はじまりの ■ 2 ■

2016/06/26 桂小太郎生誕祭




 普段よりほんの少し気合いを入れてめかし込んだ。ら、桂の方もめかし込んできていて、互いに頬を染めてしまう。どうにも、自分のためにそうしてくれることが嬉しいのだ。

「お、……はよ、晋助」
「……おはよ……。なァ、なんで顔赤いの」
「あっ、赤くない! 晋助の方じゃないか、赤いの!」

 赤くない、赤い、冗談言うな、そっちこそ、なんて言い合いながらも、自然と手が重なっていくのはすごいことではないだろうか。
 そうしてふたりは、ひとまず電車に乗って街へ出た。高杉がチェックしてくれたネコカフェに向かうと、開店前の店先に二組ほど先客がいる。開店を心待ちにする客がいるほど良い店なのだろうかと、そのあとに並んだ。

「ドキドキするな」
「お前の百面相見てる方がおもしれー」
「なんだと」

 そうこうしているうちに、開店時刻になったようで、ドアが開く。前に並んでいた客達は常連らしく、スタッフとにこやかに挨拶を交わしてフロアに入っていった。
 二組を迎え終わって、スタッフが高杉たちの前にやってくる。当店のご利用は初めてですかと訊ねられ、ふたりはそろって首を縦に振った。この店どころか、ネコカフェに来ること自体が初めてだったのだ。
 店のシステムと注意事項を説明され、手を消毒され、ではフロアへ、と案内される。
 十畳ほどはあるだろうか、と思うその空間に、猫が十数匹。小さいのから小さくないのから、さまざまだった。柄も、茶トラやぶち、三毛、サビ、いろいろ。
 猫なんてどれも同じだと思っていたけれど、こうして見てみると個性があるのだと気づく。

「し、晋助、晋助っ、ねこが! ねこちゃんいっぱい……いる……!」
「……あたりめーだろ、ネコカフェなんだから」

 桂は目をきらきらと輝かせて、はわあああなんて奇妙な声を上げながら、フロア内の居心地が良さそうなところで座り込んだ。
 そろそろ暑くなる季節だからか、さらさら素材のシートの上に寝転ぶ猫の背中を、そっと撫でてみている。

「し、晋助ぇ……可愛い……」

 泣きそうな声を出す桂を見て、お前の方が可愛いンだけどなどとは口に出さずに、隣に腰を下ろす。
 嬉しそうに猫を撫でる桂と、撫でられて気持ちよさそうな猫。それでまた桂の顔がほころんで、ふわふわと気持ちが浮き上がっていく。

 ――――ここにして良かった。

 口コミを見て選んだ店だったけれど、店の雰囲気もスタッフの対応も悪くない。何より桂の嬉しそうな顔が見られた。

「なんか飲む?」
「あ、カフェオレがいい」

 フリードリンクというのもありがたい。自販機のボタンを押せば、フタ付のドリンクができあがってくる。それを桂に手渡してやるが、猫を撫でるのに夢中らしくて、笑ってしまった。

「かーつら、飲んじまうぞ」
「えっ、あっ、あ、駄目……」

 慌てて手を伸ばしてきた桂の膝に、猫の前足がかかる。撫でる手がなくなったことにご立腹なのかと思いきや、猫はそのまま桂の膝に乗り上げてきてしまった。

「え」

 楽な体勢を模索し、体を丸めてくつろいでしまう猫に、桂は驚いてしまう。こんなに無防備なものなのかと。

「し、晋助、どうしよう、猫ちゃん……膝に」
「好きにさせとけば? 抱っこは禁止って言われたけど、膝に乗ってくんのは別だろう」
「そ、そうか……」

 にゃあーと桂の膝の上で猫が鳴く。言葉にならなくて、桂は高杉のシャツをつんつん引っ張った。分かった分かった、と呆れつつも、これだけ嬉しがってくれる桂を、やっぱり可愛いなんて思う。

