華家



悪魔でペテン師


 失敗したわ、マジで。
 草食系だとは思ってなかったけど、こんなに肉食系だとも思ってなかった。
 先輩の舌が、俺の舌を捕らえる。逃げ惑う暇もなくて、強く吸われた。

「ん、う……っ」

 マジか。俺の声かこれ。なにこんな甘ったるい声出してんの? どっから出てんの? 止めるべきか、これは。先輩だってさすがに萎えないか?
 自分から出てるとは思えない、思いたくない声を、俺の惚れた人はどう思うんだろう。互いの気持ちはなんとなく察していながらも、実はキスなんかするの初めて。小学生か。
 おかげで勝手が分からないっていうか、思考が働かないっていうか、ログインできない。詫び石もらえるかなこれ。

 力強い舌が、何度も、何度も、俺を縛り付けるように絡んでくる。ぞわぞわと背筋を這い上がる〝何か〟は、嫌悪感じゃないんだろう。

 いやマジないわ。キスがこんなに気持ちいいとか。この手練れさんめ。ムカツク。
 先輩は今まで何人とこういうお付き合いをしてきたのか、確かめるすべはない。だって訊いたところで絶対?つくからな、このペテン師め。そういやオズワルドはかっこよかったわ、腹立つ、クソが。

「……茅ヶ崎、何考えてる?」

 ちゅ、と濡れた音をまとって、先輩がようやく解放してくれる。別にがっかりはしてない。突然で驚いただけだから。
 は、は、って浅い息を繰り返しながら、眼前の先輩をにらみつけてみる。

「慣れてんですね、キス」
「別に普通だと思うけど? そりゃまあ二つ年下のゲーム廃人よりは慣れてるかもしれないが」
「腹立つ。今の今まで手も出してこなかったのに、解禁したらがっつくとかアリか、このペテン師」
「綴の当て書きは間違ってなかったってことだろう。……嫌なら、やめるけど」

 先輩が眼鏡を押し上げながらそう呟く。あざとい。この人自分がその仕種似合うって分かっててやってんだろ。ときめくわアホが。
 嫌なわけない。ずっとキスしてほしかったのに、なかなかしてくれないからって、俺の方からしたんだ。釣れたのはホッとしたし、ようやく一歩進めたのも嬉しいんだよね。
 ただ、俺が予想してなかったことをアンタがしてくるから、戸惑ってるだけ。
 ソファの上で向かい合って、触れるだけのキスだったかと思えば、指を搦め捕られて引かれ、体が密着した。それだけでもドキドキしてヤバかったのに、こんな深くて長いキス、ずるい。

「嫌がってるように見えます?」
「ちっとも」

 そういうとこな。そういうとこな卯木千景。自分のテクによほどの自信があるのか知らんけど、少しはしおらしくしてればかわいげもあるのに。
 だけど事実、嫌じゃないんだから困る。俺は先輩のことが好きで、もっと言えば愛してて、たぶん先輩も同じような気持ちを持ってくれている、はず。
 過去なんか気にしないと言えないのは、俺の愛が足りないのか、先輩からの言葉が足りないのか。

 ……ちょっと待て。俺、先輩から何も言われてない。

 そりゃ先輩の気持ちは分かってるつもりだし、こんなキスまでされてるんだ、言葉が欲しいなんて女々しいことは言いたくない。言いたくないけど、女々しくていいからやっぱり欲しい。

「キスだけうまい男に惚れたつもりないんですけど」
「キスより先もうまければいいのかな?」
「そこじゃないでしょ!」

 あーもう、正直、卯木千景攻略マニュアルが欲しい。選択肢出てこない。リアルの恋愛でこんなに手こずるとは思ってなかった。どう言えば、俺の欲しいアイテムくれんの、この人は。
 俺は大きく息を吐いて、疲れ果てたように頭をソファの背もたれに預けた。はっきり言わないと駄目なのか。疲れるわマジで。おつおつ、俺。

「冗談だ。茅ヶ崎があんまり可愛いこと言うから、少しいじめたくなってね」
「は?」
「……好きだ、と、何度言えば足りるかな?」

 俺が目を見開いたその先で、先輩はそっと眼鏡を外す。なにその突然のデレ。欲しがっておいてなんだけど、あまりにも現実感がなかった。
 先輩の指が、俺の口許を拭っていく。さっきのキスで唇を濡らしていた唾液を持っていかれたのだと分かる。その指先についた唾液をこれ見よがしに舐め取る様を目の当たりにして、俺はようやくハッとしてカッとなった。
 これは悪魔の囁きだ。なんてことだ、恋人は悪魔でペテン師なのか。

「それとも、愛していると言えばいい?」

 ああもう降参です。降参するんで、そう色っぽい声で俺を翻弄しないでください。


2018/05/20
お題は「舐め取る」。「小悪魔みたいな」の続きかな?
  
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