ここにいちばん似合うもの

2016/06/26 桂小太郎生誕祭



 旨いメシで腹を満たして、旨い酒に酔って、極上のカラダで熱に浮く。散らかされた帯が足に絡まったけれど、そんなもの気に留める余裕もなかった。

「んっ、ん、……こら、もう……っ」
「ンだよ、イイだろ……?」
「よくな……っぁ……あ」

 晋助の腕の下で、ズラ子がのけぞって喘ぐ。すでに何度か達したあとで、ほんの少し肌を撫でるだけでも、彼女は体を震わせた。
 いや、「彼女」と言ってしまっていいのだろうか。
 コトに及ぶ時に脱がしてしまった着物は確かに雅な女物だが、触れる体は間違いなく男のもの。晋助自身のより少し薄い胸板と、自分と同じく雄を主張するものがある。
 それでも、こんなにも欲情するのだから、不思議なものだ。

「あ……っ、しん、すけ……っ、駄目だって、言っ……て」

 入れたままでぐんと伸び上がると、気持ちの良さそうな声を上げて腕を肩に回してくる。駄目だと言いつつ腰に足を絡めてくるその矛盾が、なんとも可愛らしい。

「はっ……あ……ぁ、ん、う」
「ズラ子、なァ、どうされたい? 言ってみなよ。今日はお前さんの好きなようにしてやるって、言ったはずだぜ」

 濡れた声と吐息を漏らす口唇を、指で撫でる。その口唇には、まだ薄く紅が残っていた。晋助がズラ子のために選び、指先で塗ってやったものだ。
 店先で見かけた時に、ズラ子に似合うだろうなあと思い買い求めたものだが、思っていたのと違う色に見えた。

 思っていたより、綺麗に見える。

 嬉しい、と笑ってくれたズラ子を抱きしめて口唇に触れ、その紅を移し取ったのは、何刻ほど前だったか。
 外ではざあざあと鬱陶しい雨が啼いているが、これだけ密着していれば、ズラ子の声を聞き逃すこともない。イイ声も、ねだる声も、晋助と呼ぶ声も。

「なァ……もっと深く? それとも……こう、浅い、ところの方が、イイかい……?」
「や、め……馬鹿、そんなの……っ駄目、晋助……っ」

 抜けてしまいそうなところまで後退して、そのままゆらゆらと腰を揺らす。体が少し離れた分、胸や腕に散る紅い花が目に映り込んだ。
 ズラ子の口唇から晋助の口唇へ、晋助の口唇からズラ子の胸へ移った薄紅と、吸い上げた痕。それと同じくらいに紅い頬。

「駄目じゃねェだろ、ん? お前さんは少し……自覚した方がいい、どれだけ俺を欲しがってるか、ってのをさ」
「あっ、や、あ、んん……っ」

 一気に奥まで突いてやると、がくがくと体を震わせる。予期していなくて、晋助も引きずられてしまった。

「ン……っ」

 我慢しようと思ったのに、結局ズラ子の中に放ってしまって、ふたりで荒い息を繰り返す。もう少し長い時間ズラ子を感じていたかったが、さすがに立て続けにしすぎて体が悲鳴を上げそうである。
 ズラ子の胸に頭を乗せれば、重いと言いつつも髪を撫でてくれる。心音を聞きながら過ごすこんな時間が好きで、たいていがこの体勢でするのだが、ズラ子に不満はないのだろうか。

 今日はズラ子の誕生日だ、プレゼントを贈って、わがままを聞いてやって、存分に甘えさせてやろうと思っていたのに。

 結局はいつも通り、晋助の方が甘えているみたいになってしまう。

「なァ……不満とか、ねーの」
「不満? お前にか? それとも仕事のことか?」
「や……どっちも……」

 決まりが悪くて、晋助はズラ子の上から体を下ろす。隣にごろりと寝転んで、煙管に刻み煙草をふんわり詰める。慣れた味と匂いは、バツの悪さをごまかしてはくれたけど。

「不満ならあるぞ。お前は相変わらず家賃を期日に払わんし、怪我をして帰ってくるし」
「……まとめて払ってンだろが。それに怪我なんて、大したことねェ」
「いっそ大怪我でもしてしまえ」

