? ----華家----

華家



Are you ready?


 左京は、プラスチックのスプーンですくった二口目のプリンを口へと運んで、隣を振り向いた。無心でプリンを食べる高校男子。図々しくも押しかけてきた、同じ劇団同じ組の男だ。左京が言えたことではないが、ガラの悪い顔でデカい図体で小さなプリンを食べている姿は、なんとも言えないおかしさがこみ上げてくる。
「兵頭」
 左京に呼ばれて、その男――兵頭十座はプリンのカップから顔を上げて振り向く。
「俺はもういらねーから、これも食っとけ」
 言って、たべかけのプリンを十座に差し出してやる。十座はそれに目を瞬いて、珍しくゆっくりとした仕草で受け取ってテーブルに置いた。左京はそれをふしぎに思う。先日は嬉しそうに受け取っていたのに、どうしたのだろう。
「…………っす」
 ――――別に俺が気にするこっちゃねーが。……気に、してねぇ。
 左京が向坂に借りた少女漫画を読む隣で、十座は再び自分のプリンを食べ始める。彼が甘い物好きなのは劇団の全員が知っていて、本人が隠しているつもりなのも愉快だ。たまにコンビニへ出かけてスウィーツとやらを買ってくるのも知っている。
 外見とのギャップがものすごいなと思うが、それを言ったら左京とて職業ヤクザでこの外見をしていながら、緩衝材のプチプチを潰すのが好きだというのだから、人のことをとやかくは言えない。
 そして十座は最近、コンビニスウィーツを必ず二つ買ってくる。夕食が終わって稽古と風呂が済んだ後、隣町のコンビニまで行くらしい。たまに冬組の月岡紬と出かけているところを見るが、あんまり遅くなるなよと言うくらいしかしていない。
 十座が未成年であることを考えたら、もっと強く注意すべきなのだろうが、どうしてかいら立ちが先立って、今も注意はできていない。
「……あの」
 自分のプリンを食べ終わって、いつもならもう一つへと手を伸ばすのに、今日はそれをしない。本格的にどこかおかしいのかとこっそり思い始めた時、十座の低い声が耳に入った。外見を裏切らず低い声だが、今日はそれをさらに低くして、呟いてくる。
「あァ?」
 左京は面倒そうに返事をしたが、機嫌の悪さがあからさまに声に出ていて、劇団のメンバー出なかったら恐れおののくところだろう。だが十座は、稽古でもう慣れているのか畏れることはない。
 ただ、戸惑っているようには見えた。
 左京は本のページをめくりながらも、意識は十座へと全力で集中して、相手の出方を待った。なにしろこのガキは油断ならない、と身をもって知っているからだ。
「左京さんは、……甘いの、嫌い、……スか」
 何をどうしてくるのかと身構えていた分、反応が遅れる。
「……は?」
 思わず十座を振り向くと、左京がやったプリンをじっと眺めたまま微動だにしない。太腿の横でぎゅっと拳を握りしめ、口を開く。
「甘いの嫌いなら、悪いと思ってる。アンタと一緒に食いたいと思って買ってきても、アンタ……いつも俺にくれるだろう。嫌いなもの無理して食ってくれてんなら、やめる」
 左京は目を見開いた。さっきの行動を、そんな風に捉えてしまったのかと。
 ズキズキと頭が痛む。ズキズキと心臓が痛む。
 ――――そうだったな、こいつはあくまでも他人で、……あんなことしてても他人でしかねえんだよな。自分を重ねてようがなんだろうが、それは俺の勝手で、こいつは俺じゃねぇ。
「ただ、ちょっと今部屋に戻ったら多分摂津に殺されるんで……ここ、いてもいいすか。何もしねぇから」
 ふいと顔を背ける十座に、左京は頭を抱えた。まったく面倒くさい、と。こんなに心臓が痛くなるなら、ほだされてやるんじゃなかったと、何度目かの後悔をする。
 兵頭十座は、古市左京が好きなのだという。
