はじまりの ■ 3 ■

2016/06/26 桂小太郎生誕祭




 たどり着いたドーナツ屋は、セール期間中だけあって混み合っている。イートインでなくテイクアウトにして、紅茶のティーバッグでもどこかで仕入れて、家でゆっくりするのもいい。

「なぁ、俺んち行かねーか? そろそろ歩き疲れてンだろうし。ついでにメシも調達してさ」
「そうだな、途中で何かDVD借りていこう。観たいのあるんだ」

 出した提案に、桂も乗ってくれる。ルートとしてはドーナツを買ってDVDを借りて、夕食の調達が妥当だろう。
 好きなドーナツをそれぞれ二つずつ選んで、紙袋に入れてもらう。つぶれてしまわないように大事そうに抱える桂が面白くて、高杉は意地悪のつもりでなく口の端を上げた。
 帰り道の途中にあるレンタル店で、DVDを借りる。高杉が観たがったアクション映画と、桂の観たがったもの。案の定もふもふした生き物も出てくるらしい。
 夕食は、簡単なものなら作れるからと言って聞かない桂の要望を受けて、スーパーで食材を購入した。
 買い物袋などを提げて二人で歩いていると、まるで同棲でもしているようだ。
 いつかは桂とそうしたい、と思う高杉は、予行演習かなと一人で肩を震わせて笑った。
 ご機嫌だなと、桂が不思議そうに首を傾げてくるけれど、何でもねーよとごまかす。
 高杉の家に着いて、一休みしてから夕食を作り始める。
 本当に簡単な物しか作れないぞと念を押す桂が頑張って作ってくれたのは、ふんわりたまごのオムライス。それは高杉の好きなもので、簡単か難しいかでなく、単純に嬉しかった。

「あ、晋助まだ駄目、終わってない」
「なんで。旨そうにできてるけど」
「だーめ」

 これやりたかったんだ、とテーブルの上に並べたオムライスに、最後の仕上げ。

 しんすけ?

 とケチャップで書かれた文字に目を見開いて、噴き出した。これがやりたかったなんて、なんて可愛いひとなのだろう。ますます「予行演習」みたいになってきた。

「じゃあ俺も」

 そう言って桂の分のオムライスに、こたろう、と書き、大きめのハートマークもつけたした。
 傍から見たらなんて馬鹿馬鹿しいやりとりだろう。だけど周りの目なんかここにはないし、桂が恥ずかしそうに笑ってくれたから、そんなの関係ない。
 いたただきます、と胸の前で手を合わせ、夕食の開始。

「晋助、今日は本当にありがとう。楽しかった」
「なに、改まって」
「……あのさ、晋助ここ最近変だっただろ。一緒に帰らないし授業中もスマホ構ってなんか嬉しそうにしてるし。授業はちゃんと聞いてろ」

 一緒に帰れなかったのは事実だが、授業中のことなんて気づかなかった。確かにここ最近は桂へのプレゼントを探して色々検索していたけれど、変だったと言われるほどだったのだろうか。

「だから、ちょっと……不安だったというか……。他に好きな子とかできたのかもって」
「おい馬鹿なこと言ってンじゃねぇ!」
「うんごめん。今日一緒にいて、ちゃんと晋助が俺を好きでいてくれてるの、分かったから」

 失敗した、と高杉は眉間にしわを寄せた。まさかそんなことを思わせていたなんて、想像もつかなかったのだ。

「悪い、お前がそれ不安になってんの分かんなかった……。そういうの、絶対ねーから」

 想いが足りないわけではないと思う。ただ、伝えきれていないのだ。自分の中の想いさすべてを伝えられていれば、こんなこともないのだろうか。

「お前以上に好きになれるヤツなんて、いねーから。何年越しだと思ってんだ」

 前から、ずっと昔から、桂が好きで好きで仕方がなかった。いっそ生まれる前からなのではと思うほど、桂にしか視線が向かなかったのに。

「この際言っておくけどさ、桂。大学行ったら、あー、別にすぐじゃなくてもいいんだけど、その。…………お前と一緒に暮らしたい」

 もっと具体的にプランを考えて、現実的な問題をクリアできそうになってから、言うつもりだった。
 だけど、そんな計画なんてどうでもいい。今は目の前の恋人を、笑顔にしたい。
 目をぱちぱちと瞬かせて、桂はふわりと笑顔を向けてくれた。

「じゃあ今日は、予行演習かな」

 それはOKの意味でしかなくて、高杉の方こそ嬉しそうに笑う。予定通りの告白ではないけれど、こうして笑い合えるなら、過程は受け入れよう。

「桂、片付けは俺がする。作ってくれたのお前だし」
「え、でも晋助だって手伝ってくれたじゃないか」
「いや皿出しただけだろ。ドーナツの前に風呂入ってこいよ。さっぱりして、ドーナツとDVD、だろ?」

