛布よりも効果があるだろう。
 同じ布団の中にいて色っぽいことにならないのはどれだけぶり……もしかしたら幼い頃以来ではないかと思うほどだが、心地が良い。

「ん……」

 抱き寄せた高杉が、まるで子供のようにすり寄ってくる。重たそうな目蓋は何度か瞬いて静かに落ち、呼吸が寝息に変わった。
 高杉もまだこんな風に眠ることができるのか、と嬉しくなって、もしかして自分の傍だからかなどとうぬぼれて、気恥ずかしさに俯く。
 だが俯けばそこには高杉の頭があって、慣れた匂いが鼻を通ってきた。
 高杉の体臭と髪に染みついた煙草の匂い。いつもはこれに汗の匂いが混じるけれど、今日はない。それが少し寂しくもあったけど、甘えるような体温は、それ以上に嬉しい。
 桂は高杉の前髪をかき分けて、現れた額に口唇を寄せる。もう寝入ってしまっているせいか、身じろぎさえしない高杉は珍しい。
 こんな機会は滅多にないだろうなと、ここぞとばかりに触れていく。
 触れるとはいっても性的な悪戯目的ではなく、こんな時くらいゆっくり眺めたいという思いと、どうかゆっくり眠ってほしいという想いが混ざった、興味と愛情。
 額に、目蓋に、頬に、鼻先に。口唇にしなかったのは、触れるだけでは物足りなくなりそうだったせいだ。
 そうして、撫でた髪をすくい上げ、零れていくそれを引き留めて口づける。
 愛しいなと、口の端を上げる。
 知っていたけれど、再度認識した。
 自分の腕の中で安心しきって眠ってくれるこの男を、本当に愛しく思う。
 髪を撫でても、抱く腕に力を足しても、ただ名を呼ぶだけでも、愛しさが増していく。
 自分の中に、こんなにも温かな気持ちがあったなんて。
 はあ、と吐く息さえ温かく、寒いなんて言う高杉が信じられない気持ちだ。
 だけど寒がっていた彼の体も、今は温かい。同じ温度だなと髪を撫でて、もう一度口づける。

「おやすみ、高杉……」


 どうか、ゆっくり――祈って、桂も目蓋を落とすのだった。