あんまんとアンタと俺と。

2016/12/25



「馬鹿じゃねーの、そんなもんでムキになって!」
「俺にとっちゃ重要な問題なんだよねぇ。ったく、これだからガキは嫌なんだ」


 些細なことでケンカした。他人に言えば、本当に小さなことで、なんでそんな理由で、と呆れられること間違いなしだ。しかも、よりによってこの時期に。
 世間がクリスマスのお祭り気分に浮かれている、この時期に、恋人とケンカなんて、やってられない。

「やってられんのはこっちだ馬鹿者め」

 声に出ていたのか、桂が呆れたため息を吐いて頭をはたいてくる。

「授業中からそわそわして、うきうきしながら帰ったかと思ったら、うじうじと転がり込んできおってからに。ほらココア、暖まるぞ」
「ん、サンキュ……」

 そう言って、桂は温かいココアを差し出してくれる。なんだかんだ言って、この幼馴染みは俺に甘い。夜だろうと朝方だろうと、俺が困っていれば受け入れてしまうんだろう。
 まあな、悪いとは思ってんだよ。グチりにくるとかさ。俺だったらぜってぇゴメンだ。玄関先で追い返すに決まってる。
 でも、グチりたいって電話したら、家に着いたらコール入れろって言われて、情けねーけど泣きそうになりながらコールしたら、「今開ける」ってすぐに出迎えてくれた。桂んとこの両親はもう寝てるみてーだったから、起こさないように静かに部屋に上がらせてもらって、今に至る。

「……悪いな、桂」
「慣れた。というか、晋助が色恋沙汰に右往左往してるの見てるのは楽しいからな。もっと困ればいい」
「タチ悪いお前……」
「まったく、あれだけ手のつけられない不良だったのにな。恋のパワーというのはスゴイものだ。それも、先生のおかげか?」

 ぐ、と詰まる。桂の言うとおり、俺の素行は良くなかった。というか、はっきり言って悪かった。学校には行かなかったしもちろん成績も良いはずなくて、何度も桂やダチに諫められてたんだ。
 それが、アイツ――坂田銀八に、なんかその……なんだ、全部、持ってかれちまってから、変わった、と思う。アイツの顔見に学校行くし、成績上げなさいよと呆れられて、ひとまず頑張ってみたりしてるし、進学のことなんかも、ちゃんと考え始めてる。
 恋、かぁ……。
 そりゃたぶん間違いないんだろーけど、そういう音にされると恥ずかしい。なんか運よく向こうも俺をその、……好きに、なってくれたみてーで、そういうカンケイになっちまってはいるんだけど、恋人同士っていう単語が、恥ずかしい。

「で、今度はなんなんだ、ケンカの原因。どうせまたくだらないことなんだろう」
「くだらなくねーよ、アイツ俺のことガキだから嫌だなんて言いやがって!」
「仕方ないだろう、事実だ」

 桂がばっさりと斬り捨ててくる。こいつこんなきれーな顔して言うことエグいからヤダ。

「晋助。先生から見たら、俺たちはまだ子供だよ。親に支えられて守られて、なんの責任もない。それに比べたら、先生は成人してるし社会人だし、あんないい加減そうに見えても、責任てヤツはついて回る年齢だ」
「いい加減そうって言うな」
「ああハイハイ。可愛いな晋助、いつもお前が言ってることなのに、他人に言われるのは腹が立つって?」

 なんでこう、桂は俺のこと見透かしちまうんだろうな。桂だけじゃねぇ、アイツもだ。俺が好きだって言う前に、「ねえそんなに俺のこと好き?」って言ってきたし、き、キス……だって、してぇなって思ってるとしてくるし。俺、そんなに分かり易いのか?
「でも、そう言われる直接の原因は? ケンカ中にだろう、言われたの」
「え、あ……」

 そういや、なんだっけ。今日は確か、ガッコ終わってからウチ来ない? って言われて、メシ食いに行って、せっかくクリスマスだし、って安いケーキ屋で二人用のケーキ買って、それから、なんだっけ……。

「やっぱりくだらないことなんだな。いちいち俺を巻き込まんでくれ」
「あ、や、えっと……あんまん……かな」
「あんまん?」

 そうだ、アイツの家に行く途中、コンビニであんまん買いたいって寄ったんだ。でもそこのコンビニでは売り切れで、その次では目の前で売り切れて、次はあんまんだけ準備中だった。待ってようかなーってアイツが言ったんだ。

「待つの、嫌だったのか?」
「嫌っていうか……あんまんごときでそんなん……理解できねーって思って」

 言った途端、桂に頭をはたかれた。テーブルで額を打って、二次被害。

「馬鹿かお前は! それは晋助が悪い。ちゃんと謝れ」
「なんで俺だけ! アイツだって俺にガキだのなんだの、っつーかあんまんできるまで待ってろってのかよ」
「そうじゃない、違うよ晋助。人の好きなものを、簡単に否定するなって言ってるんだ」
「え……?」

