はじまりの ■ 1 ■

2016/06/26 桂小太郎生誕祭




 きっと、何をやっても喜んでくれる。ありがとう晋助って言って、嬉しそうに笑ってくれる。アイツはそういうヤツだ、と高杉は恋人の笑顔を思い起こして口許を緩めた。
 もうすぐ恋人の――桂小太郎の誕生日だ。しかもつきあい始めて最初のともなれば、大事なイベントになる。
 何をプレゼントしようか。
 携帯のケースか、それとも財布か、ベタにペアのマグカップか。いつも使ってもらえるようなものがいい。使うたびに自分を思い出してもらえるようなものがいい。
 その光景を想像すれば、男ひとりでこんな雑貨店にいる恥ずかしさも我慢できる。いや、それどころか嬉しいとさえ感じてしまうのだ。

「あー……どんだけ好きなんだよ、俺……」

 桂への想いは結構前から自覚していて、嫌われてはないだろうなあと思いつつ告げたその恋心に、桂は応えてくれた。
 叶うまでは、恋人になれたらいいなあくらいにしか思っていなかったのに、叶ってしまえばどんどん欲張りになっていく自分を知って、嫌われやしないだろうかと悩んだこともある。
 そのたびに桂は、こともなげに全部受け入れて、受け止めてしまうのだ。
 そんなとき、高杉は自分がひどく子供のように思えてしまう。
 高校生ということを考えれば確かに子供で間違いないのだが、桂には一生敵わないのだろうと思うのだ。

 初めてキスをした時だって、何も言わずに押し倒した時だって、恥ずかしそうに目を瞬きながらも笑ってくれた。好きだぞ、と言ってくれた。思い出すだけで胸が締めつけられる。

 いつか桂をちゃんと包み込めるような男になりたい。それまで待っててくれるだろうか。
 そう思いながら、ハートのイラストが描かれたペアカップを手に取った。

「これはいくらなんでもアレだろ……」

 これを桂が使うのはよしとしよう。正直いって、可愛い。ピンクのハートの上を歩く子猫なんて、可愛すぎる。イラストがじゃなくて、それを持つ桂がだ。きっと指先でツンとつついて、嬉しそうに使うに違いないのだ。
 しかしペアということは、一緒に使うのは高杉だということだ。そのほかには許さない。
 だがしかし、これを自分が使うのは御免被りたい。こういう可愛らしいのは、桂が使ってこそ映えるのだ。
 ペアというのは惹かれるが、もう少し落ち着いた柄の物がいい。せめてこのハートがもう少し小さかったり、静かな色だったらいいのに……と棚に置き直す。
 その隣には、兎だか犬だかが飛び回っているカップ。その隣には、英字だらけのカップ。何が書いてあるのかは面倒で読んでないが、ペアカップというのだから甘いラブストーリーでも綴ってあるに違いない。
 デカデカと描かれたハートマークよりはいいけれど、どうもしっくりこない。カップでなく、他の物を選んだ方がいいだろうか。

 ――――桂に欲しいもの訊いた方が早いかな。でも……サプライズってやつやりてーしなあ……。

 彼の本当に欲しい物を贈ってやるのがいちばんなのだろうが、内緒にしておいて、驚かせてもやりたい。桂はきっと目を見開いて、次にぱちぱちと瞬いて、泣きそうに歪めてこっちを見て、ありがとう嬉しい、と笑ってくれる。

 ――――か わ い い。

 高杉は口許を押さえて項垂れた。妄想だけでこんなに胸が鳴るなんてどうかしている、とは思うが仕方がない。相手が桂では、可愛いと思うしかないのだ。

 ――――落ち着け、俺。桂相手に可愛いとか何言ってんだいや可愛いんだけどよ。めちゃくちゃ可愛いんだけどよ。今はそういうこと考えてる場合じゃねえんだって。

 ふう、と深呼吸を一度。早いところ決めてしまわないと、買う機会がなくなってしまう。そうそう何度も、今日は用事があるんだなんて、桂を置いてもこれないだろう。
 いつも一緒に帰っているのに、頻繁にこんなことをしていては、怪しまれる。いっそもうバレているかもしれない。
 決めた、今日ここで何か買っていこう。そして明日は一緒に帰るのだ。
 今日だって学校が終わった後に教室を出ていく時、桂が寂しそうな顔をしていたのだ。あんな顔、させたくない。何より自分も寂しくてたまらない。

 ――――桂……。

 逢いたいなあ、なんて考えていると、一組のカップが目に入り込んできた。
 薄紫のまあるい花。いや、まあるく花を開かせる、あじさい。薄紫色のそれは、かわいらしさと一緒に凜とした清らかさを物語っている。
 桂みたいだ、と「以前」も思ったような気がする。いったいいつだったか思い出せないのに、そう思ったことだけ覚えている。
 いつだっけ、と思い出すのはもう諦めて、高杉はそのカップを手に取った。カップをぐるりと一周、あじさいが咲き誇っている。合間に、小さなカエルや小鳥、子猫が雨宿りでもしているように隠れ込んでいるのも好ましい。
 そして、これと対になっているカップがあった。
 いや、ペアというよりはコンセプトが一緒といった方がいいのだろうか。こちらはあじさいの上を蝶がひらひら飛んでいる。羽根を休める花を探しているのか、ただ眺めているだけなのか。

