空に、花を

2016/8/10 高杉晋助生誕祭




 帯を結んでもらい、最後に衿を整えてもらった。

「お、おかしくない、かな?」
「はいはい大丈夫よ。胸とか苦しくない?」

 訊ねてきた母親に、うん大丈夫と答えて、姿見の前に立つ。そこに映っているのが自分だとは思えずに首を傾げるのに、どうしてか違和感はない。桂は巻かれた帯を見直して、ふふ、と笑った。

「じゃあ、行ってくる。あ、……あの、もしかしたら遅くなるかもしれないから、先に寝てていいよ」
「どうせなら泊まってきたらいいのに。どうせお隣でしょ?」
「え、あ、うん、そうなんだけど……じゃあ、そうする」

 行ってきますと玄関で下駄を履き、背けた顔を赤らめた。もしかして、気づいているのだろうかと。いや、違うはずだ。お隣さんの「幼馴染み」とは、家族ぐるみでつきあってきたし、幼馴染みが両親の海外転勤についていかず日本に残ってからも、たびたびお泊まりしてきたのだから。
 まさか。

「晋助、遅くなってごめん」

 まさかお隣さんの幼馴染みと、恋人同士だなんて、気づいてはいない、はずだ。
「わ、晋助、カッコイイな。浴衣似合う」
「おっせーよ、かつ、……ら」

 幼馴染みの名は高杉晋助。同い年の高校男子。
 その高杉が、玄関の前で桂を振り向き、目を見開き言葉を失ったようだった。
 それもそのはずだ、桂の今日の装いは、とても高杉と同じ高校男子とは思えないものだったのだから。

「か、桂……なにその格好」
「やっぱりおかしいかな? 母さんに着せてもらったんだけど、こういうの初めてだし」

 今日は花火大会だ、せっかくだし夏らしく浴衣で、とお互いに和の装いをしよう。そう言ったのは桂で、頷いたのは高杉。高杉は薄い灰色の浴衣をちゃんと着付けて桂を待っていたのだが、今目の前に現れた桂は。

「いや、おかしかねェけど、なんで……女物」

 高杉とは違い、桂は女物の浴衣で可愛らしく装っていた。青色の生地の、胸元と裾にちりばめられた撫子は、黄色の帯をよく映えさせていて、華美でもなければ地味でもない。おまけに、いつもは下ろしている長い髪をアップスタイルにしており、花の髪飾りからは匂いさえしそうなほどだった。

「あ、あの……こ、これならその……晋助と手をつないで歩けるかなって思って。晋助、こういうの嫌か? 嫌なら、着替えて」
「馬鹿、嫌じゃねーよ。そんな可愛いこと言われて、嫌とか言えるわけねーだろ。ちょっとびっくりしただけ、全然予想してなかったから」

 やっぱり男がこんなモノ着ても駄目かなと苦笑した桂に、高杉は慌てて弁解する。驚いたのは事実だが、手をつないで歩きたいと言われて、嫌だと言えるわけもない。異常なほど似合っていないのならそれも考えたかもしれないが、桂にその装いは、異常なほどよく似合っているのだ。

「すっげェ可愛い、桂」
「そうか? ありがとう。晋助、改めて……誕生日おめでとう」

 褒められて、桂は頬を染める。余計な化粧などせずとも、その頬の色が充分桂を際立たせる。それを見て、祝いの言葉をもらって、高杉も嬉しそうに口の端を上げた。
 そう、今日は花火大会で、それ以前に高杉の誕生日。桂の誕生日をサプライズで祝ってくれた高杉に、こちらもサプライズで返したかった桂の作戦は、どうやら成功したらしい。

「サンキュ。じゃあ、ほら、行こうぜ」

 高杉は少し照れくさそうに桂に手を差し出した。桂も手を差し出して、それに重ね合わせる。指を絡めて、一緒に歩き出した。
 外で、こんなに堂々と手をつないで歩くのは、実は初めてだ。男同士という後ろめたさがどうしても根底にあって、周りの目は気にかかる。
 だけど今日は、女の装いをした桂と、男の装いをした高杉だ。桂の美貌も手伝って、普通に男女の恋人同士に見える。手をつないでいても、誰も不思議に思わない。

「なあ、それおばさんに着付けてもらったのか?」
「うん、だって俺女の子の浴衣なんて自分じゃ着られないよ。晋助との勝負に負けて罰ゲームなんだって言ったら、笑ってたけど」

