変わらぬ鼓動

2016/06/26 桂小太郎生誕祭




 銀時は、握り飯を数個抱えて部屋の戸を開けた。

「あれ、ヅラは?」

 だがしかし、そこに目的とした男がいない。そう広くはない部屋の中にいたのは、坂本辰馬だけだった。

「ん? さっき高杉に手ェ引かれちょったき、川にでも行ったんやか」
「あー」

 ナルホドネと、小さく息を吐く。せっかく握り飯もらってきてやったのになあと思いつつも、銀時は腰を下ろす。

「返り血、浴びてたもんねぇ……珍しく、ドバッとさ」
「んー、珍しいのう。あんまり接近戦好かんになぁ」

 今は戦中だ。敵を斬れば返り血も浴びる。最前線で道を切り開く銀時や高杉とは違い、全体を、主に退路を見つけ出し指示を飛ばす桂は、あまり接近戦に持ち込まない。
 その彼が、遠目にも分かりやすいほど、派手に返り血を浴びていた。浴びなければならない、状況だった。
 被害を最小限に抑えようと桂が動いてくれたおかげで、死者は少ない。
 少ないだけで、いたのだ。死者が。
 桂はそれを、自分の落ち度だと言う。戦況を切り抜けるだけの能力が、その人物になかったことも理由だろうに、彼は嘆いて、俯く。

「たまんないよねぇ、こんな日にさあ」
「ほーじゃの……」

 せっかく。
 せっかく、言おうと思ったのに。こんな状況じゃ、おめでとうのひとつも言えない。

「ま、高杉が一緒やき、任せとこかの」
「しばらく帰ってこねーんじゃねーのアイツら。いちゃいちゃしてくるんでしょ」

 にやりと口の端を上げた銀時に、辰馬もにやりと目尻を落とす。

「握り飯、食っちまおーか?」
「あっはははは、そりゃあええの!」

 そうはいいつつも、ふたりはちゃんと残しておくのだ。大切な、大切な仲間のために。




 さらさらと水が流れていくのを、桂はただじっと眺めていた。
 どれだけの人が命を落とそうと、川の流れは変わらない。
 その道程を眺めていると、奪い、亡くすことしかない戦などしていることが、馬鹿馬鹿しくなってくる。たったひとつの願いのために、どれだけを犠牲にしなければいけないのか。
 また分からなくなって、桂は目を閉じる。

「洗わねーの、ヅラ」

 そこへ、かけられる声。高杉だ。桂はゆっくりと目を開け、ちらりと隣に視線をやった。
 川の水で濡らした布で、己についた誰のだか分からない血を拭き取っている。
 その様子を見てさえ、心が深く沈んでいった。いつものように、ヅラじゃないと返してやれる気力さえ、先ほど戦場で捨ててきたらしい。
 高杉のため息が聞こえる。

「世話の焼ける……」

 血を洗い流した布が、桂の?に当てられる。ぐいと拭われて、肉の形がゆがんだ。

「いい」
「いいわけねーだろ、そんなナリで。血の匂いが好きだってンなら、放っとくが」

 高杉の言葉は乱暴に思えるが、触れてくる手は何よりも優しい。つい、寄りかかりそうになるから、「いい」と言ったのに、彼には通じていない。
 いや、恐らく通じているのだろう。それでもあえて、手を差し伸べてくる高杉の想いが、胸に刺さった。

「怪我は……してねーみてェだな」
「……ああ、俺は、どこも」

 高杉は布で桂の顔の血を拭い、手の血を拭い、足を確認する。あれだけ激しい戦闘をしておきながら怪我のひとつもしていないとは、さすがだなと口の端を上げた。

「笑っていられる状況か、馬鹿」

 桂にはそれが気にくわなかったらしく、剣呑な声で高杉を諫める。戦のさなか、そうして笑えることが良いことなのか悪いことなのか、桂には分からない。
 人が大勢傷ついているのに、自分たちの身勝手な想いだけで、続けていていいものかどうか。
 高杉はそれを聞いて、また、笑った。

「笑えるさ、俺は」

 目を伏せて、開ける。その瞳に射ぬかれて、気圧されて、桂は体を強張らせた。

「俺はまだ笑える。……てめェが、ここで、生きているなら」

 指先が、口唇に触れる。高杉の、口唇が押し当てられる。川の水に濡れた口唇同士が触れ合って、狭間で水滴が押しつぶされた。

「今年はさすがに……花も髪紐も贈れねーけど」

 ぴ、と髪をまとめていた紐が解かれる。それさえ血に濡れていて、高杉は祝いにはふさわしくないと、川の水に浸して晒した。
 桂の長い髪にも、血がこびりついている。それを拭き取って、今この時、触れているのは自分だけでいいと抱き寄せた。

「好きだぜ桂。この戦ァ終わったら、この髪に似合うもん、買ってやらぁ」

 桂がこの世に生を受けたこの日、触れているのは、自分だけでいい。
 高杉はそう思って、もう一度、ちゃんと口唇を合わせた。

「高杉……よせ」

 桂がそう言って顔を背けても、両?を包んでがっちりと固定し、口づける。頑なだった口唇を舌先でつついてこじ開け、その中に入り込んだ。

「んっ、ん……」

 受け入れてしまえば、慣れた喘ぎが鼻から抜けていく。舌を絡め、髪を梳き、撫でて、口唇を吸う。指先から、舌先から、口唇から、鼓動が伝わって、広がって、染み込んだ。

「んん……」

 何度も角度を変えて、かき混ぜるように触れ合わせれば、きゅっと握りしめられていた桂のこぶしもゆるりと解かれていた。
 高杉は、脱いだ陣羽織の上に桂の体を押し倒す。さすがにそんな気分ではないと小さく抵抗する桂だが、高杉が手を止めることはなかった。