 ――――ふぅん……。

 これならいいかな、と高杉は二つのカップを手に取ってじっと眺めてみる。可愛らしすぎず、寂しくもない。

「……これにしよ」

 一目で気に入ってしまったというと大げさだが、これ以外に何を選んでも、後悔しそうだった。
 これにリボンをかけてもらおう、と高杉の頬が緩む。傍にあった、猫の形をしたティースプーンを二本付け足して、レジへと急いだ。




「今日は一緒に帰れるのか?」

 金曜日、学校の授業が全部終わってすぐ、桂が高杉を振り向く。今日は帰り支度を急いでもないようで、ホッとしたような表情が見えた。
 それに気がついて、ああやっぱり寂しがらせてたのかと、なじりたい気分にさえなる。

「あァ、帰ろうぜ桂」

 だけど、悔やむより先に、この大事な恋人を安心させてやりたい。ゆっくりと帰り支度を整えながらそう呟くと、パッと嬉しそうな顔に変わる。
 破壊力がスゲェ、なんて思うのは高杉ひとりで、頭を抱えたくなるのも高杉ひとりで、教室では他の誰も気に留めてはいやしない。
 あの顔を向けるのは高杉にだけだという事実を知らずに、誰にも見られてなくてよかったと胸をなで下ろすのだった。

「晋助、ここ最近の用事は、もう終わったのか?」
「ん、あァ、まーな。寂しかったかい」
「別に」

 ふたりで雨上がりの道路を歩きながら、桂がそわそわと訊ねてくる。くくっと笑いながら返してやると、面白くなさそうにふいと顔を背けられた。まったく嘘が下手だ、と思いつつ、嬉しい。
 桂の全身から、寂しかったというオーラが放たれている。
 可愛いな、とそっと指先を触れ合わせると、小さく、本当に小さく、さびしかった、と返ってきた。

「悪かったな、桂。……詫びと言っちゃあなんだが、明日と明後日、お前を独り占めできねーか?」
「ん? いいぞ? どこか出かけるのか?」
「出かけてもいーし、家でのんびりしててもいいし。お前はどうしたい?」

 明日と明後日は休みだ、寂しくさせてしまった分、桂の要望を叶えてやりたい。そしてなにより、日曜日は彼の誕生日。いちばんはじめにおめでとうを言いたいのだ。

「晋助と一緒なら、どっちでもいいな」

 しかし喜ばせてやりたかったのに、こちらが被弾してしまう。高杉は口を覆って、顔を背けた。

 ――――アホか。アホかこいつ、可愛い。

 何を言ったのか自覚しているのかさえ怪しいが、惜しげもなくくれる想いに、少しでも返したい。幸せをくれる彼に、少しでも幸せを感じてほしい。

「じゃあ、デートしようぜ。動物園でも水族館でも映画館でも、ネコカフェでも――」
「ネコカフェ」

 高杉は、 そうやってデートの定番を挙げていく中で、即答してきた桂に一瞬言葉を止めて、ついでブハッと噴き出した。
 どうも桂は毛玉というかもふもふしたものが好きなようなのだ。だからこそもふもふがたくさんいる動物園だとか赤ちゃんぺんぎんのいる水族館だとか、もふもふの出てくる映画が観られる場所だとかを提案してみたのだが、やはり直接触れられる方がいいらしい。

「わ、笑うな高杉、ねこちゃん可愛いだろうが」
「いや、別におかしくて笑ったわけじゃ、ハハッ、やべ、止まんね」

 一七五センチといった標準より少し高めの身長で、【ねこちゃん】とは恐れ入る。そのギャップがたまらなく可愛くて、愛しい。自分の前で、何も飾ることなくいてくれる桂が、愛しくてたまらない。

「高杉っ」
「悪い悪い、んじゃ、ネコカフェな。どっか良さそうなとこ探しとく。あとは? 行きたいとことかねーの」

 いつまでも笑っていると、桂が不機嫌そうに諫めてくる。さすがにこれ以上はマズイかなと我慢して、高杉は機嫌の降下し始めた桂の手をきゅっと握りしめた。

「……すぐには……思いつかない……。本当に、晋助と一緒にいられるなら、それでいいんだ……」
「桂?」
「あ、あの、明日までに考えておく、から。それじゃ……駄目か?」

 どこか戸惑っているような、そわそわと落ち着かない様子で、桂が告げてくる。
 本当ならこのまま部屋に連れ込んでしまいたいところだが、明日から独り占めできるのだ。我慢しようと、高杉は子供っぽくだだをこねないように口許を緩めてみせた。

「あァ、いいぜ。どこへでも、連れていってやるよ」
「ん、じゃあ一生懸命考えておくから」

 そうして桂の家の前に着いてしまう。ここから数歩進めば高杉の家。ほんの少しの距離、ほんの数歩しか離れていない距離で、いつも一緒にいた。
 これが恋だと知ったのは、そういえばいつだったっけ、と考えて、高杉は桂の手を放す。明日の待ち合わせ時間を決めて、玄関の前でいつものように別れた。


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