月に、花を ■ 2 ■

2016/8/10 高杉晋助生誕祭




 色茶屋の一室で、湿った吐息が繰り返される。緩んだ帯と衿と、重なる手のひら。高杉の指先が肌を滑るたび、桂が小さく声を上げた。
 並べられた枕など倒れて転がり、役割をなしていない。申し訳程度に飾られた花も、愛でる暇などない。生けた花を愛でるより、目の前で息づく花を愛でる方がよほど重大で、重要だ。
「あ……」
 高杉の口唇が、頬を、顎を通って喉を滑る。ちゅうと音を立てて吸われ、ほんの少し痛みを感じる。これは痕がついただろうなと思うが、桂は諦めて、空いた手で高杉の衿を落とした。高杉がするのと同じように口唇を寄せ、体温を感じ情欲にしめった肌を舐める。喉を、肩を、鎖骨を、腕を……と順にたどっていけば、左の腕に乾いた血が残っていた。
「……傷……」
「大したこたぁねぇ……」
「それは見れば分かるが……貴様、こんな日にまで何をしておったのだ……」
 斬られたらしい傷は浅いようだが、いったい誰とやりあってきたのやら。桂はふとため息をつき、生まれた日くらい大人しく過ごしていられなかったのかとその血を舐め取る。
「……まずい」
「くく、ひでぇな、俺の一部だろ」
「貴様のすべてを愛せとでも? 冗談もほどほどにしておけよ」
「俺ぁいつだって真面目だろうが」
 鼻先が触れ合う位置でそんなことを囁き合いながら、熱い吐息を分け合う。重なっていく口唇を止める気はお互いになくて、体の間に隙間がなくなった。
「ん、んっ……」
 背中に回った手に、衿を引き下ろされる。肩を落ちた着物が腕で留まるのが鬱陶しくて、桂は袖から両腕を抜いた。そうしてその腕で、高杉の体を抱きしめる。胸を撫でる手のひらにのけぞるせいで、体が離れてしまわないように。
「んん……ん、む……んぁ」
 胸の突起をつままれて、びくりと体が揺れる。何度も重ねてきた体なのに、いまだに高杉の愛撫に初心な反応を返してしまう。高杉はそれが気に入っているらしく、ことさらそこを責め立ててくるのだ。
「……高杉……っ」
 抗議するように口唇を顔ごと背けても、気を悪くするでなく耳元で笑う声がする。
「あ、あ……っ」
 こね回されれば腰が揺れ、ひねられれば声が突いて出てくる。浅ましいと理解しているのに、高杉が相手ではどうにもごまかしようがなくなる。高杉の指先に、手のひらに、声にさえ反応するようにされてしまったのだから。
「桂……」
 それに加えて、今日はなんだか機嫌がいいらしく、声が甘ったるく、優しい。体中の熱が上がってしまう。
「……高杉、焦らすな……」
 体の状態などよく分かっているだろうに、高杉はそれには触れてこない。ねだるのを待っているのだろう。桂は、普段であればそんなことしてやるつもりもなかったが、今回は高杉の望むままにしてやりたいと思う。日付を越えてしまった今、生まれた日とは言えずとも、こうしてともに過ごせることを幸福に思う。
 桂は両腕を高杉に向かって伸ばし、抱き寄せて口づける。
「逢いたかったんだ……これ以上、待たせるな」
 文を待って、待って、結局来なかったそれの代わりに、高杉を求める。
 高杉はその一言一句を聞き逃さないようにと思ってか、吐息のひとつも挟まない。
「もう過ぎてしまったが、……誕生日、おめでとう、高杉」
 そうしてその一言が終わってから、片方しかない目を閉じる。満足そうに、口の端を上げて。
「まったく、面白ぇなぁお前さんは。普通は、俺の欲しいもんをくれるんじゃねーのかい。それを、欲しい、ってなぁ……」
 喉を鳴らして笑いながら、充分乱れた着物をさらに開き、桂の足に触れる。ゆっくりと撫で上げて、桂の望んだそこにようやく到達した。
「あ……」
 桂は待ち望んだ感覚にのけぞる。吐息に色がつくのが、足が揺れるのが、声が上がるのが楽しいらしく、高杉は今まで焦らしたのが嘘のように、責め立ててくる。
