華家



惚れてるみたいな顔をして


 何をどう言ったらいいのか分からなくなった。ほんの冗談だったはずの言葉に、まさかそんな反応が返ってくるとは思わないだろう。何しろ相手はあの卯木千景だ。こんな冗談を真に受けて硬直するなんて、そんな選択肢は絶対になかった。

 俺に惚れてるみたいな顔して抱かないでくださいよ。

 千景の様子がいつもと違ったのは間違いないけれど、それは多分に至の願望が染み込んだ言葉だ。そうだったらいいな、そうなればいいなという、贅沢な願望。朝っぱらから濃密なつながりを楽しんだあとの、ただのむなしいお遊びだ。
 それがなんで、硬直したあとに顔を赤らめてなどいるのか。まさか図星をさされたわけでもなかろうに。

(待って。待って待って、何それかわいいけどヤメロ)

 至の視線の先で、千景は困惑したように顔を背け指の腹で眼鏡を押し上げる。彼の困惑がこちらにまで伝染してしまう。本当にやめてほしい、そんな、期待をさせるようなこと。 図星だったとしたら、これほど幸福なことはないのだが、絶対に違うはずだ。千景なら至の恋心に気がついてもてあそぶくらいしそうなものだと、惚れた男相手に悪態をつく。

(違う、絶対に違うでしょ。だって、あの人が俺に惚れるとか)

 ドクンドクンと心臓を鳴らせば、眉間にしわを寄せた千景が振り向いてきて、息が止まったかのようだった。

「いや……ないだろ?」
「あっ、ですよね」

 心の底から面倒そうに、千景はそう返してくる。

「マジに受け取らないでくださいよ。焦るわ」

 やっぱりなーと目一杯安堵した至だが、残念な気持ちがないわけではない。ほんの少しくらい夢を見させてくれてもいいだろうにと、布団をバサリとめくりベッドから降りようとした。

「えっ」

 視界がぐらりと揺れたかと思えば、背中がベッドに逆戻り。スプリングで体がわずかに跳ねた。至は、そうさせた千景を見上げ、コクリと唾を飲んだ。

「ど、どいてくださいよ、先輩」
「茅ヶ崎。俺はどんな顔でお前を抱いていた?」
「は?」
「モテる男は言うことが違うなって思ってね。今までどれだけ、お前に惚れてる人間を相手にしてきたのか知らないが、一緒にされてもらっちゃ困る」
「ちょっと、待っ……」

 千景の指先が、まだ汗に占める肌を撫でる。すぐにたどり着く乳首をつまみ上げられ、至はのけぞった。

「はぁっ……う」
「ほら、どんな顔だったか教えて。茅ヶ崎」
「せんぱ……っ、ん、う」

 教えてと言っておきながら、わざと音を立てて唇を奪い犯してくる。硬くしこる乳首をこね回されて、腰が浮いた。

「ん、あ……っふ、う、んむ」

 たったそれだけの悪戯に、淫蕩の炎がともる。

「あ、はぁっ……」

 ふ、と笑う吐息とともに、千景の手は一気に降下していった。ぐいと脚を広げられ、千景の手を押しのけようとするのに、体力を奪われた体ではそれもままならない。

「やめ、ちょ……マジで、待ってくださ、先輩っ」
「どうして」
「ど、どうしてもなにも、さすがに無理……ッ俺、体力、ないんでっ」
「知ってるけど?」

 千景は悪びれもせず、せっかくかけてやった眼鏡を再度外してしまう。臨戦態勢に入ってしまったのだと分かるけれど、素直に喜べない。こんなに立て続けの快楽は、体が悲鳴を上げそうだ。

