華家



PM10:00のティータイム


 女性客が多いこの店で、左京の風貌はひどく目立つ。そして、役者だらけのこのカフェでも、十座の長身も目立つ。
 視線が重なった。またたきをひとつ返されて、ぞわりと背筋を何かが走り抜けていく。十座は左京から視線を背けないまま、リーダーに声をかけた。
「――あの客、俺につけてくれ。時間オーバーしても構わないんで」
「え? でも」
「ウチの劇団の人なんだ」
 ああナルホド、とフロアリーダーは納得し、ポンと背中を押してくれる。十座は出入り口に向かって足を踏み出した。急ぎ、しかし雑にならないように。
 ――――お嬢様……じゃねーし、坊ちゃん、てわけにもいかねぇよな……。
 十座は左京の少し手前で立ち止まり、腰を折って礼をする。
「お帰りなさいませ、[[rb:旦那様 > ・・・]]。迫田様もご一緒でしたか。おもてなしのご用意を」
「あぁ……コイツはいい、すぐに帰らせる。ここまで送らせただけだ」
 もう下がれと、左京はふいと手の甲を振った。
「えええひどいっすよアニキぃ~~」
 わめく迫田を、左京がひと睨み。それは十座には見慣れた光景だったけれど、今の左京は役に入っている。迫田のいる日常ではないようなのだ。
「今日のアニキ、出てくるの遅らせたり、やけにハイスピードでやってると思ったら、ここにくるためだったんすね~、はー、仲間の仕事を見守るアニキとか最高っす~」
 だが、迫田の何気ない言葉に、カッと左京の頬が染まったような気がして、十座は目を瞠った。
 晩まで仕事がみっちりと言っていたが、もしや時間をずらして、十座を見送ってくれたのだろうか。その上、遅らせた分もきっちりこなして、ここに来てくれたなんて。
「じ、自分の都合で遅らせただけだ。今朝は少し疲れていたからな。迫田、明日もよろしく頼むぞ。おやすみ」
 だが左京は一瞬動揺しただけで、もう役に戻っている。普段にない笑顔、さらにNOを言わせない威圧感で迫田を言いくるめてしまった。
「おっ、おやすみなさいやせアニキ!!」
 めったに見られない左京の笑顔に慌て、迫田は嬉しそうに八〇度腰を折って店を出て行った。
 迫田の気持ちはよく分かる、と羨ましくも気の毒に思いつつ、十座は左京を席へと案内する。キャストたちの視線が背中に突き刺さっているようにも思えたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 今できる精一杯の芝居で、左京に相手をしてもらいたい。
「迫田様に頼まなくても、お迎えに上がりましたのに、旦那様。いつなりどこへなりと、あなたのお声ひとつで」
 椅子を引き、左京の動作に合わせて椅子を押す。左京は座ったその位置から、十座を一瞥して呟いた。
「……お前を運転手として傍に置いてるわけじゃない」
 普段の左京とは少し口調が違う。本当に使用人を置いているような家の主人のように思えた。柔らかな音は左京のようでいて左京でない。
 ――――相変わらずすげぇ人だな……こんなとこでも、俺相手に、手ぇ抜かないでいてくれる……。
 十座にはそれが嬉しい。
 恋人ということを抜きにして考えて、仕掛けた十座に全力で応えようとしてくれるのが分かる。
 十座は自分が下手だだということを自覚していた。こんなダイコンの相手をさせて、申し訳ないと思うのと同時に、いつか追いついて、追い抜いてやりたいという闘争心がわき上がってくる。
「お食事はどうなさいますか? 外で召し上がってこられたなら、温かい飲み物でもご用意しますが」
「いや……食べてるヒマがなかった」
 十座は左京にメニューを見せながら、少し眉を寄せた。それが演技なのか、現実としての事実なのかは分からない。だけど、もしここにくるために無理をしたのなら、怒りたい。
「あまり根を詰めては、お体に障ります。少しはご自分のことを労っていただきたい」
「…………分かったから、睨むな。なら、軽く食べて寝る」
「では、ミルクリゾットでもお持ちいたしましょうか。チーズはいつものように?」
「ああ。あと、旦那様はやめろと何度言ったら分かるんだ、兵頭」
「……旦那様は旦那様です」
 十座は半分本気で首を傾げた。
 旦那様が駄目ならなんと呼べばいいのか。坊ちゃまという年齢設定でもないだろうし、若なんて呼んだら、途端に違う世界になってしまいそうだ。
「名前で呼べと言っているのに……」
 左京が、少し不機嫌そうに、目一杯寂しそうに顔を背ける。
 なるほど、主従であると同時に、友人関係にでもある間柄なのだろう。そんな相手に、「旦那様」と呼ばれるのが寂しいらしい。
 ――――さすがに、細けぇな……台本がないから、想像でしかねぇけど。じゃあ、左京、……さん、じゃ、駄目だよな……。
 左京の世界設定の中では、友人でもあるかもしれないが、十座は今、執事としてのお役を与えられている。ここはどうするのが正解なのか。左京はどういう反応を待っているだろうか。
 考えるどれもが正解で、どれもが間違っているような気がした。
 十座は少し腰を折って左京の耳に口唇をよせ、呟く。
「あなたが、俺を下の名前で呼んでくれたら、そうします」
 そうして、ここは「呼ばない」ことを選択する。左京がぱちぱちと目を瞬いて、驚いたようにこちらを見てくる。悪手を選んだわけではないようでホッとした。
「……もういい、さっさと用意しろ」
「かしこまりました」
 すねているのか、左京はふいとそっぽを向く。可愛い主人だと、お役半分、自身半分で十座は口の端を上げ、左京に頭を下げてゆっくりとホールを下がった。