「あ、高、杉っ……おい、こんなっ……馬鹿……!」
「欲しいって言ったのはてめェだろ、ヅラ。何が不満だい」
「ヅラじゃない、桂だっ……少し、加減を……っ」
「するか、馬ァ鹿……」
「高杉……っ」
 桂の息が上がる。声が高くなる。しがみつく腕の強さが増して、高杉が楽しそうに口の端を上げた。
「たかすぎ、た、の……む、もうっ……」
「なんだいお前さん、早ぇんじゃねーのか」
「はやく、ないっ……頼む、高杉……も、……イか、せて……くれ……っ」
 息も絶え絶えに訴える桂に、高杉は口づけて訊ねる。逢っていなかった間、自分で慰めることもしなかったのかと。桂は潤んだ瞳で高杉を見やり、気まずそうに目を逸らし、そして頷いた。
「我慢すんのはよくねーぜ、ヅラァ……」
「んぁっ……!」
 高杉の指が入り込んでくる。びくりと背をしならせ、桂は小さく首を振った。
「あ、あ……っ、っ……そ、んな、こと、したらっ……」
「したら……? 別におかしなことじゃねーのになぁ……」
 桂は、名かをかき回してかき乱してくる指に震え、歯を食いしばる。性的な欲求は誰にでもあるもんさ、となだめるようにこめかみに口づける高杉だったが、
「……逢いたく、なるだろうがっ……」
 悔しそうに呟いた桂に、片目を瞠った。
「じ、自分でしたって……お前のことしか思い出さないのに、そんなの……耐えられるわけなかろう……っ」
 いつだって傍にいられる相手じゃない。いてもらえる相手じゃない。それは分かっている。分かった上で想っている。桂は、あふれ出してしまった想いが涙に変わっていくのを止められずに、何度も何度も目尻を撫でる。
「もうお前の……気まぐれでしか、逢えんのに……っ」
 愚痴をこぼす気はなかった。だけど、自分が思っているよりももっと、逢いたかったのだとここで初めて自覚する。
「……桂」
 見られたくなくて目を覆っていた腕を取られる。そのあとすぐに、涙を拭っていく、温かな舌の感触。何が起こったのか把握する暇もなく、口唇がふさがれた。
「ん、ん……?」
 ゆっくりとした、優しい口づけ。舌を持っていかれて、じぃんとしびれを感じるほどに吸われる。はぁ、と吐いた息をそのまま飲み込むようにまたふさがれて、それとほぼ同時に、高杉のモノが入り込んできた。
「んんっ!!」
 圧迫感に声を上げたいのに、ふさがれた口唇では呻くのがせいぜいだ。入り込んでくる律動で口唇がズレても、すぐに探し当ててくる。高杉、と名を呼ぶ暇もなく、何度も、何度も、えぐられた。
「ん、ん……んぐ……ぅ」
 自身を埋め終わって満足したかのように、ようやく高杉が口唇を離してくれるも、抗議する気力はもはや残っていない。自分の体内で息づくそれの存在に意識を全部持っていかれる。
「ん、あ……は」
「……っふ」
 高杉の吐息が口唇にかかって、桂は目蓋を持ち上げた。きつく目を閉じて、歯を食いしばり、頬を上気させた男がそこにいる。
 カッと、自分の熱が上がったのを、桂は自覚した。
「高杉……」
「ン……悪い、無茶、させた……」
 はあ、と息を吐き、珍しく優しい言葉がかけられる。それでまた、体の中の何かが、反応してしまった。
「あ……っ」
「おい……締めンな……」
 熱い吐息が混じり合う。胸と胸が合わさって、間で互いの汗がはじけた。
「ん、ん……っ」
「……くくっ、とろけそうな顔してんな、ヅラ……そんなにイイのかい……」
 ゆっくりと腰を引かれ、足が踊る。ぎりぎりまで引き抜かれるその感覚が心許なくて、腰を揺らして押しつける。浅ましい、と分かっているのに、もうどうしても止められない。桂は、それでもためらいがちに頷いて、小さく、呟いた。
「お、お前が……よさそう……だったから……っ」
 あまり意識したことのなかったそれを目の当たりにして、逢えなかった間の寂しさも全部あふれてしまって、そんな状態で高杉を求めない道があるなら教えてほしい。