 綺麗に平らげた皿を重ねながら、桂に提案する。風呂、という言葉の意味が分からないわけではないだろうが、高杉はあえて、告げた。

「今日、帰すつもりねーから」

 途端に、桂の顔が真っ赤に染まる。別に初めてのお泊まりというわけでもないのに、この初々しい反応はなんだろう、可愛い、と染まった頬にちゅっとキスを贈った。

「ひ、ひとりで食べるなよ晋助」
「はいはい分かった、待ってるから」

 ひらひらと手を振って、桂を風呂へと送り出す。テーブルの上の食器をキッチンへ運び、そっと洗う。今までこんなに丁寧に扱ったことはあったろうかと思うくらいだ。それほど、桂とのことが嬉しくてしょうがない。
 風呂に入り終わって、DVDを2本も観ていたら、多分ちょうど良い頃合いの時刻になるはずだ。高杉はその時に渡そうと、部屋から桂へのプレゼントを持ってくる。
 喜んでくれるといい、と綺麗にラッピングされたペアカップをソファの陰に隠して、タブレットで明日のデートコースを検索する。
 もっとも、デートに行けるかどうかはこのあとの盛り上がりで左右されるのだろうけど。

 ――――別に、立てねーくらいするつもりはねぇんだけどな。予定ってのはあくまで予定だしな。アイツが可愛かったら、無茶しても仕方ねぇ。

 もしかしたら加減ができないかもしれないという思いを責任転嫁して、桂の好きそうなスイーツを扱う店を探しておいた。
 そうして、風呂から上がってきたパジャマ姿の桂にまた被弾して、ひとりで食べるなよとくぎを刺してから、高杉も入浴を済ませることにした。
 このままコトを進めてもしまいたかったけれど、どうしても今回はその瞬間を素面で迎えたい。夢中になって、大事な瞬間を逃すことだけは避けたいのだ。
 恋を告白する時よりも緊張しているような気がして、風呂場で何度も深呼吸を繰り返す。
 今さら緊張するなんて思ってなかった、と最後に大きく息を吐き出して、桂はとことん俺の初めて持っていくんだなあと諦めにも似た喜びで、笑ってしまった。

「あ、晋助、髪ちゃんと乾かさないと駄目だろ」
「んー」

 めんどくせ、なんて言っていると、桂がドライヤーを持ってきてくれる。脱衣所に置いてあるのだから、ちゃんとそちらで使ってこいというのに、と文句を垂れながらも、桂が髪を乾かしてくれる。
 気づかないのだろうか、こんな時間が好きで、泊まりの時はわざと髪を乾かしてこないことに。
 桂の指先が気持ちいい。温風に混じって、鼻歌が聞こえる。ともすればこのまま眠りに落ちてしまいそうな心地よさだが、まさか眠るわけにはいかない。ごまかすように咳払いをすれば、ちょうど乾かし終わったらしくて、桂の手が離れていった。

「サンキュ。戻してくる」
「あ、なあ晋助、どっち先に観よう?」
「どっちでもいーよ」

 いそいそと鑑賞の準備をする桂にそう返して、ドライヤーを脱衣所に戻す。普通のマグカップに二人分の紅茶を入れて、リビングに持っていく。日付を越えたら、カップを変えて飲めるだろうか。
 そうして、最初はアクション映画を選んだらしい桂の隣に座る。
 皿に取り分けたドーナツと、温かな紅茶。面白そうな映画と、隣には大好きなひと。これが幸福でなくて、なんというのだろう。

「アクションっていうから、銃とか剣とか、そういう喧嘩ものかと思ってたけど」
「あー、カーアクションてヤツかな。古いけど、好きな車出てくるんだ」
「ふぅん? どれ?」
「もうすぐ」

 そんなことを言い合いながら、画面に注視する。ときおりソファの上で指先が触れ合うけれど、濃密に絡み合うことはない。
 二本目のDVDは、映画というよりドキュメンタリーだった。地球の様々な地で生息するもふもふ。明日はやっぱり動物園の方がいいだろうか? とはしゃぐ桂の隣で笑う。

「あ」

 そんな風に過ごしているうちに、日付の変更が近づいてくる。高杉は桂の肩を抱き寄せ、なァ、と鼻先をすり合わせた。ふふ、と笑う桂と、額がこつり、ぶつかる。
 口唇を触れ合わせて、舌先を絡め合わせて、吸って、閉じ込める。