 バレてんじゃねーのそれ、とは、高杉は口にはしなかった。親というものは、自分たちが思っているよりずっと子供のことを見ているものだ。
 だけど気づいているにしても、特に何も言われていない。こんなに可愛く仕上げてくれたとこを見るに、もし気づいているのなら、歓迎の意なのかもしれないと、都合のいいように解釈した。

「でも、なんでだろうな。俺、こういう格好するの初めてのはずなのに、なんかしっくりくるっていうか……ずっと前にも、あったような気がして」
「ふぅん……? まあ何にしろ、気分いいよな」
「何が?」
「前から綺麗だし可愛いとは思ってたけど、こんなに美人だとは思ってなかったからさ。気づいてねーの桂、いつもより周りからの視線が多いの」
「えっ、なっ……」

 惜しげのない賛辞に、ボッと頬が赤らむ。
 高杉がこんな風に口にしてくるのは珍しくて、桂もどう反応したらいいのか分からない。気分がいい、と言う通りに、高杉の様子はご機嫌に見える。そんな高杉を見るのに一生懸命で、高杉しか目に入っていなくて、他の視線なんて気に留めていない。

「浴衣見てるにしてもお前を見てるにしても、悪意のあるもんじゃねェ。俺の大事なヤツを褒められて、悪い気なんかしねーさ」
「…………晋助、も、もう、いい……あの、照れくさい、それ」

 高杉は自覚をして言っているのか、そうでないのか。つまりは桂が大好きだと言っているだけなのだ。桂は嬉しくて恥ずかしくて照れくさくて、俯いてしまう。高杉の誕生日を祝おうと思っているのに、桂の方こそプレゼントをもらってしまった気分だった。

「な、なあ晋助、今日は俺のオゴリだから、あの、ほしいの言ってくれたら」
「ん? ああ、じゃ、お言葉に甘えるとするかねェ」

 そうして花火大会の会場につくと、もう人、人、人、人だらけ。花火を見るのにいい場所なんかはもう家族連れだの恋人同士だので埋まっている。
 もう少し早く来られればよかったなと思うけれど、まだ暑いこんな中でただ場所取りをして待つなんてごめんだ。花火を今か今かと待っている人々のおかげで、屋台の方は空いている。

「かき氷食いてェな。ブドウがいい」
「えっ、ブドウなんてあるのか? 俺はやっぱりいちごだなぁ……ミルクかけてもらおう」

 二人でかき氷の店まで歩き、お互いに一つずつ。桂がステファンモチーフの財布を取り出すのを、高杉はやっぱり呆れた顔で眺めていた。
 しゃりしゃりと音を立てて削られていく氷。シロップがかけられると、もとは同じ氷なのにそれぞれがまるで別物みたいに見える。

「はい晋助」
「サンキュ」

 高杉はブドウ味の紫、桂はいちごとミルクのピンク色。並べられたいくつものテーブルと椅子、運良く空いていた隅っこに並んで腰をかけて、夏の夜にぴったりのかき氷を口に運んだ。

「かき氷って、家でも作れるのに、なんでこういうとこの方が美味しく思えるんだろう」
「雰囲気ってヤツじゃねーの。焼きそばとかお好み焼きとか、絶対家で作った方が安く済むのに。あと」
「あと?」
「好きなヤツと一緒だと、さらにうめェ」

 嬉しそうに笑う高杉を目にして、桂の頬が赤く染まる。これでもう、何度目だろうか。普段と違う装いというのは、相手に惚れ直すだけではないようだ。自分自身も、驚くほどに素直になれるらしい。

「桂、それ一口ちょーだい」
「え、あ、うん」

 はい、とカップごと差し出すと、違ぇ、と不機嫌そうに返ってくる。桂は首を傾げた。いちごミルクのかき氷を一口、ということではなかったのだろうか?

「食わせてって言ってんの」
「はぁっ? えっ、く、食わせ……って、あの、えっと」

 つまり、桂がすくって高杉の口へと運んでやるということだ。
 桂はきょろきょろと辺りを見渡す。二人きりの時ならまだしも、周りにたくさん人がいるのに、そんなことをするのは恥ずかしい。

「かーつーら、俺の誕生日なんだから、これくらい聞けよ」
「う……」

 それを持ち出すのはずるい、と高杉を睨んでみるも、効力のかけらもない。楽しそうな顔をして待機しているだけだ。
 どうあっても折れるつもりはないようで、桂は困った顔をしながらも、いちごのシロップと練乳がたっぷりかかった部分をすくい上げた。こぼれないように高杉の口許へ持っていくと、彼はそっと目を伏せて食らいつく。

