プリンときみと。

2016/12/21



 妙な気分だった。夜とはいえ、こうして高杉と二人で歩いているなんて。
 逢ったのは偶然だった。江戸は広いようで狭い。道端でばったりなんて、ないようである。
 そんな風にばったり逢ってしまった高杉に、躊躇いながらも誘いをかけたのは銀時だ。

 神楽がダチんとこ泊まりに行くつって今いないんだよね、と。

 それは事実で、だからこそこうして一人のんびり夜に出歩いたりしているのだ(いつもと変わらないというのはさておいて)。
 うち、来ない? とダメ元で提案したそれに、高杉は何も答えずについてきてくれた。
 良かった、と安堵して、だけどそんなこと口にも顔にも出せやしない。いくら惚れているからといって、高杉相手にそんなことしようものなら、きっと一生からかわれる。ほんとに死ぬまで。
 それでもいいかな、なんて思うくらいには、高杉を想っていたけれど。

「あ、悪ィちょっと寄ってっていい?」

 二人で連れ添い歩く途中、銀時は見慣れたコンビニで立ち止まって指を指す。もともと、買い物に出てきたのだ、目的を忘れては帰れない。

「万事屋行くには逆じやねーかと思ったが、そういうことかい」

 くくっと笑いながら、高杉はくわえていた煙管を外して煙を吐き出す。逆と知りつつついてきてくれたのが、嬉しい。
 ガキみてーな恋しやがってと銀時は心の中で己を叱責し、コンビニに足を踏み入れた。



 高杉は店の外で、銀時が出てくるのを待つ。こういった店には入ったことがないし、正直何が売ってあるのかも分からない。銀時がわざわざ来たところを見るに、彼の好きな甘味が売ってあるのだろうことは、推察できた。
 らしくねぇことしちまったもんだなと、煙を吐き出す。
 逢ったのは本当に偶然だ。立場上江戸のいざこざは探らせているし、それに関わりそうな人物の動向だって把握している。その中に、銀時もいるというだけで、別に逢いたかったからかぶき町を歩いていたわけではない。ツラだって見たくねぇのに、とは思うが、うちに来ないかと言われて心臓が跳ねてしまったあたり、本当に厄介な相手に惚れていると自分でも思う。
 だけどそんなこと知られたくない。知られたら、きっと一生からかわれる。馬鹿じゃねーのと言われるに決まっている。保護者気取りの幼馴染みにも、笑い飛ばされるに違いない。
 それでも、誘われることが嬉しい。
 ガキみてーな恋しやがってと照れくさそうに空を見上げ、煙管をくわえようとしたのだが。途中で手が止まってしまった。
 そういえば、と思い出す。
 思い出してしまうことが、悔しい。憎らしい。
 高杉はちらりと店のドアを見やり、ガラス張りの店内を窺う。銀時はまだ店内を回っているようで、出入り口近くの支払所らしきところには見当たらない。迷って、悩んで、煙管に残っていた灰を落とし袖にしまいこんだ。
 そうして躊躇いながら、店内に足を踏み入れる。どうせ甘味が置いてあるところに銀時はいるのだろうと思うが、どこに甘味が置いてあるのか、こういった店に入ったことのない高杉には分からない。順番を変えればいいのだ。あの背の高い男を探せば、自然、甘味の置いてあるところにたどり着けるだろうと、白いもじゃもじゃを探すのだった。




「あーこれ新しいヤツかー高ぇなぁおい」

 銀時はぶつぶつと独り言を呟きながら、商品を手に取って眺めてみる。美味しそうだが、ちょっと贅沢品だ。これをひとつ買うか、プリン二つにするか、悩みどころである。

「んー、んんー、どーすっかなあ」

 しかしあまり悩んでばかりもいられない。今日はツレを外に待たせているのだ。そうだ、と銀時は商品の棚を視線で越えて、店の外へと目をやる。雑誌コーナーのその向こうには、高杉がいるはずだった。が、見当たらない。
 正直、焦った。
 待ってるのに飽きて帰っちゃったかな、やべぇな買い物とかしてる場合じゃねーなと体を翻しかけたその時、

「これ、甘ぇのか?」
「おあああぁあっ」

 右隣から、知った声がかけられる。心臓が飛び出そうなほど驚いて、思わず飛び退いた。

「びっ……くりさせんな高杉ィ!」
「あぁ? 知るかよ」

 銀時の抗議を気にも留めずに、高杉は目の前の棚に陳列された商品をじっと眺めている。高杉がこんな場所にいるというのも現実味がなくてそわそわしたが、どうも気になって、銀時はそっと訊ねてみた。

「どしたの、高杉。外で待ってるんだと思ったのに」
「……何があんのか、見たかっただけだ」
「ふぅん? なあところでさ、悩んでんだけどね。これ一個買うのとこっち一個買うの、どーしよう?」

