華家



AM10:00のティータイム


 ぽかんと口を開けた万里くんが、次の瞬間おかしそうに笑い出す。
 俺、そんなに変なこと言ったかな? だってそうじゃない。俺は万里くんみたいに、片想いの苦しさを知らない。
 万里くんがどれだけ悩んで、苦しんで、俺に恋を告白してくれたのか、分からないんだ。それを知りたいって思ったのに、また万里くんの方から告白されちゃったら、意味がない。
「紬さんっておもしれーよなあ、ホント飽きねーわ、アンタの芝居バカっぷり。じゃー今度エチュードでやる? つっても、難しそう……」
 運ばれてきたカルボナーラのたまごを、フォークの先で割りながら、万里くんは苦笑する。万里くんなら、なんでもすぐにこなせちゃいそうだけどなあ。
「だってさ、俺どうしたって、どんな世界でだって、アンタに惚れるよ、紬さん」
 ……万里くんは本当にずるい。
 俺がどうしたら嬉しがるか、分かってて言ってる。そんなに一生懸命に想われて、浮かれないわけないのに。
 でも、俺への気持ちを表に出しちゃうようじゃ、まだまだなんだよね。
 稽古のエチュードだったら、それでも問題がないかもしれないけど、お金をもらって演じる板の上で、俺への気持ちは隠してほしい。
 悪いことではないんだけど、たとえば共同公演で、敵同士だったらどうするの?
 敵に惚れてしまってたら、もしそれが演技に出てしまったら、駄目だ。
「それじゃ駄目だよ、万里くん」
 だって、自信がない。
「あー……演技に出ちまうってこと? んなヘマ――」
「そんなの、俺、自分の役に嫉妬しちゃうじゃない」
「そっち!?」
 そうだよ、と俺は笑う。万里くんはバツが悪そうに、そっぽを向いた。あれ、もしかして照れてるんだろうか? 可愛いなあ。
 万里くんを好きになって、全力で受け止めて、俺のぜんぶでぶつかるって決めてから、俺は本当に全身全霊できみが好きだよ、万里くん。
「紬さんてさ、なんてーか、開き直るとすげぇよな……。入団当初のアレどこいった……」
「え、あ、ごめん、もしかして前の俺の方が好きだった?」
「どっちも好き」
 即答されて、三秒おいて俺は噴き出した。そうだよね、きみはいつも一生懸命俺を好きでいてくれた。俺が拒んでも、懲りもしないで。
 だからね、俺だってきみを好きなこと、ちゃんと楽しみたいんだよ。
「さっきの紬は、きみに片想いしてるはずだった。好きで、大好きで、でも言えるわけなくて、少しの時間でも万里くんを見ていたくて、この店に来たんだよね」
 本を読む振りして万里くんを盗み見て、女の子と仲良くしてることにもやもやして、悔しくなって悲しくなって、帰ろうかななんてことも思ったりした。
 だけど、他の子とは違う気安い顔と口調で寄ってきてくれる万里くんにまた胸が締めつけられて、結局恋は続いてしまう。
「たぶん小さい頃から一緒にいて、いちばん近い相手で、分かんないことなんかひとつもないって思ってたのに、恋をしてから分からなくなった。分かりたい気持ちと、怖くて分かりたくない気持ちがあったと思う。万里くんはどんな人が好きなのか、好きな人がいるのかどうか。……片想いって、こんな風なの? ねえ、万里くん聞いてる?」
 あまりに反応が薄くて、万里くんがちゃんと聞いてくれてるのかどうか分からなくなる。考え込んでいたせいで下を向いていた視線を上げると、万里くんの優しい笑顔が待っていた。何それ破壊力すごい。
「ば、万里くん? なに笑ってるの……」
「んーん、紬さんが片想いすっとそんな感じなのかと思って、すっげえドキドキしてただけ。しかも、俺相手だろ、それ。笑いたくもなるっつの」
 カ、と頬の熱が上がったのを自覚する。
 本当に、万里くんは、もう……どうしてこう、あれなの……悔しい、嬉しい、かっこいい……馬鹿。