 ふんと鼻を鳴らして、ズラ子はうつ伏せた晋助の背中に上半身を乗せる。先ほどとは逆だ。ズラ子の長い髪がくすぐったいが、甘えてくれているようなこんな時間も、大好きだった。
「大怪我して帰ってきたら、看病してくれんのかい」
「追い出すに決まってるだろう。俺の忠告を無視する勝手な男など」
「ひでェな」

 晋助はくっくっと笑う。こんなことを言っていても、実際にそうなったら、ズラ子はてきぱきと手当てしてくれるのだろう。スナックを切り盛りするその手腕で。
 だけど、怪我をしたと分かった時にほんの数秒、ズラ子は悲しそうな、悔しそうな顔をする。それは晋助にしか分からない機微だろうけれど、あんまり好きな顔ではない。
 それを見たくないのであれば、やはり怪我をするべきではないと思うのだ。

「まぁ、気をつけてはやるさ。怪我したら、お前さんを抱けもしねーしな」
「貴様はなんでそういうことばかりなのだ、破廉恥な。今日だってさんざん……無茶をさせおってからに」
「ハハ、そいつぁすまねぇな。なにしろ、この紅がよく似合ってて、綺麗だったんでな」

 抑えるの忘れてたんだよと、晋助は煙草盆の上に転がっていた貝殻を持ち上げる。貝のくぼんだ部分に、練った紅。ズラ子に贈ったものだ。

「晋助は……こういうのを選ぶのが上手いな。クリスマスにも、髪留めくれたろう?」

 ズラ子が体を起こし、晋助の隣に身を置く。半年前に贈った髪留めを、大事に使ってくれていることは晋助も知っている。店に出る時、嬉しそうに結んでいくからだ。

「おなごに贈り慣れているのか、ひょっとして」
「くくっ、ヤキモチ妬いてんのかい、ひょっとして」

 別にそんなのではない、と言いつつもバツが悪そうにそっぽを向くズラ子の顎を、指先で振り向き直させる。まだ少し汗でしっとりした額や、潤いのある瞳が、どうにも色っぽい。

「上手いのは当然だろうが。いつだって俺ぁ、お前さんのこと考えて選んでんだぜ、ズラ子」

 指で、頬を撫でる。髪を絡ませて、耳朶をくすぐった。

「この髪に何が似合うか、耳朶の裏につける練り香は何が似合うか、この口唇に……何が似合うか。なぁこの紅、白藍の着物あったろ、あれによく似合うぜ。長襦袢は……そうだな、京紫の半衿、帯は藍鉄のやつ」

 ズラ子が、箪笥を振り返って晋助の言った通りの物を想像する。

「……うん、綺麗だな」
「明日この雨が上がったら、どっか出かけるかい?」

 どこかで蕎麦でも食べようか、なんて言ってやると、ズラ子が幸せそうに微笑んだ。おめかしする、と。

「なぁ晋助、ひとつ忘れてるぞ、俺に似合うもの」
「ん? なんだい、まだおねだりしようってか」

 そうかも、とズラ子の指先が晋助の口唇に押し当てられる。何をおねだりされるのだろうと愉快そうに口の端を上げた晋助の耳元に、ズラ子の優しい声。

「俺にいちばん似合うのは、お前だろう、晋助」

 ひとつ、瞬いた。そうして、くくっと喉を鳴らす。
 まったく敵わねぇなァと。
 夜明けまではまだ時間がある。もう一度くらいこの熱を絡め合っても咎められはしないだろう。
 晋助は煙管を置き、ズラ子の肩を抱き寄せた。

「お前のそういうトコ、好きだぜズラ子。誕生日、おめでとさん」

 口づけから始まる濃密な時間を、雨の音が包んでいった。