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 舌の動きが、口唇の締め付けが、聞こえる音が、左京の感覚を寄り敏感にしていく。声を抑える必要のないホテルだということも手伝って、いつも以上に快感が襲ってくる。
「兵頭、もう……っ、いく、から……はなせ……!」
 再度そう頼むけれど、十座の口は離れていかない。視線だけで見上げてきて、このまま、とでも言うようにわざとらしく舌先で先端をつついてきた。ぞくりと腰がうずき、熱が集中していく。
「ん、……っン……、ぅ……あ、あっ、あ……――!」
 結局十座の口唇が離れていくことはなく、左京はそのまま達してしまった。
 慣れた倦怠感と、言い表せないほどの羞恥。心地良い充足感と、遅れてやってくる物足りなさ。
「はぁっ……はあ、は、ぁ……あ、ん……」
 左京の体から力が抜けていき、くったりとベッドに沈む。柔らかなスプリングは落ち着かなくて、呼吸が整ってくれない。
「すげぇ良さそうだったな、左京さん」
「う……るせぇ、調子に乗りやがって……」
 濡れた口唇を拭いながら、十座が体の横に両手をついてくる。
 否定を返せなくて、せめて罵倒でもと思ったが、そんなヒマもなくシャツがたくし上げられる。あらわになった素肌に触れる手は熱くて、顔が火照る。
 いつもこの手の熱に浮かされて、途中からわけが分からなくさせられるんだと、どうにもバツが悪い。
「変な遠慮するなって言ったの左京さんだろ。責任持ってくれ、俺と違って大人なんだしな」
「こっ、こんな時だけガキを武器にすんじゃね……っ、あ……」
 こういう時はいつも遠慮なんかしてなかったじゃないかと言ってやりたい。
 言ってやりたいのに、笑いながら腹を撫で、首筋に口づけてくる恋人に、胸が鳴ってしまう。
 きっと左京自身が思っているよりずっと、この年下の恋人を好きになってしまっているのだろう。
 あのカフェで、女性客にも密やかな人気があったと聞いてしまって、胸がざわついたのも事実だ。
 もう少し恋人らしくしないと、飽きられてしまうかもしれないと怖くなったのも事実だ。
 こんな情熱的な手に触れてしまった今、他の誰かを探す気にはなれないというのに。
「あ……っ、兵頭……焦らしてんじゃねぇ……」
「……さっきイッたばっかで、もうおねだりとか……随分とエロいな」
「バッ……」
 そんなことを言うなら退けと言い掛けたが、それよりも早く十座の指先が入り込んでくる。
 悔しいが、熱を求めているのは本当だ。誰でも良いわけじゃない。
 兵頭十座という恋人の熱をだ。
 執事を演じていてさえこちらに向かってくる一生懸命な想いが嬉しくて、あそこを舞台にした。
 見てほしい、応えてほしいという貪欲な想い。
 そして今、ベッドの上で貪欲に求めてくる若い情欲。
「兵頭、ひょう、どう……っ、も、い……からっ、奥、お前の、で……っ」
「は、ちょっ……待て、まだそんなにならして……」
「いいから、入れろって……言ってんだよ、……十座……ッ」
 左京はふるふると首を振り、十座の首に腕を回す。耳元で彼を下の名で呼んで、意図的に煽った。
「ひ、きょうだぞ、左京さん……!」
 案の定、面白いくらいに煽られてくれて、がしりと腰を抱え込まれる。
 こんなに分かりやすくノッてくれるなら、たまにはそう呼んでみてやってもいいかと、体の間の隙間をなくした。
「ん、ん……あぁっ……あ、く、……んんッ……あ」
「左京さん」
 望んだように、耳元で十座の声が聞こえる。
「あ……ぁ、んっ」
 吐息とともに呼ばれるその音で感じてしまうのは、以前から自覚していて、欲のレベルが上がった。
「もっ……と、奥、こい……んなとこで、俺が満足すると思ってんのか」
「……っんでアンタはそうやって俺を煽るんだよ……! 気ぃ遣ってんのに、無駄になんだろうが……ッ」
 言いながらも、十座は奥まで押し込んでくる。
「あぁッ……あ」
 左京は声を上げて背をしならせ、それを全部受け止めた。痛みよりも充足感に包まれて、十座の背中に腕を回す。
「もっと……欲しがれ、兵頭」
 至近距離になった十座の口唇に、左京は自らキスをする。若さゆえの過ちでないというなら、もっと欲しがってほしい。
 職業柄、特別親しい相手は作らないようにしていたのに、それをブチ破って入り込んできた責任を、この未成年に取ってもらおう。



2017/07/17
【装丁】A5表紙FC/32P/300円/R18
【あらすじ】限定スカウト「アクターズカフェ」を絡めたストーリー。執事役の日にヘルプに出向く十座と、「頑張ったら褒美をやる」と送り出した左京のエチュードと、その後です。
  
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