天国でも地獄でも

2016年2月1日 21:14



「んん……っ」

緩やかな揺さぶりに、じれったい快感を与えられてうめく。
だが決して不快な感覚ではなく、むしろ普段が普段なだけに愉快にさえ思えた。

「う、……ぁ……」

ぐんと奥まで入り込まれてのけぞる。素肌の胸が合わさって、間で汗が混じった。

「は……っ……」
「ん……? んん……んむ」
荒れた吐息をごまかすように口づけてくる男を可愛らしいなと受け入れる。
この危険な男をそんな風に思うのはおそらく自分だけだろうなと思いながら、桂は舌を絡めた。

「ん……う、ぁ、ふ……」

奪って、奪われて、どちらのものかもわからずに飲み込む息。
やがて満足してか他のところに口づけるためにか、離れていく口唇。それと同じ速度で目を開ければ、濡れた口唇が映る。はあ、と吐かれる息さえ目に見えそうな距離で、欲情にまみれた男の顔が視界いっぱいに映り込んだ。

「ふ……」

思わず笑いが漏れてしまう。
ごまかしようもない距離で、吐息のようなその声を聞き逃さなかった男は不機嫌そうに口を開いた。

「……なんだ、ヅラ。まさかとは思うがてめぇ、こんな時に余計なこと考えてるんじゃあるめェな」
「いや……よさそうな顔をしておるなと思ってな。そんなに俺の中はイイのか、高杉」

責めるように長い髪を引きつかむ男にーー高杉に屈することなく、桂は煽るようにも口にする。
高杉のものを体内に感じながら、ほんの少し、腰を、揺らす。わずかにだが、高杉の眉が動いたのを見た。

「……フン、てめぇこそとろけそうな顔してんじゃねーか。俺にかき回されんのは、そんなにイイのかい」

遊ぶような意図を読み取ったのか、仕返しとでもいうように高杉が腰を押し進めてくる。桂は肯定するように小さく喘いで、閉じてしまった目を再び開けて高杉を見やる。

「訊いているのはこっちだぞ、高杉」

長くこんな関係を続けているのだ、相手の呼吸くらいは読み取れる。それでなくても幼い頃から一緒にいたのだ。嫌なほど、分かる。いや、幼い頃から一緒にいてしまったからこそこんなことになっているのか。
ひとこともそういう言葉を交わさずに、ぬくもりを求める間柄に。
だからこそ確認したくなるのだ。分かり切っている心であっても、こんな時にこそ。

「なぁ高杉……気持ちよかろう……?」

そっと頬に手を伸ばす。こんな風に体を許し合っていても、互いの信念は譲れないことを充分に理解している。
高杉がこの世界を壊したいのは変わらないし、壊しきれずに他の方法を探し始めている桂も、変わることはない。
愛おしいと思う傍ら、相手の業など背負いきれないとも思う。そう思うことさえおこがましいと知っているから、道は交わらないのだ。
背負ってもらうものではない。この業は自分のためだけのものだと、お互いが思っている。
だがどうしても手を伸ばさずにはいられない。

「……あァ、イイぜ桂……とてもこの世とは思えねぇくらいにな……」

頬に伸ばしたその手を取り、高杉は手のひらに口づける。その手を布団の上に押しつけて、指を絡めた。

「てめぇを抱いてる時ばかりは、何事も起こってくれるなと思ってんだぜ。なにしろ全部てめぇに持ってかれちまうからなァ」
「……っ、よく、言う……、コトを起こすのは、貴様だろうがっ……」
「ククッ、違ぇねえ」
「あ、う……ッ」

高杉の手が桂の脚を大きく広げさせ、押さえつける。
無遠慮に入り込んできて、そして無責任に退いていく高杉ではあるが、布団の上に押さえつけられた手だけは離れていかない。桂はいつもそれに気づいていて、口にはしてこなかった。

「この世、でない、ということはっ……天国、か?」

今日に限って揚げ足を取ったのは、どうしてかしばらく逢えないような予感があったからだ。いや、どうしても何もない。高杉は高杉の信念のために、桂は桂で守るべきもののために生きていく、いつもの日常だ。

「残念だな、俺は貴様と一緒にいってやるほど人はよくないぞ」
「ハッ……ヅラぁ、てめぇ面白いこと言いやがるな……よすぎて頭ン中までとろけちまったのか?」

喉に伸びてきた指先は呼吸を押さえ込むように絡み、至近距離で視線が重なる。


「俺がいくとこが、天国だとでも思ってやがんのかい」

噛みつくような口づけが降ってくる。きつく吸い上げられて、血の味さえ感じた桂は、空いた手で高杉の背中を抱きしめる。昔も今も、預けきることもその逆もない背中を抱いて、つながれた指先を絡め返した。
地獄に落ちるつもりか、もう地獄にいるつもりなのか、分からない。
引き揚げろとも引き留めろとも言われたことなどない。また、そうするつもりもない。
だけど、絡めた指の意味を知っている。心の奥底で、理解している。
高杉、と桂は吐息のように名を呼んで、目を閉じた。



泣き出しそうな空が見える。そこに立つ男を認め、瞬きと、ため息ををひとつ。
相変わらずだな、と桂は思った。眠りから覚めたばかりで、よくもそんなに体が動くものだと。体力だって落ちているのではないか。
昔から変わらない。無謀で、目の前しか見ていなくて、簡単に背中を向ける男だ。

「よう、髪伸びたじゃねえかヅラ。すっかり元通りだな」
「ヅラじゃない桂だ。あれからどれほど時が流れたと思っている、貴様」

顔を見合わせもせず、久方ぶりに交わす会話もこんなもの。
紅桜に斬られたことも懐かしくさえ思えるほど、いろいろなことがあった。もちろん肌を合わせる機会もなく、次に逢った時こそ斬ってやろうと決意していたのに肩透かしを食らったようで、こんなところまで来てしまったのが馬鹿馬鹿しい。

「なんだ、逢えなくて寂しかったかい」
「それは貴様の方じゃないのか。あとで抱かせてやっても構わんぞ」
「あァ、俺に抱かれてェなら――ひとまず地獄の果てまでご一緒願おうか」

まずはここを切り抜けてからだと、音にせず背中が合わさる。瞬間、ふっと触れた指先は、いつも絡むそれと同じ温度をしていた。

「フン、いつもいつも、離す気もないものを、今さら何だ、馬鹿が」
「地獄への道連れなんざ、そう楽しいもんでもなかろうよ」
「ああそうだな、誰が貴様なんかと。心配せんでも、俺の中で天国にいかせてやるわ、高杉」
「言うじゃねーか、しばらく逢うわねえうちに随分としたたかになりやがったな、桂」

口の端を上げる。足を踏み出す。眼前の烏を叩き斬って、再会の喜びに代えた。
天国への道連れに、まずは名前を呼び合って。