「おい、高杉……こんな時に」
「こんな時ってなんだ、いつもと変わりねーよ」

 人がたくさん傷ついた。天人をたくさん斬った。明日もたくさん命が消えていくだろう。そんな時に、こんなことをしている余裕などない。
 桂はそう言うけれど、高杉は自身の体で押さえつけ、逃げ場をなくしてやる。

「てめぇがどんだけ嘆こうが、関係ねぇ。俺にとっては、ここにお前がいることが日常だ」

 桂小太郎がここにいて、自分を見てくれて、こうして触れられる。それが高杉の、変わらない日常である。そのほかに何が、どんなことが変わっても、この気持ちは変わらない。

「俺にはお前さんが日常だ。てめぇがてめぇを祝えねぇってンなら、その分俺が祝ってやる。それが気にくわねーなら、俺の手を払いのけてみな」

 両の?に、振り払われなかった手を添えて、高杉はまっすぐに桂を見下ろす。泣き出しそうな瞳を見つめ返して、呟く。誕生日おめでとう、と。
 そうして、はだけた素肌の胸に、いくつもの花を散らせた。
 ありがとな。生きていてくれて。
 その言葉に、ようやく桂の?が緩んだ。



 口唇が首筋を滑っていく。それと同時に胸の突起をつままれて、桂は息を飲んだ。
 川を流れる水の音、遠くの方で、かすかに聞こえる仲間達の声、ふたりの吐息。それが、今ここにあるすべて。

「……っ」
「声、我慢してんのかい」
「我慢、するに、決まって……いるだろうっ、聞かれたら……どうするっ……んぁ」

 恥じらって身を竦める桂に、あぁこれまでにもう何度か聞かれてると思うがねぇと、高杉は心の中で呟く。
 あけっぴろげに触れ合っているわけではないが、長く続く戦の中で、自分たちの関係に気づいていない隊士はあまりいないだろう。
 銀時や辰馬だって、とうの昔に知っているのに。それでもふるふると身を震わせて耐える桂も、またそそる風情だ。
 ああこれが日常だと、高杉は桂の肌を撫でながら改めて思う。自分は桂に欲情して、桂はそれを受け止めるように欲情する。
 生きているのだ、何もおかしなことなどない。

「桂……足、もっと」

 開けよ、と耳元に囁いてやれば、カッと?を染めて、それでも手をそえてやればゆるりと開く。
 いつも通りに形を変えているそれを撫で、しごき上げ、桂の快楽を引き出し、闇を引き上げて放り投げる。
「ん、んん……っ」

 桂はのけぞって素直に愛撫を受け、口づけを、とねだってくる。惜しむことなく口唇を触れ合わせ、舌を絡ませて、飲み込む。
 もっと、と望めば距離がぐっと縮まって、互いの胸の間で汗が押しつぶされた。
 心音が聞こえる。
 トクン、トクン、トクン、と、正常時より少し早いリズムではあるが、しっかりと鼓動が聞こえる。高杉はほうっと吐いた安堵の息を、桂に流し込んだ。
 戦のさなか、こんな状況でこんなことをと桂は言うが、高杉はこんな時だからこそ桂を感じていたい。
 生きている、と。このまま生きていく、と。
 桂の心臓の上に手のひらを乗せ、桂の手のひらを自分の心臓に当てさせる。
 俺のことも感じて、とまっすぐに目を見つめると、意図をくみ取ったのか、桂もまた見つめ返してきてくれる。

「なァ……いつもと変わらねーだろ……?」
「……はやい」
「くくっ、そりゃてめーもだが、してる時はいつもこんなだぜ?」

 トク、トク、と感じる心音をお互いに感じ合って、視線を重ねて、口唇を触れ合わせる。
 生きている鼓動と、体温。それを感じられるこの瞬間を、大切にしたい。それはいつもと変わりない時間で、変わらないもの。

「生きてろよ桂。来年も、ちゃんとこうして祝ってやるから」
「……貴様は自分が楽しみたいだけだろう……」
「ひでぇ言われようだな。このまま放置してくか」
「……離してなどやるものか。お前が始めたのだから、ちゃんと責任を取れ」

 体を離しかけた高杉を、桂の腕が引き留める。指を絡めて引き留める。もちろん高杉はふりだけだったのだが、引き留めてくれる桂に微笑んだ。
 この行為だけでなく、はじめにこの恋を明け渡したのは高杉だ。全部ひっくるめて、責任をとってやろう。

「高杉。……一緒に……」
「あァ……一緒にな」

 何を、とは口にされない。何を、と問うこともしない。願いは、お互いに理解している。
 抱きしめ合って口唇を合わせ、熱を分け合って解放する。


 陣に戻れば、乾いた小さな握り飯とおめでとさんの言葉、それと冷やかしが待っていた。高杉は剣を抜いて銀時とじゃれ合い、辰馬がそれをまあまあと止める。いつもの光景だ。



 桂はそんな三人を眺め、やれやれと笑っていた――。