「あっま……」

 予想以上に甘かったのか、驚きとも嘆きともとれる声が漏れた。そんなに甘いかな、と桂は同じ匙で食べてみて、間接キスだなあなんて考えて視線を泳がせる。今さらそんなもので動揺する間柄でもないのにだ。

「こっちも食う?」
「あ、食べたい」
「ん」

 高杉の手元にあるブドウ味のかき氷。食べたことがなくて、桂は一も二もなく頷いたけれど、そうして高杉が差し出してきたのは、すでにすくわれたかき氷。先ほど桂が高杉にしてやったのと同じ動作だ。
 意図は分かるが恥ずかしい。恥ずかしいが、高杉は手を引っ込める気もないらしい。一秒だけ迷って、桂は身を乗り出した。

「つめた……」

 口の中に、冷たい氷の感触とブドウの甘み。いやブドウというかシロップというか、ブドウと言われればブドウのような、だいぶごまかされた味だな。そんなことを考えていたら、油断した。

 口唇に触れてくる、柔らかなもの。

「しっ、晋助ッ」
「悪い、可愛かったからつい」

 桂は、その感触に思わず体を引く。それは紛れもなく高杉の口唇で、屋外では感じたことのないものだ。こんなとこで、と腕を叩くけれど、高杉はあまり反省もしていない様子。

「いいだろキスくらい。今日は、さ。そンな可愛い格好して可愛い顔してるてめーが悪い」

 よほど桂が女装までしてくれたことが嬉しいらしく、上機嫌で髪飾りをちょいちょいといじる。飾りについた小さな鈴がちりちりと音を立てた。その音が耳にくすぐったくて、桂は身を竦める。

「ホント、嬉しかったんだぜ、これ。こんなんまで着て俺の誕生日祝ってくれんの、考えてもみなかった」
「晋助……」
「だから今日くらい、外でいちゃいちゃさせろよ」

 肩を抱き寄せられるけど、今度は驚きもしないし、押しやることもしない。周りの人たちには申し訳ないけれど、今日だけは許してほしい、と桂はゆっくり目を閉じた。


「愛してるぜ桂」


 口唇が触れる直前、聞こえた愛の囁き。
 え、と思う間に触れ合って、三秒経って離れてく。桂はゆっくりと目を開けて、目の前の恋人を映した。

「し、晋助、今……」

 今、なんと言ってくれたのだろうか。聞こえなかったわけではない。恋人になって初めての言葉に、どう反応していいのか分からないのだ。

「なァ、お前は……?」

 鼻先をこすり合わせ、高杉が優しい声で訊ねてくる。桂はもちろん高杉と同じ気持ちだ。そうでなければ、こんな装いまでして祝ったりしない。
 高杉が好き。大好き。言葉では表せないくらい、高杉が大切。
 桂は、ゆっくりと口を開いた。

「晋助、俺も――」

 その大事な言葉を言おうとしたその瞬間、ドォンと空で大きな音。広がる光。周りから上がる歓声。桂も高杉も、思わずそれを見上げてしまった。空に咲く、豪快な花火を。

「わ、ぁ……」
「すげェな」

 立て続けに響く音と、重なり合いながら咲いていく花火。夏の夜空にふさわしい、光の花だ。

「すごい、すごい晋助っ、綺麗だな!」
「あー、すげーしか出てこねぇ」

 体の奥底まで響く音に、気分が高揚する。祭り囃子のようにも聞こえて、胸が躍る。誰もが笑顔になるその花で、高杉の誕生日を祝えたことが嬉しい。

「誕生日に、お前と一緒に見られて嬉しい、俺今すっげー幸せ」
「晋助……」

 いつもと違う装いで、手をつないでキスをして、初めての言葉をもらった。
 光の花を見上げる高杉の隣で、桂はトクトクと心臓を鳴らす。
 彼にも初めての言葉をあげたい。だけどこんなところじゃ、とてもじゃないが聞こえやしない。桂は高杉のぴっとり身を寄せて、耳元で囁いた。

「なぁ晋助、俺の気持ちはあとでたっぷり言わせてもらうよ」

 ベッドの中で、と暑い吐息を吹きかけて、頬にちゅっとキスをする。驚いた高杉の顔を楽しげに眺めて、桂は空を見上げ直した。



 あの花が咲き終わったら、手をつないで一緒に帰ろう。