華家



いちばんのお気に入り


 卯木千景が、イヤホンを両耳につけながら、ソファでのんびりと過ごしているという姿は、なんともレアな場面だった。隣でゲームさえしていなければ、動画に録って収めたい気持ちさえある。
 このステージが終わるまでそうしていてくれるだろうかと祈りながら、至はゲームの傍ら、恋人の気配をこっそりと楽しんだ。

「珍しいですね。何聴いてるんですか? 先輩」
「……何だと思う?」

 イヤホンをしていても、至の声は聞こえているようで、じんわりと胸が温かくなる。

「質問に質問で返してくるのやめてくれません?」
「俺が茅ヶ崎の中でどんなものを聴いてるイメージなのか知りたくてね。怒るな」
「別に怒っちゃいませんけどね……んー、ジャズとか」
「ハズレ。嫌いじゃないけど、聴くとアルコールが欲しくなる」
「あーなるほど。洋ロックとか、奇をてらって落語なんか聴いてたり」
「海外に行ってること多いからな、落語はまだ分からないかな」

 ふるふると小さく首を振る千景は、どことなく楽しそうに見える。至の予想がことごとく外れるのが面白いのか、聴いてるものがそんなに心地いいのか。
 至はほんの少し寂しくなって、小さないたずらを仕掛けてみる。

「なら、【仕事】の方ですか? ターゲットの盗聴か、それとも警察無線の盗聴ですかね」

 ふふんと笑ってみせ、千景の裏の生活を持ち出した。具体的に何をしているのかを確認したことこそないが、いくつか法に触れることがあるとは聞いている。
 お得意の、ペテンを織り混ぜて。
 嘘と真実の混ざったお伽噺を折に触れて持ち出すのは、千景のすべてを暴きたいからではない。
 千景への信頼と想いを確認してもらうためだ。
 惚れた人が正義とまでは言わないが、何であれ今の千景を生成してきたものを受け入れたい。
 変わることのない想いを……いや、増える意味では日々変わっていく想いを、千景には理解していてほしい。

「茅ヶ崎といる時に【仕事】した覚えはないんだけどなあ」
「そうでしたっけね」

 千景はおそらくそれを分かっていて、イヤホンを外さないまま至の肩を抱き寄せ頬に口づけてくれた。
 唐突なキスにも慣れて、ゲームの進行が止まることはない。

「Gamer's High」

「……は?」

 耳元を掠めていった楽しそうな声に、思わず千景を振り向いた。おかげで今の今まで問題なかった進行が止まり、立て直す暇もなく攻撃も防げずラスボス相手に負けてしまう。

「……なんて?」
「茅ヶ崎のソロ曲。昨日ハイレゾをダウンロードしてからずっと聴いてる」
「はァ!? ちょっ、やめてくださいよマジで何してるんですか」

 イヤホンは確かに小さなプレイヤーに繋がっている。至はどうにも恥ずかしくなって、千景からそれを取り上げようとするものの、素早く遠ざけられた。

「先輩!」
「世の中に出回っているのに、俺が聴いたらいけないってことはないだろう? ん?」
「そ、そりゃそうですけど……」
「だけどこれ、曲調ものすごく格好いいのに、歌詞があれだな……」

 ぐ、と言葉に詰まる。千景の顔には呆れも諦めも混じっているようで、ぐるりと胃が回るようだった。

「けど、それが俺ですからね。今さらでしょ」
「そうだな……茅ヶ崎そのままだ。まったく、ソロ曲で惚れ直すなんて思ってもみなかった」

 今さら嫌いになられても困ると重たい胃を押さえたら、千景のため息。至は思わず顔を上げて大きく目を見開いた。
 そこに、優しい顔で笑う千景がいたせいで。

「お前の歌、いいね。この声、5番目くらいにはお気に入りかな」
「……な、なんで5番目。微妙な位置ですね」

 呆れていたのも、諦めていたのも、至に対してではなく、気持ちが膨れ上がってしまう自分自身に対してのようだった。
 至はそれに気がついて、面映ゆい思いで訊ねてみる。

「4番目は、ゲームしてる時のガラの悪い声。3番目は稽古中の真剣な声音。2番目は、少しイタズラっぽく俺を【せーんぱい】って呼ぶアレ」

 千景は律儀に、丁寧にひとつひとつ挙げてくれる。
 顔の熱が上がってくるのを自覚したけれど、今は俯けない。千景から目を離していたくない。

「い……1番は……?」
「それを訊くなら抱くよ、茅ヶ崎。知っているくせに」

 至の指を、ゲーム機が滑り落ちていく。
 イヤホンが、千景の耳から逃げ落ちていく。

 お互いに答えは分かっていたはずだ。
 千景がいちばん気に入っている声も、至が返すイエスを意味する音も。
 ソファの上で手が重なって、視線が重なって、答えを言わないズルい唇同士が触れ合った。



2018/05/20
ソロ曲があの世界線でも出てる設定。通勤中にゲマズハイ聴いてたらふっと降りてきました。
  
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