 クリームがたっぷり乗ったショートケーキと、いつでも買えそうなプリン。ケーキを買えばプリンが二個買える。どちらも捨てがたいのだ。
 高杉は、甘そうだなとうんざりしてそうな表情で視線をよこしてくる。知るか、とひとつの商品を手に取った。ぐるりと360度パッケージを確かめて、目を瞬いている。いちご味のプリンだ。高杉がそういうものに興味を持つなんて思わなかったと、銀時は不思議そうにその仕草を眺める。いったいどうしたのだろう、やけに機嫌がいいな、とじっと視線をぶつけた。

「……なぁ、これ、あそこで出せばいいのか」
「え? あ、おう……っつか、どしたの高杉、ほんと。買ってくれんの?」

 少しして高杉がレジの方を振り向く。どうもそのプリンを買いたいらしく、方法を訊ねてくる。まったくこれだから買い物もしたことねぇボンボンは、と思ったが、周りがそうさせてしまったのだろうと考えれば、仕方がない気もした。

「誰がてめーなんかに」

 俺が食うんだよと、高杉はレジへ向かって行ってしまう。銀時は心の底から驚いた。
 高杉が、よりによって高杉が、プリン。コンビニでプリン。鬼兵隊の連中が見たら泣いてしまうのではないかと思うほど、衝撃的なできごとだ。銀時は慌てて、ショートケーキとビールだけ持って高杉を追った。
 高杉は、レジでちゃんと袖から財布を取り出して、表示された金額を支払っている。自分で食べるというのは本当らしく、スプーンおつけしますかと訊ねられて、ああと頷いていた。プリンを入れてもらった袋を提げて、銀時を待つでもなく店を出て行ってしまう。銀時はぽかんとその背中を見送りながら、レジに商品を差し出す。

「ね、今のヤツ変なことなかった? ダイジョブ? 何もされなかった?」

 レジ打ちの女の子はとても可愛らしい。そんな娘さんがこんな時間にアルバイトは危ないよと言ってやりたいが、多分自分の方こそ不審者になってしまう。

「は? 特に何も言われてませんよ。普通に買っていかれましたけど」
「あそー、ならいいけど」

 そうして銀時もなけなしのお金を払い、高杉を追いかけた。

「なぁ高杉、何かあった? 変じゃね? 今日のお前」
「うるせーな、俺がこの……なんだ、プリン? とやらを食ったらいけねーのかい」

 万事屋に向かって二人で歩きながら、銀時は高杉に訊ねかける。普段と違う高杉を不審に思うのは、どうしようもないことだった。

「いけなくはねーけど、俺初めて見た……」
「いけなくないなら黙ってろ」

 ふいとそっぽを向かれて、銀時は口を尖らせる。どういう心境の変化なのか訊ねているのに、とりつく島もない。機嫌がいいのか悪いのか、どっちかにしてくんねーかなと、高杉の隣でため息をついた。



 そうして会話のひとつもないまま万事屋にたどり着く。誘ったの失敗だったかなあと思いつつも、ちゃんとついてきてくれた高杉を招きいれた。

「散らかってんな」
「いーだろどーせ俺と神楽しか住んでねーんだから」
「二人しか住んでなくて、なんでこんなに散らかるんだよ……」

 そっちの方が不思議だと、高杉が息を吐く。たまに依頼人がくる方は一応それなりに片付けてはいる。ジャンプやジャンプやジャンプが机に山積みなことくらいは勘弁してほしい。
 適当に座ってて、と寝室にしている方の部屋に通し、棚からつまみになりそうなものを引っ張り出してくる。アイツがビールなんか飲むかねと思いつつ、缶を二本と皿を携えて戻った。

「飲む?」
「いや……ビールはいい」
「あそー。じゃあ二本とも俺がもらうわ」

 そう言って皿を渡してやると、高杉は不思議そうに首を傾げた。ああそうか、と銀時は悟って、高杉の前に置かれたプリンを指さしてやる。

「それ、出すでしょ、プチンて、ほら」
「……プチン?」
「そうそう、や、別に出さなくても食えるけどさぁ、なんかこう、見た目的に」

 可愛いっていうか。
 最後の部分は口には出せなかった。そうした方が可愛い高杉になるかななんて一瞬でも思ったことを、知られたくない。だけど実際、カップを持ってかき込むよりも、きちんと皿に出してスプーンで綺麗にすくって食べる方が、らしいかなとも思うのだ。
 なにせボンボンだから、と自分自身に言い訳をして、戸惑った風な高杉からプリンのカップを取り上げて、フタを開け、逆さまに皿にあてる。

「これ、ここな、ツメあんじゃん。これ折るとさ、中に空気入って、カップから綺麗に出んの」
「……折っていいのか?」

 ん、と顎で返事してやると、高杉は綺麗な指でカップの底についたツメを折った。銀時の言ったように、折れたツメの部分から空気が入り込み、中身だけがストンと落ちていく。カップを持ち上げれば、ぷるんと美味しそうにプリンが揺れた。

