いつか

2016/06/26 桂小太郎生誕祭




「桂さん、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「おお、皆すまぬな」

 次々に渡される贈り物を両手で抱え、全部持って帰れるだろうかと、桂はほんの少し困ったような顔をする。
 今日は桂がこの世に生を受けた日だ。一派の連中にとってはそれはそれは喜ばしいことで、祝いと感謝を次々に述べてくる。酒やつまみ、UNO、果ては爆弾を作るときに必要な材料まで。
 祝ってもらえるのは嬉しいなと、出された豪勢な食事も、今日くらいはいいでしょうと仲間に勧められて平らげた。
 たまにはこんな日もいいと笑い、こんなに賑やかな祝いは初めてかもしれないなと、ほんのり酒に酔って染まった頬を緩めた。
 しかし宴のさなか、桂は腰を上げた。主役がもう帰ってしまうんですかと投げられた抗議には、すまぬと返す。

「明日の夜に大事な会合もあることだしな。あとは皆でやってくれ。今日はありがとう」

 楽しかったぞと付けくわえてやれば、仲間たちはホッとしたような表情さえ見せ、見送ってくれた。なんだかんだと騒ぐのが好きな連中だ、ハメさえ外さなければ構わない。

 桂はひとり、空に浮かんだ月を見上げる。
 美しいなと思うのと同時に、ほんの少し寂しそうに見えるそれが、あの男を思わせる。
 今どこにいるのだろうと目を細めた。数年前にはそれこそいつでも一緒にいた相手だが、今はそうもいかない。
 向かう先は同じような気がするのに、進む道が違ってしまっている。

「寂しがっているのは俺の方か……」

 苦笑して、仲間にもらった物を大事そうに抱えて歩いた。
 さすがに今年は来ないだろう。去年だってその前だって、ついに逢えることはなかったのだ。きっと今日が誕生日だなんてことも、向こうは忘れてしまっている。

 それでも毎年期待してしまうのは、まだあの男を好いているからなのだろう。
 おめでとうも、贈り物もなくていい。ただ逢いたいと思うほど、まだ好いているからなのだろう。
 袂を分かって久しいというのに、この執着はどうだろうなと、何度目かの苦笑を浮かべて、家の戸を開けた。

「な……」

 桂は声を飲み、目を瞠る。
 玄関を開けて短い廊下の奥、居間が、出ていった時とは様子が違っていた。
 台の上に置かれたとっくりとお猪口、薄紫のあじさいと――ひとりの男。

「た、か……すぎ……?」

 その男は高杉晋助。人の家ですやすやと惰眠をむさぼる遠慮のなさは、昔と変わっていない。
 桂の気配に気づいてか、高杉が片方の目を開ける。片方しか開けることのできない目を開ける。

「あァ……やっとお帰りかい。忙しそうでなによりだ」

 高杉はむくりと体を起こし、かふ、とあくびをした。桂はいまだに、そこで動いている高杉の存在が信じられずに、茫然と立ち尽くす。高杉がそれに気がついて、指先に触れてきた。

「数年ぶりで、言葉もねぇかい」
「あ」

 そのまま手を引かれ、桂は高杉の腕の中に落ちる。そうしても消えてはいかなくて、夢ではない、自分の妄想ではないのだと、桂はそこでやっと実感した。

「高杉……!」

 どうして、なんで、いつから、

 そんな言葉をかける暇もなく、口唇が奪われる。
 触れる寸前まで目を閉じないクセも変わっていなくて、舌の絡め方も変わっていなくて、少し低い体温も、においも、指に髪を絡める仕草も、何もかも変わっていない。

「高杉、高……」

 逢いたかった、なんて言葉さえ野暮に思えて、何も言葉にできない。する暇さえない。口唇を離している時間が惜しい。
 息が上がるこの苦しささえもが嬉しくて、どうしてこんなに長く離れていられたのか、分からなくなった。




 腰帯を解かれて、びく、と肩が揺れる。すでに一度繋がったあとだというのに、なにを恥ずかしがる必要があるのか。
 いや、これは羞恥ではない、期待だ。高杉の熱を欲する体が、もっと長く、もっと深く、もっと熱く、繋がりを求めて期待しているだけだ。