「俺はいつからだろーな、紬さんを好きになったの。意地悪してたってことは、ちっちゃい頃からそうだったんかも。好きな子ほどイジメたくなるってやつな。ガーキ」
 万里くんが、ティースプーンでコーヒーをかきまぜながら呟く。
 ただのエチュードなのに、裏側まで考える俺につきあってくれてるのか、万里くんも同じベクトルでお芝居が好きなのか。両方だといいな。
「紬さん、本読む仕草してただろ。あれ俺のに応えてくれたんだなって思うと、すっげ嬉しかったんだけどさ」
「けど?」
 万里くんはバツが悪そうに視線を逸らして、コーヒーカップを口に運ぶ。こくり、と喉が動くのを待って、先を促してみた。
「…………本ばっか読んで、俺に構ってくれねーのやだっただろうなって思った」
 ……万里くん本当に可愛い。
 どうしようこれ、嬉しいな。万里くんの片想いはそんな感じなんだね。
「あはは、俺、他のキャストさんに【万里はこういうの興味ないみたいでつまらなそう】って話したんだけど、当たってたみたいだね。すねてる万里くんも好きだよ、俺」
「すねてねぇし!?」
「はいはい」
「紬さんッ」
 可愛いなあ、一生懸命だなあ、……好きだなあ、そういうとこ。
 今まで、万里くんの気持ちに応えたいっていう想いは強かった。
 だって俺なんかを好きになってくれて、抱き締めてくれて、落ち込んでたら引き上げてくれてさ。こんなに好いてもらってるんだから、少しは返さないとって。
 最初はたぶん、その気持ちの方が大きかった。
 だけど今は、本当に好きだなあって思うよ。
 きみが俺を好きでいてくれるから、きみを好きなんじゃない。さっきのエチュードで、「摂津万里」を大好きな「月岡紬」を演出してみせたけど、演じてる実感はなかったんだよね。
「ったく……意地悪なのは【紬】の方だよな絶対な……」
「えぇ……意地悪なんてしないよ、俺」
「そっかぁ? なら、さっきの続きやる? エチュード。俺ぜってー負かされるわ」
 万里くんがニッと口の端を上げてくる。うううヤダ、こういうのもサマになる高校生なんて。
 えっと、でも、続きってことは、「万里を待ってた紬」になればいいのかな。
「いいよ、俺負ける自信あるけど」
「じゃ、今からな」
 万里くんが、パチンと指を鳴らす。俺たちはそれを皮切りに、役に入り込んだ。
『なあ、ホントにいいのかよ紬。……ちゃんと、意味分かって待っててくれたのか?』
『……ちゃんと分かってるよ。心配なら、はっきり言葉にすればいいんじゃないの、万里。いくらお前でも分かるだろ、なんて濁したのはお前じゃないか』
『う……そりゃ、そうだけど、まさかOKなんて思わなかったから、ごまかせるルート残しておいたっつーか』
 それはズルイよ、と俺は言うけれど、ズルイのは俺も一緒だ。
 どうせ駄目だなんて決めつけてたのに、諦めることもできなかった。結局は万里に先をこされてしまって、今もまた万里に先に言わせようとしている。
 それでいいの? 紬は、それで万里と対等に並べるって思う?
『好きだよ万里。恋って意味で、俺は万里が好きだ』
 駄目だそれじゃ並べない、って口を開く。ただでさえ万里は女の子にモテるのに、待ってるだけじゃ駄目なんだ。俺から一歩、二歩、踏み出さなきゃ。



2017/07/17
【装丁】A5表紙FC/28P/300円/R18
【あらすじ】アニカフェ限定カードのリーダーズカフェを絡めたストーリー。「幼馴染み」としてアクターズカフェで接客する万里と、その様子を見にいく紬。始まるエチュードと、その後です。
  
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