おやすみ

2016/09/12




 ドアを開けた途端、うう、と呻く声が聞こえてくる。俺は慌ててベッドに駆け寄って、様子を確認した。

「熱、また上がったのか? 晋助」

 ベッドにごろりと身を伏せているのは、幼馴染みで、その、……こ、恋人の、高杉晋助だ。
 滅多に風邪なんか引かないのに、一度罹ると重くなる。今朝だって三十九度近い熱を出していて、それでも学校に行こうとしていた晋助を、半ば押し倒すようにベッドに寝かせた。そんなに勉強熱心じゃないだろう、と若干貶すようなことを言ってしまったが、それは事実だ。しょっちゅう寝ているじゃないか。寝る子は育つって言うけど、勉強もちゃんとしろ。
 なんて思い出してる場合じゃない。「お前と一緒にいる時間短くなんのやだ」なんて言われて、嬉しかったことを思い出している場合じゃない。晋助大丈夫かな。

「こ……たろ……?」
「うん、晋助、熱は?」

 ベッドに寝転んだ晋助を見下ろす。晋助が風邪っていう状況じゃなきゃ、いい気分なのにな。だって俺はいつもこうして晋助に見下ろされてばかりなんだ。……ベッドの上で(たまに床の上で)。
 でも今はやっぱりそんなこと考えてる場合じゃない。
 晋助の額に手を当ててみると、まだ熱い。よかった、いやよくないけど、家から持ってきた水枕が役に立ちそうだ。ガロ、と奇妙な音を立てる氷の入った枕を、晋助の頭のすぐ傍に置く。頭が冷えすぎないようにタオルを巻いて、晋助が使っていた枕と交換した。

「大丈夫か? 冷たくない?」
「ん……気持ちいい……」

 触れた指に、晋助が頬をすり寄せてくる。可愛いったらない。晋助は結構甘ったれだ。普段学校じゃ悪ぶってるくせに、俺とふたりきりだと途端にこうなる。

「つか……なんでいんのお前……」
「俺も学校は休んだ。一緒にいる時間が減るのやだって、晋助が言ったんじゃないか」
「いいのかよ、委員長サマが……そういうつもりじゃなかったんだけど……」

 晋助が、息苦しそうにゆくりと呟く。それはまだ熱が高いことを物語っていた。
 そりゃあ学生の本分は多分勉強で、大切なことかもしれないけれど。だけど家にひとりの晋助を置いて学校に行って、授業に集中できるわけがないんだ。たとえ行ったって、校門をくぐる前に帰ってくるよ。意味ない。

「たまにはいいだろう。晋助が、俺に看病されるのやだって言うなら、まぁ……しょうがないけど」
「んなわけねー……」
「そうか、よかった。何か食べられそうか? お粥とか、果物の方がいい? 何か腹に入れないと、薬を飲んでも胃がやられるぞ」

 晋助の家の冷蔵庫、中身はほぼ把握している。作れそうなものはあるが、病人食ともなるとレシピが分からないな。ネットで調べてみよう。

「喉いてぇ……」
「じゃあ、そうめんとか、うどんとか……」

 喉の炎症があるなら、固形物は控えた方がいいだろうか。つるりと入っていくそうめんなら、すぐに作れる。
 んー、と晋助が曖昧に答えてきた。嫌ではなさそうだと判断し、キッチンを借りるぞと少々今さら感のある断りを入れた。
 たまに晋助の家で、一緒にご飯を食べる。隣の俺の家で食べることもあるんだけど、やっぱりその、……ふたりになりたい時があるんだ。だから晋助の家のキッチンはどこに何があるかもちゃんと分かる。
 晋助がどれだけ食べられるか分からないから、少し多めにゆでた。残りは俺が食べればいいんだし。
 早く良くなってくれますように、って思いながらつゆを作って、焼き海苔をパラパラと落とす。お盆に乗せて二階に上がると、晋助は頑張ってベッドの上に体を起こしていた。

「サンキュ、小太郎」
「はやく良くなれよ、晋助」
「そーさな……こんなじゃキスもできやしねェ」

 はあ、とため息を吐く晋助。毎日何度もキスをしていれば、確かに寂しい。俺だって晋助とキスをしたい。

「できるよ、キスくらいなら」

 晋助に、キスをしたい。
 そう思って、ベッドの上に腰をかけた晋助に、口唇を寄せた。

「……うつんだろ」
「うつったら晋助が俺を看病する番だな」

 こつ、と額をあわせれば、やっぱり熱い。うつればいいのに。動くのもつらそうな晋助と、代わってやりたい。でもそれはできそうにないから、祈るくらいしか方法がない。

「あ、海苔入ってる……これ好き」
「梅も入れようかと思ったんだけど、喉を刺激するかもしれないからな。あ、残してもいいぞ、あと俺が食べるから」
「いただきます……」

 晋助はゆっくりと胸の前で手を合わせて箸を持つ。ちゅる、と晋助の口唇に吸い込まれていく白いそうめん。つゆは跳ねることなくまといつき、晋助の中に入っていく。相変わらず、綺麗。
 晋助は学校では授業態度が悪かったり言葉が乱暴だったりするけれど、おおむね可愛くてかっこよくて、びっくりするほど丁寧だ。こうしてご飯を食べる時も、俺に触れる時も。
 最中はそんなこと考える余裕なんかないんだけど、こうしているとなんていうか、ほんとに……愛されてるなあって思う。それと同時に、愛しいなあって気持ちでいっぱいになる。
 たすけてあげたい。つつんであげたい。
 たすけてほしい。つつんでほしい。
 晋助とは、そうありたい。よりかかるだけじゃなくて、支えていたい。そう思うんだ。

「……ごちそうさま……」
「あれ、結構食べたんだな。薬飲んだか? 苦いとか駄々こねるなよ」
「こねてねぇ……」

 晋助は俺が思っていたよりもたくさん食べて、用意してた粉薬もちゃんと飲んでくれた。体中が痛いと言いつつベッドに寝転がるのは、これからまた熱が上がってくるのだろう。

「ゆっくり寝て、晋助。何か欲しいものとかあるか?」

 晋助の肩まで布団を引き上げて、あやすようにぽふぽふ叩く。子供扱いしたつもりはなかったけど、晋助の目がすっと細められた。機嫌を損ねたかなと苦笑して、欲しがりそうなものを上げていく。水分補給の飲料、ヨーグルトやプリン、そういえば晋助はヤクルトが好きだったかな、と。

「あとは、うさぎさんのリンゴとか」
「いらね……」
「晋助」

 熱で弱気になった瞳に、潤いが増している。晋助にしては珍しく、弱々しい声だった。

「そんなん、いらねーから……、……いてくんねえ? ここに……」
「晋助……」

 熱で頬が赤いのか、照れているせいで赤いのか、俺にはどうしても判断がつかなかったけれど、俺の答えはたったひとつ。

「うん、晋助。お前が眠るまで……ううん、眠ったあとも、ちゃんとここにいるから」

 伸ばされた手をそっと握りしめて、安堵したように目を閉じる晋助の頬に、おやすみなさいのキスをした。