「あぁ、イイぜヅラ……てめーにしちゃあ珍しく……かわいいこと、言いやがるしな……っ」
「あ……ッ!」
 高杉が突き進んでくる。思わずのけぞって、高い声を上げた。
 かわいいことなんか言ってない、と抗議したいけれど、上手く言葉が紡げない。嬉しくて音がつなげられない。
 体が揺れる。腰を、肩を抱かれ、肌と肌が密着する。ふっと目を開けたら、すぐ至近距離で視線が重なった。
「たかすぎ……」
 少しだけ首を傾げて、口づけをねだる。濡れた口唇が降ってきて、体全部で触れ合った。
 機嫌のいい高杉に何度も何度も体を揺さぶられ、声が嗄れてしまいそうなほど声を上げて、布団の上に手足を投げ出したのは、空が白み始める頃。二人分の羽織を体に掛けて、疲れた体を癒やす。やがて桂の寝息が聞こえる頃、高杉はゆっくりと体を起こした。
「……ンなことしに来たんじゃねぇんだがな……」
 ぼそり、小さく呟く。
 元は、これからの計画に邪魔な連中を排除しにきただけだった。自身の生まれた日なぞそれに比べたら小さなことで、祝ってもらうつもりもなかった。
 それでもこうして逢ってしまえば、「逢いたかった」のだと自覚してしまう。それがどうにも女々しくて、好きじゃない。
 今年は文も出さなかった。待っているとも思っていなかったし、あんな風にしがみつかれたのも初めてだった。
「なァ、てめェだけが俺をそうやって、壊してくんだぜ、ヅラ……」
 他の誰にも、こんなことは思わない。逢いたかったと言われて浮かれてなんてしまえない。名を呼ばれることがうれしいなんて、感じたこともない。
 ただひとり、桂小太郎という男にだけ、心がさらさらと流れていく。
 それを本人に言うつもりはないけれど、どこかで気づかれているだろう。桂もわざわざ言ってはこない。その距離が、心地よい。
 乱れた髪を梳いてやって、撫でる。猫のように手にすり寄ってくる桂にふっと笑い、ゆっくりと体を折って口づけた。
 起き出さぬうちに姿を消そうと、いつも通り桂の寝顔を拝んでから腰を上げる――のが、いつものやり方だったのだが、今日はそうできなかった。桂の手が、ぎゅうと強く袖を握りしめていたせいで。
「……おい、ヅラ。狸寝入りか」
「気づかぬ貴様が鈍感なんだ、知るか。行かせんぞ、高杉」
 どうも寝ていると思ったのは呼吸だけのようで、さきほどの口づけも気づいていたのだと思うと、気まずい。
「俺ぁてめェを何度もイかせてやったってのに、俺は行かせてもらえねェのかい」
 桂の?がさっと染まるも、手は離れない。長居するつもりはないのだが、どうしたものか。
「……ひ、ひとつだけ頼みをきいてくれたら、離してやらんでもない」
「おいおいヅラぁ、俺の誕生日を祝うって話じゃなかったか? てめーがねだってどうすンだ。それとも、まだ足りなかったか……?」
「そ、そういう頼みではない!」
 桂がガバリと体を起こす。素肌にちりばめた紅い花は扇情的で、望まれているならそっちの方向でも構わなかったが、どうも違うらしいと、高杉は肩を震わせて笑った。
「で? なんだって?」
「…………来年は、ちゃんと文をよこして逢いにこい」
 責めるようにも、祈るようにも呟く桂に、高杉は目を見開いた。
「逢って、祝いたい。ちゃんとお前の好きな物も用意しておく。……だから、文をよこせ」
 一年も先のことなど、誰にも分からない。もしかしたら明日にでも国が傾くかもしれぬのに。
 それでも桂は、来年も祝いたいのだと言う。逢って、真正面から、祝いたいのだと言う。
「……それまで、てめェが生きてたらな」
「貴様じゃないのか、馬鹿が」
「ハ、なんならここで抱き殺してやろーか」
「うわ、おい、無理に決まって……!」
 ふたりの視界がぐらりと揺れる。言葉の約束の代わりに、視線と口唇と、手のひらを重ね合わせた。


 来年も、こうして逢えますように――。