「あ……っ」
「ん、ふ……くくっ、おいヅラ、ずいぶんと敏感になったもんじゃねーか……」
「う、うるさい、うるさいっ」

 誰がそうさせたのだと、頬を赤らめたままで抗議にもならない抗議を投げつける。実際桂自身も、ひどいものだと思った。ただ足を開かせられただけで、こんな声が出てしまうなんて。

「そんなに……欲しかったのかい、俺が」

 面白そうに見下ろされて、さらに頬の熱が上がる。
 この男はどこまで意地が悪いのだ、と見上げ直して、桂は気づいた。
 高杉の笑い顔は、面白そうなものではない。違う。――嬉しそうなもの、だった。
 さっきとは別の種類の熱が上がってくる。

「お、俺に入れたくてしょうがなかったのはお前の方だろうが」
「クク、そりゃあ抜かなくていいってことかい、ヅラァ」
「な、そんなこと言ってな、……っん、ぁ」

 高杉の熱が入り込んで来て、桂はのけぞった。高杉の熱さと形と硬さを知っているそこは難なく受け入れて、引き込んで、引き留める。

「あ、あ……ぁッ、や、いやだ……高杉、んんっ……ぁあ」
「欲しかったって言えよ、なァ桂……これ、ここに、ほら……」
「ああっ……あ、あ、た、かすぎ、高杉……ぃっ」

 ふるふると首を振ってはみるけれど、久し振りに、それこそ年単位で合わせていなかった肌は、とても素直だ。
 欲しかった。欲しくてたまらなかった。
 甘い言葉なんてなくていい、ただその熱を分けてほしかった。

「高杉……っ」

 とん、と押し込まれてのけぞる。
 あ、と吐く息と一緒に、桂は呟いた。

 あいたかった、と。

 一瞬、高杉の呼吸が止まったような気がした。だけどそのすぐあとに激しく責め立てられて、考えている余裕なんて吹き飛んだ。

「あっあ……、あ、や、んんっ、馬鹿、こんな、やあっ……あ」
「イきな、ヅラ」
「ヅラじゃ、な、あ、……っあ……ア……ッ――」

 強く強く抱きしめられて、それが嬉しくてたまらない。そう思ったら、体の方も我慢がきかなくなって、達してしまう。
 そうして敏感になった体の中を、高杉が行き来する。それでまた、熱を思い起こし、引き留める――繰り返し。
 気がつけば日付はすでに変わり、桂の誕生日だった日は終わってしまている。
 何度目かの情交を終えて、ようやく床の間に移動する桂の目に、あじさいに結ばれた紐が目に入った。

「高杉、これ……」

 よく見てみれば、ひとつだけではない。一本のあじさいに、いくつもの紐が結んであった。
 桂が何を言いたいのか悟った高杉は、煙管をくわえて笑う。

「去年と、その前と、その前と……まァ、今までの分」

 祝えなかった年の分だけ、付け足された紐。色とりどり、素材もまちまち、だけど花を飾るのにふさわしいもの。
 桂は箪笥の引き出しを探り、ある物を取り出した。それには高杉も目を瞠って、ついで笑い出した。まったく物持ちがいいねえと。
 それは、幼い頃に初めてもらった組紐。その翌年にもらった組紐。その次の年、次の次の年……離れてしまうまでずっと贈ってもらった、高杉の想い。
 ここに、離れていた時の分が今日加わるのだ。

 嬉しい。

 他の誰の前でも見せないようなふんわりとした笑みを浮かべて、布団に潜り込んだ高杉を追う。

「高杉……ありがとう……」

 もう髪を結うことはなくなってしまったけれど、高杉は来年も同じように組紐を贈ってくれるだろう。想う気持ちはあの頃と変わっていないと言うように。
 甘い言葉よりも、変わらない絆がいい。
 いつかすべてが終わったら、高杉の隣で、高杉の選んでくれた組紐で、髪を結って過ごそう。のどかな縁側で、酒と書物と猫一匹。



 そんな日を夢見て、数年ぶりに、共に眠るのだった。