華家



小悪魔みたいな


 誰にも心なんか許さない。家族と認めた〝あのふたり〟以外に、心を持っていかれることは絶対にない。一生涯だ。
 俺は、大袈裟でなくそう思っていた。
 安らげる場所なんてない。ましてや恋だなんて馬鹿げたこと、自分には一生関係ない。そんな感情を抱く相手はいないと思っていた。

「茅ヶ崎。そろそろどいてくれないか」
「無理。今から中ボス戦なんでー」
「俺の膝を枕にか」

 MANKAI寮103号室、茅ヶ崎が持ち込んだソファの上で、俺はうんざりといったふうにため息をついた。
 というのも、かれこれもう数十分、茅ヶ崎の頭が俺の膝を占領しているからだ。
 ポータブルのゲーム機を手に、前髪をアップにして留め、いつもの部屋着で楽しんでいる。それは別にいい。頭を乗せる場所が、膝でなければ。

「あ、ちょっと硬いんで柔らかくしてもらえません?」
「無茶言うな。寝転がりたいんだったら枕持ってきてやるから、いったん退け」
「枕だとなんか物足りない」
「いつもベッドで使ってる枕だろう。合わないのか?」

 春組の公演を無事に終えてからは、茅ヶ崎との個人間契約もあってないような物になった。ゲームをしている時間に部屋に入っても何も言われないし、ときにはガチャだかなんだかを手伝わされることもある。
 だいぶ気を抜いてしまっている自覚はあった。仕事で疲れているのもあったかもしれない。ただ流れで、ソファの空いている部分に腰をかけてしまったのがいけなかったのだろう。
 五分ほどおとなしくゲームをしていた茅ヶ崎が、急に体勢を変えたのだ。俺の膝を枕にソファの上で寝転がるという、今の状態に。
 確かにこのソファは茅ヶ崎の私物だが、了承も得ずに腰をかけただなんて心の狭いことを言う男ではないはずだ。

「別にそういうわけじゃないですけど。……案外鈍いなって」
「鈍い? 何が」

 どうにも話がつながらない。何が鈍くて、鈍いとなぜ膝を枕にされるのか。空腹で茅ヶ崎の頭が働いてないのではと思うほど、意思の疎通ができなかった。
 いい加減にしろと手を伸ばそうとしたそこで、ソファに手をついた茅ヶ崎がぐんと伸び上がってくる。

 ちゅ。
 ぺろ。

 乾いた唇と、濡れた舌が、俺の唇をかすめた。

「な、……なに、してるんだ、茅ヶ崎」
「いつキスしてくれるかなって、待ってたんですけどね、じれた。先輩の馬鹿」

 不機嫌そうに眉を寄せ、生意気に文句を吐いてくる。不意打ちを食らうなんて、俺としたことが。
 だいぶ参っていると自覚する。疲れているという意味ではない。
 キスを待っていたという男を、なかなかキスをしてくれないから自分からしたという男を、悪態をついてくるその拗ねる様までもを、こんなにも可愛く思うだなんて。
 どうかしている。本当にどうかしている。
 心を全部明け渡すなら〝あのふたり〟にだろうと思っていたのに、よりにもよって。

「まだしない方がいいかなと思っていたんだけど。キスだけじゃ我慢できなくなるだろう? 茅ヶ崎が」
「先輩の方でしょ、それ。俺を抱きたくなるからキスしないなんてこと、とっくに知ってましたよ」

 よりにもよって、俺の心を全部持っていくのは小悪魔みたいな同僚だった。

「愛してますよ、先輩」

 ああもう降参だ。降参するから、そう色っぽい目で見上げてこないでくれないか。



2018/05/20
お題は「同僚だった」
  
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