 桂の言葉が、すぅっと耳に入って、頭の中で、体の中でうずくまる。ガキだって言われたことに腹が立ってた。悔しいって思った。嫌だって言われて怖かった。

「で、でも」
「先生が甘い物好きなの、知ってただろう? 晋助には「そんなもの」かもしれないけど、先生には大事なものかもしれない」

 そういえば、俺にとっちゃ重要なんだって、アイツ言ってた……。あんな甘ぇふわふわ、俺にはやっぱり分かんねーけど……。

「さっき晋助だって、俺に怒ったじゃないか。晋助の好きな先生を、俺が貶すようなこと言ったから。おんなじだよ」
「スケール違わねぇ?」
「お、ん、な、じ。好きなもの否定されて、悲しくなかったか?」

 少し考え込んで頷いたら、桂があやすように頭を撫でてくる。ヤメロ。
 あぁ、でも、俺……アイツのこと否定しちまったのか……。あんなのでケンカなんて馬鹿馬鹿しかったけど、あんなのでも、アイツにとっては大事なもんなのか。

「まあ先生もちょっと大人げないかなって思うけど、早く仲直りしろよ晋助。俺だってもう寝たいんだ」
「…………あんまん、買ってってみる……」
「ああ、そうしろ。せっかくクリスマスなんだ、仲直りしてチョメチョメでもしてくるといい」
「お前の語録センスはいつの時代なんだよ……」

 そう言って、俺はココアを飲み干した。コートを羽織って、携帯端末を見てみるけれど、アイツからの連絡はない。怒ってんのか、スネてんのか、あんまん探してんのか。なんにしろ、早く謝っておかねーと、またガキ扱いされちまう。
 桂に礼を言って、玄関先で背中を押された。頑張れ、と。桂の顔を見るのが気まずくて、そのまま歩いてきてしまったけれど、でも、やっぱり見透かされていると思った。あんまんを待つのが嫌だったわけじゃなくて、早くアイツの家に行きたかったってこと。

 あんまん食うより俺に構ってくれねーかなって、待つ時間でキス二回くらいはできるよなって、そんな風に思ってたこと。

 なんで俺だけこんなにアイツのこと好きなんだろって思って、悔しかったのもある。まさかあんまんごときに嫉妬するとは思ってなかったけどな。
 銀八のアパートの近くのコンビニで、レジ横の中華まんを確認する。あんまん、あった。よかった……っつーか、最初からここ来ればよかったんじゃねーの。馬鹿みてぇ。
 ひとつにするかふたつにするか、悩んだ。アイツがもうここで買ってってたら、意味ねーよな。あ、でもほらあれだ、あんまん好きなら、多分ふたつくらいイケるだろ。みっつになってたら、俺がひとつ……食えるかな。
 でもまあ、いいや、って思って、買った。

「あんまん、ふたつ」

 コンビニ入ってあんまんだけなんて、買ったことねぇ。アイツどんだけ俺に恥ずかしいことさせんだよ、バーカバーカ。
 でも、これで仲直りできるだろうか。ちゃんと謝れるだろうか。せっかくのクリスマスに、ケンカしたままなんて絶対嫌だ。
 この気持ちが他の気持ちに負けてしまわないうちに、足早にアパートに向かって、ドア横のインターホンを押した。どうかいてくれますように。
 俺の不安を無視して、ドアはすぐに開いた。開けた主はもちろんこの部屋の住人である銀八だ。
 俺のこと見た途端、あからさまにホッとした顔しやがった。可愛いことすんなよ、馬鹿、くそっ。

「あ、の、俺……さっき」
「あー、ごめんな高杉、俺ほんと大人げなかったわ」

 部屋に入るより先に謝ろうと思っていたのに、向こうから謝られた。俺の予定と違うことすんな。なんで謝らせてくれねーんだこいつは。

「ひとまず入んな、外寒かったろ」
「え、あ、う」

 答える前に引っ張り込まれて、玄関先で抱きしめられた。突然のことに顔が熱くなったけど、慣れた体温は外気で冷えた体を包み込んで、やっぱり安心してしまう。

「あー、良かった、ホント良かったマジで。いくらね、ホントのことでもさ、言っちゃいかんことあるでしょって、すっげぇ落ち込んでたんだわ」

 なんだ、こいつも落ち込んでた……おいホントのことってなんだあれか俺がガキってことか。

「怒って帰っちゃったでしょ、俺も頭冷やさなきゃなーと思ったんだけどね。どーせヅラくんとこに転がり込んでんだろーなって思ってたら、案の定」

 連絡きたわーと、強く抱きしめてくれる。ほら、と携帯の画面を見せられて、「晋助は預かった。返してほしくば大人しく家にいろ」ってメッセージが目に飛び込んできた。桂のヤツ、いつの間に連絡してたんだあの野郎……あとで礼言っとかねーと。お母さんかよアイツ……。そうだ思い出した、ちゃんと仲直りしろって、桂にも言われてたんだっけ。
 俺はぎゅうぎゅう抱きしめてくる銀八の体を押しやって、ちゃんと顔を見た。視線を上に動かさなきゃいけねーのが悔しい。