「あらあ珍しい、その子あんまりお膝とか乗らないんですよ。シンちゃんごろごろいっちゃって……嬉しそうですね〜」

 スタッフが、そんな桂たちに声をかけてくる。ふたりで、え、と言葉を飲んだ。

「こ、この子、シンっていうんですか?」
「ええ、あ、あそこにみんなの写真と名前書いてあるので、良かったら呼んであげてくださいね」

 スタッフはそう言って壁を指さす。そこには確かに猫の写真と、特徴、そして名前が表示されていた。桂の膝でごろごろ喉を鳴らしてくつろいでいるのは、シンというオス猫らしい。
 桂の視線が、顔ごと高杉を振り向く。それを受け流すように、高杉も顔ごと視線をあさっての方向に向けた。

「そうか、シン、俺のことを気に入ってくれたんだな」

 それを面白そうに笑い、猫を撫でる。心地よさそうに足をぴんと伸ばし、もっと撫でてと言わんばかりに顎を突き出すシンに、桂は応えてやった。
 シン、と呼ぶ桂の声は優しすぎて、高杉はいたたまれない。
 別に自分を呼んでいるわけではないと分かっているのに、気恥ずかしい。そして少し羨ましい。そんなに優しい声を投げかけるのは自分相手だけだと思っていたのに、その毛玉にも向けんのかい、と小動物相手にヤキモチをやく自分が情けなくてみっともない。
 そんな高杉の前に、一匹の子猫。じ、とこちらを見ているが、猫の気持ちなど分かるはずもない。分かりそうな桂を振り向くも、シンを撫でるのに忙しそうである。
 高杉は携帯端末を取り出して、猫との触れ合い方なんてあんのかねぇと検索しようとした。

 にゃあん、にゃん、にゃー。

「あ?」

 すると、その猫がてててと駆けてくる。

「おい、こら」

 子猫がその端末につけたストラップにじゃれついているようで、ちゃりちゃりと、パーツがぶつかり合って音を立てた。高杉はフロアを見渡し、傍に片付けてあった猫用の玩具を手に取ってみる。

 にゃあん!

 取った途端に飛びついてくる子猫。猫ってこんなに俊敏なのかと驚いてしまう。左右に、上下に振ると、ちゃんと追ってくる。
 ててててて、てててててっ、ててっ、ててっ。
 軽快な足音が耳に届く。追いつかなくて体勢を崩すことはあっても、すぐに飛びついてくるのだ。

「コタロ−、お兄さんに遊んでもらえていいねー。ふふ、はしゃいじゃって」

 さっきとは別のスタッフが、母親目線で声をかけてくる。またふたりで言葉を失って、高杉は噴き出した。肩を震わせて笑う高杉をぺしぺしと叩き、桂は顔を真っ赤に染めた。

「いいじゃねーか、可愛いぜ? コタロー」
「どっちに言ってるんだ」
「どっちも」
「馬鹿」

 そんな風に猫と遊び、猫を撫で、時には背中に乗っかられ、ちょうどご飯の時間だったらしくガツガツとむさぼり食べる様子を眺め、気がつけば入店してから二時間も経っていた。

「まったく恐ろしいシステムだぜ……時間忘れてた」

 名残惜しそうな桂を、腹も減っただろと促して、初めてのネコカフェをあとにする。

「あっという間だもんな、時間過ぎるの……」

 こんなに長居するつもりはなかったんだが、と思ったが、自分たちと一緒に入店していた二組のうち、一組はまだ店にいたから、特におかしなことでもないのだろう。

「また来たいな」
「そうだな。ひとまずメシ食いに行こうぜ」

 そうして昼食を取る間に、次はどこに行きたいのか桂に訊ねてみた。一生懸命考えると言ったのだから、普段行かないようなところなのだろう。

「ん、ここなんだけど……」

 照れくさそうに、桂が携帯端末でその場所を示してくる。高杉は驚いた。時間があれば一緒に行こうと思っていたところだったのだ。

「見頃は過ぎてるみたいだけど、それでもまだ咲いてるだろうし、一人じゃちょっとな……」

 そこは、あじさい園。毎年、開花の時期にはたくさんの来園者がいるらしい場所だ。前から気になっていたんだけどと桂は付けくわえてくる。
 高杉は笑ってコーヒーを飲み干し、携帯端末でブラウザの検索画面を示してみた。今度は桂が驚く番。