「先輩、ねえ、ちょと、ほんとにッ……」

 そう言って首を振るのに、千景は楽しそうに指先を忍ばせてくる。

「いや……っあ、あ、駄目だって、言っ……て、んで、しょ……!」
「いや? 茅ヶ崎のココは、随分嬉しそうにしてるけどな」
「ひあっ、あ……ぁ」

 湿った音を立ててかき回す指の動きに、ぞくぞくと肌があわ立つ。体は正直なもので、どんなに疲れていても千景を求めてしまう。
 くやしい、と歯を食いしばる。
 どうしたって千景には敵わない。これが惚れた弱みというヤツなのかと、至はゆっくりと息を吐いた。

「すごくよさそうだけど、茅ヶ崎、指で足りるか?」

 ぬぢゅ、じゅぷりと淫猥な音を立てながら、千景の指に翻弄される。内側を撫でこすられて、膝が揺れて足が躍る。千景の大きさを覚えたそこは、そうまでされたらもう指ではとても満足できない。
 至はそんな自分の浅ましさに呆れて、首を振る。

「なに、茅ヶ崎」

 どうも口で言わせたいらしい千景の意地悪さに諦めて、息を吐く。

「……足り、ません……」
「へえ、本当に? 今なら指だけでもイけそうなのにな」
「足りないから、早くッ……駄目、指じゃ……いやだ……っ」

 羞恥さえ、至自身を煽るエッセンスになっていく。浅ましくてもいい、淫乱だと罵られようが、どうでもいい。
 今この瞬間に千景が手に入るなら、何もかもがどうでもいいとさえ。

「ふ、ふふ、茅ヶ崎は期待を裏切らないな。これまでもそうやって惚れさせてきたのか? 俺が唯一の例外というわけだ」
「そん、な、ことっ……して、な、ああっ」

 ひどい侮辱だと抗議をしかければ、黙らせるようにも千景の熱を与えられる。至は背をしならせてそれを受け入れた。

「あ、あぁっ、あ、く……う」

 膝が胸につくほど折り曲げられて、ずっと奥まで暴かれる。せり上がってくる快感にぞくぞくと身を震わせ、あられもない声を上げた。

「いやだ、いやっ……あ、あぁ、あ、ん、あう」
「悪い子だな、茅ヶ崎……体力がないから無理なんて?を、ついてっ……こんなに絡みついて、くるのに」
「?じゃ、な、いっ、あ……こ、こんなの、先輩しかっ、先輩としか、してないのに、あ、いやだ、駄目っ、こんなに奥、駄目……!」

 肌がぶつかる音が、やけに大きく聞こえる。千景の恥毛さえ感じられて、とてつもない快感が至を襲った。

「俺が、あのとき、は、初めてだったって、知って、る、くせに……っ」

 残る理性で、精一杯抗議する。千景が意地悪なのは重々承知しているが、それでも惚れてしまった相手に、他にも相手がいるなんて思われたくない。
 抱かれる側なんて、間違いなく千景相手が初めてだ。そして絶対にただ一人の男。

「……そう、だったかな……っ」
「ひっぅ、あ、ああぁっ」

 こんなに乱れてまで求めるのは、千景だけ。

「先輩、先輩……っいやだ、まだ、抜かないで、駄目」

 押しやられ、突き戻されて、千景のリズムに慣れ始めても、心だけが整わない。体は存分に千景を求められるのに、千景を好きな想いはひた隠さなければいけない。セックスの最中のエッセンス以上であってはいけないのだ。

「いく、イキそ、あ……千景、さん……っ!」

 熱を放ち、千景の熱を受け止めて、大きく息を吸い込んだ。すぐ傍で聞こえる千景の乱れた呼吸が、至を幸福な気持ちにさせた。

「……っ、は、茅ヶ崎……」

 汗に濡れた髪をかき上げた千景の手が、そのまま至の顎を掴んでくる。


「そんな、俺に惚れてるみたいな顔で抱かれるな」


 面白そうに笑う彼の口許に、ぱちぱちと目を瞬く。
 まったくどういう仕返しだ、と思いつつ、案外負けず嫌いなところを知った、土曜日の朝――。



2018/05/14
「掴んで、息を吐いて、指でなぞって、それから」の続き
  
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