雨音

2016/06/13




 ぱたたたた、と雨が屋根を叩く音がする。
 またひどくなったなと耳を澄まし、ため息をついて寝転んだまま煙草盆を引き寄せる。
 いつもならここで、吸うのは百歩譲って許可してやるが寝たままでは危ないだろうと、小言が飛んできやがる。
 ……が、今日はそんな気力もねェらしい。
 くくっ、そりゃあな、あんだけしてやりゃあ意識も飛んじまうか。
 そう思って、隣に横たわる男を眺めてみた。別にこいつに言われたことを気にしてるわけじゃねぇが、持ち上げかけた煙管は煙草盆に戻しておいてやる。刻み煙草を詰めるより、こいつの顔見てる方が楽しいしなァ。
 最初はな、こいつも抵抗みてぇなもんをする。
 俺の手を退かそうとするとか、顔を背けるとか、そういう些細なもんだが。俺がそんな仕草もおもしろがってることを、多分知っていてだ。

 まったく飽きねぇよ、桂、お前さんは。

 いやだと言いながらも結局は俺を受け入れて引き込んで、誘って、煽って、よすぎてたまらないって顔しながら俺の名を呼ぶ。背中に立てられる爪のせいで、小さな傷がいくつもできるんだが……まぁそこはいいさ。
 桂、と呼んでやると、くすぐったそうに身をよじって、ん、と返事をする。
 ヅラ、と呼んでやれば、耳元の声が熱を誘発するのか、俺を締めつけてくる。
 そんな風にされて、抑制が利くわけもねぇんだ。

「……まァ今日はな、少しばかり……無茶をさせたかもしれねぇなぁ……」

 何しろこの雨の音で、桂のイイ声があまり聞こえなかったのだ。
 物足りなくて、聞こうとして、何度も何度も、体を揺さぶった。もう無理だって言うこいつを押さえつけて、足を開かせて、何度も突き上げた。
 俺の名を呼びながらイッちまった桂にようやく満足して、離してやれたのがつい半刻ほど前だ。
 その間にも雨は降り続けていて、自分の吐息の音さえ聞こえない。桂の寝息も聞こえない。身を寄せればどうにか感じられる、といったところだ。

 こんな雨、早く止めばいい。桂の声をこの距離で聞きてぇんだ。高杉、となだめるような甘やかすようなその声を。
 この距離で俺の声を聞いてもらいてぇ。桂、とお前を呼ぶ声の温度を知らしめたい。

「なァ、ヅラ」

 桂の目蓋が、そっと開く。聞こえたわけではないのだろう。眠そうな目をこすって、なんだと訊ねてくる。

「なんでもねーよ。寝てな」

 言って、髪を撫でる。聞こえてなくてもいい、撫でる手のひらで伝わればそれでいい。
 早く止めばいい。


 こんな雨じゃ、愛しているも聞こえやしねぇ。









 雨の音が聞こえる。昨日からの雨は、まだ止んでいないらしかった。
 そっと目蓋を持ち上げれば、目の前ですぅすぅと寝息を立てる男。
 まだいたのか、と思うが、この雨では仕方ないだろうな。何しろひどい降りだ。相手の寝息どころか、自分の吐息さえ聞こえてこないほどなのだから。
 しかし体が重い。昨日からの雨と同じくらい、激しく熱を交わらせた。無理だと言ったのに、高杉は聞きやしなかったのだ。
 思い出すと顔が火照る。

 まだだ、と偉そうに呟くその声は、雨の音に邪魔されないようにと思ってか、耳のすぐ傍で聞こえた。
 その距離と声が妙に嬉しくて、無理だと思う反面もっとずっと長く繋がっていたくて、浅ましいと感じながらも高杉を抱き寄せて足を開き、受け入れて引き込んだのだ。
 何度も何度も揺さぶられて、悔しいから締めつけてやって、でもさらなる反撃に遭うだけだった。昨日は何があんなに、高杉を興奮させていたのだろう? こんなに寝入ってしまうほど。

 ぱたたたたた、と屋根を叩く雨の音。こんな轟音ともいえる音が響く中で、よくもこう無防備に寝ていられるものだ。
 だが、こんな雨は嫌いじゃない。
 いくら声を上げても他人に聞かれることはないし、どうかすれば高杉にさえ届かないのではないだろうか。
 ああ、そうか。だから昨日は、あんなに近かったのだな。
 どうも俺のそういう声が好きらしいこの破廉恥な男が、より近くで聞こうと体を密着させてくるのが、実は嬉しかったりする。

「なぁ、高杉……」

 俺の声はお前を高ぶらせることができただろうか?
 そう思って、隣で眠る男の髪を撫でてみる。起きないようにと思う気持ちと、起きて構ってほしいと思う心をごちゃ混ぜにしながら、その髪に口づけた。

「なんだいヅラ……珍しいことしやがるじゃねぇか……あれだけしといて、足りないってぇんじゃあるめーな」

 起こしてしまったのか、起きていたのか、高杉の腕が腰に絡んでくる。足りないのはどっちだこの馬鹿め。
 雨のせいで近い距離。寝起きの少しかすれた声。どこか子供っぽい仕草で鼻先が触れ合って、口唇が重なる。

「足りないわけではないが、腹一杯とも言い切れん」
「くくっ、腹八分目にしときゃいいのになァ」

 腰を引き寄せられ、高杉をまたぐ。触れる素肌は、まだしっとりと汗ばんでいた。

 雨音のせいで近くなる距離、耳の傍の呼吸と温度、咎められない声で誘い、煽られる。
 何よりも、いつも朝が来る前に姿を消している高杉が、雨宿りとでも言わんばかりにまだ傍にいる。

「高杉……」

 嬉しい。
 もっと長く、もっと傍で、この声を聞いてほしい。

「愛しているぞ」


 こんな雨は嫌いじゃない。
 すべての音がかき消され、お前の他に、絶対誰にも聞こえない――。