「あ、の……さっき、悪かった、ごめん」

 気持ちが負けてしまわないうちにって、少し声がうわずった気がするけれど、ちゃんと、言えた。
 そしたら銀八のヤツ、びっくりして目ぇまん丸にしてさ。俺が謝るとは思ってなかったのか、ムカつく。俺だってらしくねぇと思ってるさ。こいつのこと好きになる前は、どれだけ自分が悪かろーと、絶対謝ったりしなかった。桂曰く手のつけられない不良だった、からな。

「あと、これ……一緒に、食べようと思って」
「えっ、うそ、あんまん? 買ってきてくれたの?」

 銀八の顔がパッと明るくなる。やっぱり、買ってきて良かった。あんまんにな、嫉妬とかな、馬鹿馬鹿しいしな。

「サンキュ、これ超好きでさあ」
「そんなにかよ」
「あ、最近のコンビニは馬鹿にできねーのよ? 安くて美味いもんいっぱいあんだから」

 玄関先であんまんの入ったビニール袋の口を開けて嬉しそうに笑う。やっぱり、桂の言う通りだな。好きなものを否定されるのは、俺だって嫌だ。
 だから、ちゃんと言おう。

「あのさー銀八。俺、やっぱ甘いもんとかそんなに好きじゃねーし、アンタがそこまで喜ぶのは、分かんねー」
「まーね、色んな子に言われたわ、それ。お前の言いたいことは分か――」
「けど俺、アンタのことは、そういうとこ含めて、す、……好き、だからな!」

 言った。言えた。ちくしょう、悔しい。俺に、この俺にこんなことまで言わせるアイツが憎らしい。
 三秒くらいなんの反応もなくて、ハズしたのかなと思った。くそ、慣れてねーからどうすりゃいいのか全然分かんねぇ!
 って思ってたら、銀八が急にしゃがみ込んだ。え、なんだ、なんで? 落ち込むようなこと言ったか?
「め、メリクリ……ちょ、あの、銀さん思わぬプレゼントでしにそう……」

 ……違ったみたいだ。ぷるぷる震えたサムズアップなんかしやがって。嬉しいなら嬉しいって言いやがれ。

「ケンカのあとでこれって、超破壊力あるわー。高杉お前、なにげに策士だよねホントね。これ落ちないわけねーじゃんちょっと。責任取ってくれる?」
「やだね。俺はまだほら、ガキだからよ」
「あってめ、こんなとこでだけガキに逃げやがって。まーいーよ、今日帰れると思ってないよね? ん?」

 銀八が、急にオトコの顔になる。正直、俺はそれに弱いんだ。知っててやってやがんのか。っつーか帰るつもりなんかハナからねーんだよ。クリスマスだぞ? いちゃいちゃ……してぇだろ。

「ほら、そこ寒いし、入んなよ。あんまん食べよ」
「なあその前に、アンタはどーなんだよ。俺のこと、その……」

 言ってほしい。好かれてるってことは知ってるけど、やっぱり言ってほしい、好きだって。
 リビングの方に向かいながら、銀八は顔だけで振り向いてくる。

「んー、お前のことはなんてーか、好きっていうかなぁ……」

 なんだその微妙な言い方! おいもしかしてそんなに好きじゃねーとか、俺がアンタのこと好きだから仕方なくつきあってくれてるとかかよ!? ふざけんじゃねーぞマジで――。
 銀八が踏み出した一歩分戻って、悔しさに立ち尽くした俺の両頬を包んだ――かと思ったそのすぐあとに、触れるだけのキスをくれた。


「愛しちゃってんのよ、分かる?」


 声が出なかった。
 ずるい、なんでだ、なんでアンタはそうやって! 俺の全部を持ってくんだよ!
「は、腹立つ……やっぱアンタなんか嫌い……」
「腰砕けといてそれは説得力ねーわな」
「うるせーな! 今日寝られると思うなよ銀八ィ!」
「はいはい風邪引くから早くこっち来なさいねー」

 そう言って銀八は今度こそリビングへ行ってしまう。くそ、悔しい、嬉しい、思わぬプレゼントでこっちがしにそうだメリークリスマス!



あんまり上手くはないけれど