ずっと、ずっと。

2016/05/21




 わあ、と小さな声が上がる。桂はゆっくりだった足をとうとう止めてしまって、先を歩く俺と距離ができてしまった。三歩ほど歩いても桂の足が動き出すことはなくて、仕方なく俺もそこで立ち止まる。

「すごいな」

 桂が足を止めた理由は分かる。あのでっけェ真っ赤な太陽だ。川の向こう、立ち並ぶマンションや一軒家のその後ろ。今にも建物を食らいそうなほど巨大な夕日が、そこにあった。
 すごい、とは思う。あんなにでけェの、あんまり見られるもんじゃねぇ。だけど俺は、立ち止まってまで見たいとは思わなかった。

「晋助、すごいあれ。大きい」

 桂の方はそうじゃないようで、何がそんなに嬉しいのか、はしゃいだような笑顔でようやく足を動かして俺に駆け寄ってくる。
 踏み出すたびに揺れる黒髪が可愛いなんて、……思ってない。思ってねーぞ、くそ。

「こんなにおっきいの、初めて見たぞ。手が届きそうだな」

 手が届くなんてこと絶対にないのに、桂はあの赤い怪物に手を伸ばす。俺はその手を止めるようにあとを追わせ、桂の指先を握り込んだ。

「……晋助?」

 桂が、少し慌てる。握り込んだ俺の手を見て、きょろり、左右に視線をやる。誰かに見られていないか、気になるのだろう。誰もいねーけど、いたってこの手を離す気はない。
「お前、あれ、怖くねーの」
 離したら飲み込まれてしまいそうで、できない。もし飲み込まれるなら、一緒に行く。離したくない。
 そう思うくらいには、俺は桂を好きだった。

「怖い? どうしてだ」
「いや、だって……あんなにでけェし、色なんか、血みてーじゃねーか」
「あぁ……確かに真っ赤だな……だけど怖くはないよ」

 桂が首を傾げて俺を見てくる。その瞳の中には俺しかいなくて、頬の熱が上がっていくのに気がついた。

「だって晋助が一緒にいるんだぞ? 怖いことなんてあるわけないだろう」
「……そーかよ」

 もうやだ。
 もうやだこいつ。
 可愛い。
 決めた今日ぜってー寝かせてやんねー。
 握り込んだ手をそのままつないで、家へと歩き出す。照れくさい気持ちを隠すようにだ。

「晋助は、あれが怖いか?」
「馬鹿、怖ぇんじゃねー、気味が悪いってだけだ。なんか……食われそうで」
「ふぅん……でも、今なら食われても、一緒だからいいな」

 歩く速度を速めようとしたのに、できなかった。桂が恥ずかしそうにそう呟いたせいだ。
 なんなんだよお前はよ、さっき俺が思ったのと同じようなこと言いやがって。
 一緒ならいいなんて、いつもは外で手をつなぐのも恥ずかしがってしないくせに、指まで絡めてきやがって。可愛いンだよちくしょう。

「あ、の……あのな晋助」

 桂がまた足を止めてしまう。手をつないでいたせいか腕が引っ張られて、俺は半歩も行かずに何だよと立ち止まった。

「晋助はあれ怖いって思ったかもしれないけど、俺は綺麗だって思ったんだ。綺麗な夕日……晋助と一緒に見られて、嬉しいって……」

 つないだ手をぐいっと引っ張られて、桂の口唇が頬に当たる。
 え。
 え、なんだ今の。ちゅって、なんだそれ。

「ごめんあと三秒、一緒に見てくれ。考え方も感じ方も違うけど、俺はそういう晋助とずっと一緒にいたい」

 恥ずかしそうに桂が笑う。なんだそれ、反則だ、考え方が違うのなんて当たり前なのに、なんでそれを今、武器にすんだよ、馬鹿。

「……ん、五秒でいい」

 手をつなぐことさえ恥ずかしがるお前の、ありったけの勇気を使ったおねだりなら、聞かないわけにはいくめーよ。
 泣きてぇほど嬉しいなんてこと、今は言うつもりもねぇけどな。



 三秒って言ったのに、晋助は五秒って返してくれた。
 晋助の、こういう小さな優しさが、とても好きだ。俺の他には誰も知らないかもしれないけれど。……んーん、俺だけ知ってればいい。

「血……にも見えるけど、リンゴって考えた方が可愛いんじゃないか?」
「俺が可愛くてもしょうがねーだろ」

 そうかな、晋助だって可愛いところいっぱいあるのに。カッコイイところだっていっぱいあるけど。
 ずっと一緒にいたいって言ったのは嘘じゃない。むしろ晋助を好きになってるって気づく前から思ってる。
 離れたくない、本当はいつだって手をつないでいたいんだ。
 恥ずかしくて照れくさくて、そんなことできやしないんだけど。
 でもどうしてだろうな、今度こそ一緒にいたいって言う気持ちが、ずっと抜けていかないんだ。
 まるで何かに責められてでもいるように、言い訳をしながら一緒にいることに、少し後ろめたさを感じながら。
 あの夕日に食われそう、と晋助は言った。
 晋助とは考え方も感じ方も違うけれど、ときおり、こんな風に思考が重なる。
 飲み込まれてしまいそうだ、って俺も思った。こっちに来ないでくれって手を伸ばして押しとどめようとしたら、晋助がそれを止めて握りしめてくれたんだ。

 ここでふたり、留まっていられるように。

 やっぱり、好きだなあって思うよ、晋助。お前といられるなら、怖いことなんて何もない。後ろめたくても誰に責められても、晋助以外を選べない。
 そんなずるい俺を受け入れて、受け止めてくれるのは晋助くらいしかいないから。

 たっぷり五秒を三秒ほどオーバーして、さあ帰ろうと足を踏み出そうと、した、のに。
 晋助のまっすぐな目に、見つめられているのに気がついて、体が硬直してしまった。晋助の瞳は、ときどき人を動かなくさせる力がある。
 深く、深く、綺麗な瞳には、今、俺しか映っていない。
 それが嬉しくて、幸せで、泣きそうになりながら。
 しんすけ、って。呼ぼうとした。

「……小太郎」

 それよりも早く、晋助の優しい声が耳に届く。ずるい、ずるいいつもは小太郎なんて呼んでくれないくせに、どうして今、それを武器にするんだ。

「ずっと隣にいるから」

 そう言って、晋助は俺の額にちゅってキスをしてくれる。なにそれ。なに今の。
 晋助はずるい、かっこいい、どうして、馬鹿。

「なァ、近くのスーパーでリンゴ買っていかね? 今、すっげぇリンゴの気分。お前の真っ赤なほっぺたと、一緒」
「さ、さっき晋助だって赤かっただろ、馬鹿っ」
「赤くねー、馬鹿」

 ぽふぽふと、歩き出した晋助の背中を叩く。
 もうやだ、もういやだ、決めた今日は絶対に眠らせない、朝までしてもらう。
 あとリンゴはうさぎの形に切ってもらうからな。




 そうやって俺たちは、リンゴのような太陽に追われながら、家路を急いだのだった。


「ずっと一緒にいたい」と頬にキスをする高桂・「ずっと隣にいるから」と額にキスをする高桂という神がかった診断メーカーより