「な、美味そうじゃん」
「……てめェがそういうの気にするタチとは思えねーけどな。まぁ……悪くねーよ。確かに、視覚の情報は大事だ」

 たとえ片方しかなくても、と高杉は笑う。そうして店で渡されたプラスチックのスプーンを持ち上げ、ぷるぷると揺れるプリンをすくい口へと運んだ。
 高杉の指先がスプーンを握るのを、手が持ち上がっていくのを、口唇が開くのを、その中にプリンが吸い込まれていくのを、銀時はちびちびtビールを飲みながらじっと眺める。

 ――――やっぱきれーな食い方すんだよなあ……。

 高杉とこうして何かを食べる席をともにしたことは、あまりない。攘夷戦争の時代は、交代で食べたりしていたせいだろうか。だけどそれでも、記憶に残る高杉の所作は、いつでも綺麗だった。
 自分ではこうはいかないだろうなと思うのだ。甘いものなんて大好物で、いかに綺麗に食べるかよりは、いかにその幸せを長引かせて食べるかの方が重要である。高杉とて、綺麗に食べようとしてのことではないのだろう。小さな頃に身についたものだと思う。その違いはもう、どうしようもない。
 同じようでいて、違うところがたくさんある。
 だからこそ、高杉晋助という男に惹かれるのだろう。
 どうもプリンが気に入ったようで、もくもくと口に運んでいる様子が面白くて、せっかく買ってきたケーキにさえ目がいかないほどに。

「……なに見てンだよ」
「やー、美味そうだなーと思って」
「やらねーぞ」

 口の端を上げた銀時に目を細めて、高杉はプリンの乗った皿を遠ざける。それを見て、銀時はまた笑ってしまった。

「いやいや、そっちじゃなくてさ……」
「あ?」

 不審そうに眉を寄せた高杉の口唇に、自分のそれで触れる。油断していた口唇をこじ開けて、舌先を滑り込ませた。一瞬強張った感触が伝わってきたけれど、すぐに出逢う舌を絡め、どさくさに紛れて肩を抱き、引き寄せて押しつける。

 ――――ほらやっぱ、美味い。

 口唇の間に隙間がなくなり、鼻から息が漏れていく。それが耳に心地よくて、舌を吸い上げれば、軽く歯を立てられた。大人しくしてねーヤツだなとゆっくり口唇を離せば、濡れた口唇を指先で拭われる。ほんの少し傷つく気持ちと、煽ってんのかねという腹立たしさが混ざっていった。

「がっつくんじゃねーよ、阿呆が」
「んだコラ。てめーだって良さそうだったじゃねーかよ」
「そりゃてめーだろ」
「あ、それは否定しません。美味かったですゴチソーサマー」

 プリンの甘い味がした、とつけ加えると、高杉は目を瞬いて、どうしてか安堵したように息を吐いた。銀時はそれが気になって、ない頭で考え込む。もしかして、わざとなのだろうかと思って、まさかねぇと笑いながらも訊ねてみた。

「ね、お前もしかして、わざとプリン食べてくれた?」

 銀時が甘い物を好きなことは、誰でも知っている。いい歳をした男が、と言われそうではあるが、好きなものに男も女も、年齢も関係ないと、隠しもしないその嗜好。
 高杉は面白くなさそうに目を細め、低く呟いた。

「てめーが言ったんだろうが。俺と……する時、血の味がするって」
「え」

 声が詰まる。目を瞬いて、記憶をたぐり寄せる。そういえば言った気がする、というくらいの記憶ではあるが、高杉の中にはずっと残っていたのだろう。

「え、あれ、あのさ、もしかして、気にしてた……?」

 高杉の頬が、分かり易くカッと染まる。気にしていたのが馬鹿みたいじゃないかと、気を悪くしたのか。銀時は慌てて弁解を試みた。

「や、ちが、あの、なんつーかアレじゃん、オメーが俺の言ったこと気にするとか思わねーじゃん! つかなに可愛いことしてんの!? 反則じゃねそれ!」

 責めたわけでもなかったのに、自分の言ったことを気にして、わざわざ甘いものを食べてからのキスなんて、可愛いにもほどがある。それでがっつっくなというのは、無茶な話だ。

「別に気にしてたわけじゃねぇ、こっちだって好き勝手暴れ回るタチなんでなァ。血のにおいなんざ染みついてんだろうよ」

 ふいとそっぽを向いて、高杉は自分の失態を煙に巻こうとしている。が、今さら無駄なことだ。

「ただ、てめーとそういうことする時にまで、……言われんのは、好かねぇ」

 無理だ、と銀時は思った。

 ――――気にしてんじゃん、めっちゃ気にしてんじゃん、なにこれ可愛いんだけどどうしたらいいのかなアアアァァ!?

 素直じゃないのか素直なのか、どっちかにしてほしい、と項垂れる。これだからボンボンは、と関係のないことにまで八つ当たりをしながら、高杉の手からスプーンを取り上げた。

「おい、てめー何して」
「高杉ィ、もっと甘ぇの、しようや」

 スプーンですくい上げたプリンを自分の口の中へと放り込み、口唇をふさぎにかかる。それと同じ速度で畳の上に押し倒して、中のプリンを分け合った。甘い甘い、プリンを。