「ん……」

 はあ、と息を吐き出しても、またすぐに触れる熱。ソファの上でお互いを大事そうに抱きしめながら、日付を挟んでたっぷり三分、キスをした。

「……小太郎、誕生日、おめでと」
「ありがとう、晋助……嬉しい」

 恋人同士になって、初めての誕生日。いちばん初めに伝えられてよかったと、もう一度鼻先を合わせる。

「あのさ、プレゼント、あるンだけど」
「え、独り占めがプレゼントじゃなかったのか?」
「ちげーよ」

 驚いてぴんっと背筋が伸びる桂の頭に、猫のぴんとした耳が見えたような気がしたが、きっと幻覚だろう。
 高杉はソファの後ろに隠しておいた包みを持ち上げる。
 どうやらバレてはいなかったようで、そんなにわかりやすいとこに隠してたのかと、桂が悔しそうに口をとがらせた。その口唇にちゅっとキスをしてなだめては、テーブルの上にその包みを置く。

「ん、プレゼント」
「ありがとう。あ、開けてもいいか?」
「どーぞ」

 桂がそわそわと包みを開けていく。高杉もそわそわと反応を待っている。

「わ……、マグカップ? ふたつも? え? 晋助、もしかしてこれって」
「ペアのだよ。お前がよければ、片方は俺に使わせて」

 箱の中に入っていたのは二つのマグカップ。それぞれの取っ手にリボンが結んであって、どう見ても恋人同士で使うもの。さらには、カップに描かれたイラストは、あじさい。

「今日、っつーかもう昨日か。見にいったあじさいそっくりだよな。別にそういう意図はなかったンだけど」
「び、びっくりした……晋助がなにか魔法でも使ったのかと思ったぞ……」
「バーカ、んなわけあるかよ」

 桂はふたつを手に取って、部屋の灯りにかざしてぐるりと一周させ眺める。そこかしこに隠れた生き物たちを見つけて、桂ははしゃぐ。特に、やっぱり黒い猫を見つけた時にはふるふると指先を震わせさえしていた。

「嬉しい、嬉しい晋助、ありがとう。こっちのねこちゃんいるヤツ、俺のにしていいか?」
「ハハッ、やっぱりそっち選ぶと思った。じゃあ俺こっちの蝶々な」
「晋助によく似合う。大事に使わせてもらうよ、本当に嬉しい……」

 両手で大事そうに抱える桂を見て、高杉は心の底からホッとした。何でも喜んでくれるとは思っていたけれど、本当に嬉しそうに受け取ってくれて、こちらの方こそ嬉しくなってしまう。

「桂。好きだぜ」

 はらり、こぼれるように口唇から出た言葉に、桂が目をぱちぱち瞬く。言うつもりではなかった言葉が出てくるなんて、と高杉も少し驚いてしまった。

「もう……、晋助は、……ズルイ」

 こてんと、桂が肩に身を寄せてくる。どうもツボにハマッてしまったようで、すりよせられるしなやかな体に、熱が上がった。
 頬に手を添えてそっと顔を上げさせると、目蓋がゆっくりと落ちていく。
 そのまま口唇が触れる――かと思ったのだが、

「あ、晋助、これで紅茶飲みたい、コーヒーでもいいから、なぁ」
「…………このタイミングお前な……」

 すいと躱されて、高杉はがくりと項垂れた。まあ元々、日付が変わったらこっちのカップで飲みたいなと思ってもいたし、高杉は仕方なくソファから腰を上げる。
 二つのカップを持ってキッチンへ移動する前に、桂に確認した。紅茶でいいのかと。

「ん、紅茶がいい。砂糖だけ入れて。コーヒーは、明日の朝、……かな」
「モーニングコーヒーってか? でも、今紅茶なんか飲んだら、眠れなくなるンじゃねーの」

 そう言いつつキッチンで二つのカップを洗い、ティーバッグを放り込んでお湯を注いでいく。
 少なめでいいかなと思ったそこへ、桂のバクダン。

「大丈夫だよ晋助。俺、今夜は眠る気ないから」

 二秒ほどその言葉の意味を考えて、高杉は硬い動きで桂を振り返る。何を言っているのか分かっているのかと。
 桂はソファの上で可愛く首なんか傾げて笑っている。これはもう確信的なお誘いだろうと高杉は頭を抱え、少なめのお湯で二人分の紅茶を作って舞い戻る。
 初めての誕生日と、初めてのペアカップと、初めての桂からのお誘い。

「お前のせいで、加減する気なくなったじゃん」
「ふふ、俺だって、朝まで放す気ないからな?」

 中身のなくなったカップが、ことりとテーブルに置かれる。今回くらい、洗い物は後回しにしたって許されるはずだ。
 手をつないでリビングをあとにして、階段の真ん中で口唇を合わせる。


 はじまりのキスは、紅茶の味がした。