「前から気になってたんだけど」

 桂の言葉をそのまま真似て、口の端を上げる。桂も、嬉しそうに笑ってくれた。



 電車で移動しなければならないところだったが、ふたりでいれば移動時間も楽しい、嬉しい、幸せ。途中で妊婦さんとその伴侶らしき相手に席を譲り、数駅を電車に揺られて過ごした。

「花を見にいくなんて、初めてだ。晋助と一緒だと、初めてがいっぱいあるな」
「まァ……確かにわざわざひとりでは見に行かねーかな」

 これからもきっと、色んな初めてを一緒に経験していくのだろう。初めてのふたりきりでのクリスマス、初詣にバレンタイン、ホワイトデーは外せない。そして、なにより初めてふたりで過ごす、誕生日。
 明日はどんなわがままを聞いてやろうか。考えるだけで楽しくて、この恋が叶って良かったと思わず口許が緩んだ。
 そうしてあじさい園に着けば、親子連れがたくさんいる。カップルもちらほらといったところだ。入り口でマップを渡されて、それぞれ雅な名前のついたコーナーを順に回っていくことにした。

「あじさいってこんなに種類があったのか」
「確かに形が違うな。あ、カタツムリ」
「え、どこ」

 葉っぱの上でどっしりと構えているカタツムリや、ぴょこんと顔を出す小さなアマガエル、花びらについた雫や土の匂い。久し振りに感じたみずみずしさに、二人は思っていたよりゆっくりと歩き回った。

「桂、そこで立ってて」
「え、なに」
「写真」
「恥ずかしい」
「なんでだよ馬鹿。いいからほら、動くなって」

 最近の携帯端末はカメラ機能がすばらしい。あじさいの花を背景に、桂を映す。

 ――――ネコカフェじゃ可愛いばっかりだったけど、ここでは綺麗に見える。

「晋助も」
「俺はいいんだよ」
「よくない。あ、じゃあえっと、一緒に? 自撮りってのできるんだろう?」
「そっちの方が恥ずかし……分かった、分かったって」

 む、と口をとがらせる桂に、結局高杉が折れてしまう。あじさいの前で、ふたり並んで写真を撮った。桂を撮ることは慣れていても、撮られることに慣れていない高杉は、少しむずがゆい気分を味わう。

「へぇ、ここって夜はライトアップされるんだな。晋助、今度は夜にも来てみたい」
「綺麗だろうな」

 お前が、とは口に出さずに、「また今度、一緒に」を実感させてくれる桂に笑いかける。何をそんなに幸せそうに笑っているんだ? と桂の頬もほころぶ。
 幸せそうなのはお互い様だと、自然に重なっていく手のひらの温度を楽しんで、あじさい園をあとにする。
 近くにあったカフェでお茶をして、他愛のない会話を交わす。ときおり会話は途切れるけれど、少しの苦痛も感じない。相手が感じている空気を自分も一緒に感じて、周りのざわめきに耳を傾けて、スプーンでくるくると回すコーヒーの渦を眺める。それだけでも、一緒にいられることが嬉しかった。

「晋助、ドーナツ食べたい」
「お前さっきスコーン食ってなかった?」
「だって一〇〇円セールやってるんだ」
「あーはいはい。……あの砂糖ついたヤツもラインナップに入ってるのか?」

 入ってるよと、桂は笑う。高杉の好きなドーナツも、ちゃんとセール対象だ。なんだかんだで、たまに食べる甘い物は嫌いじゃない。セールをやっているドーナツ屋へは電車で一駅あるが、腹ごなしにと歩いていくことにした。



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