 恋を告白されたと同時に口唇の感触を知って、全力で拒否して拒絶して、芝居にだけ熱中しようと思っていたのに、どこでどう間違ったのか、まっすぐな十座にほだされてしまったのが、そもそもの間違い。
 芝居への情熱は認める。若さもあるのだろうが、そのエネルギーは賞賛に値するし、正直言って羨ましいこともある。だけどそれとこれとは別だ、一回りも違う年下のガキ、しかも野郎と恋愛なんて、馬鹿馬鹿しくてやってられない。
 そう思っているのは本当だ。なんなら本人に言ってやる覚悟さえあるのに、
「俺が左京さんを好きなのはもうどうしようもねえ。近くにいられたらいいと思ってる」
 そのたび心が折れる。若さゆえの馬鹿らしい情熱が、一直線に向かってくることに、どうにも、慣れない。
「だから、アンタの嫌がることをしたくない。……プリン、あざっす」
 十座は無理に口の端を挙げて、ようやく左京のプリンに手を伸ばした。口に運ばれていくプリンを見るたび、飲み込んだプリンでのど仏が動くのを見るたび、罪悪感に襲われる。
 十座の気持ちを受け入れられないのはどうしようもないのに、こちらが悪者のような気になってくるから困りものだ。
 ――――なんだって俺がこんなガキと……!
 隣でもくもくとプリンを食べる……いや飲み込む十座を、受け入れてやれないのは、どうしようもない、のに。
「じゃ、俺……」
 平らげたプリンのカップをゴミ箱に投げ入れて、十座は腰を上げる。思わずその腕を掴んだのには、左京自身がいちばん驚いた。
「あっ……いや、これは、別にその……っつーかお前、どこ行くつもりなんだ? 今お前らの部屋、月岡がいんだろうが」
「あ、ああ、たぶん……? 俺が左京さんとこ来るの、別に言ってねぇはずなのに……摂津はそういうとこ鋭くて」
 驚いたことに、団内でひとつカップルができあがってしまっているらしい。十座のライバルである秋組リーダーの摂津万里と、冬組リーダーの月岡紬。万里の方からの熱烈なアプローチだったらしいが、変なとこで似なくてもいいだろうにと呆れ返ったのを覚えている。
 まさかそんなことになるとは思っていなかったが、芝居に悪影響が出ないならガミガミ言うつもりもない。万里に至っては演技に艶がでてきて、プラスにはなっている。だが先ほど十座自身も言ったように、今部屋に戻れば明らかに邪魔だ。どこへ行くというのだろう。
「なら、戻れねーだろうが」
「……談話室で寝るっす」
「馬鹿言うな、風邪引いたら俺の責任になるだろう」
「んなにヤワじゃねぇ」
「ああ体力馬鹿なのは知ってる。ここにいりゃいいだろうが。さっき何もしねぇっつったな?」
 十座が目を瞠ったのが分かる。この距離だ、分からないはずがない。左京も、言ってかららしくないことをしたと思うが、撤回はできない。あんなに寂しそうな顔をさせたままで、何もなかったようにおやすみなんて言えるわけがないのだ。
「……いいんすか、いても」
「そう言ってるだろうが、あァ?」
 何か文句があるのかとすごんでみるも、ぱあっと笑顔を返してきた十座に返り討ちに遭った。普段が普段なだけに、十座の嬉しそうな顔は破壊力がものすごい。しかも、それを知っているのは恐らく左京ただひとり。
 ――――ま、たか、くそっ! もう絶対にほだされんからな!
 十座が隣に腰を落ち着けて、左京は頭を抱えて顔を背ける。一回りも年下のガキに振り回されてどうするんだと歯を食いしばった。



2017/05/03
【装丁】A5/68P/600円/R18
万里→紬、十座→左京の状態で、ほだされた形で関係が始まったふたつのカップル(万紬+十左)。それぞれの夜と、それぞれの朝、紬+左京の、パートナーに対する思いと、万里+十座のパートナー自慢……?かな……?
  
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