華家



あまく、やわく



 これから出張なんだ。
 千景がそう言うのを、至はどこかで分かっていた。
 というのも、ここがあまり使われない非常階段の踊り場だったりするからだ。みんなワンフロアの移動でさえ面倒がってエレベーターを使うものだから、ヒミツの逢瀬はいつもここ。
 時刻と場所の指定をしたLIMEが飛んできた時点で予想はしていて、それを裏切らない言葉に安堵しつつもやっぱり寂しい。
「どれくらいですか?」
「四日」
「……長いですね」
 四日の出張を長期と捉えるか短期と捉えるかは、相手との関係次第。別にどうでもいい相手ならば、そもそも気にしたりしない。恋人が相手ならば、たとえ一日でも長いと感じてしまう。
 至は残念そうにしょんぼりと俯き、長く息を吐いた。
 そんな至を見て、千景は苦笑する。そんな寂しそうな顔をしないでほしいと。
「連絡入れるから」
「はい……」
「稽古出れなくてごめんってみんなに言っておいて。誰かに何かあったら必ず連絡するように」
「俺が寂しくて死んじゃうのもですか?」
「そうだな」
 千景がぐいと力強く抱き寄せてくれる。素直に身を預け、四日も感じられなくなる体温を存分じ味わった。
「茅ヶ崎、俺も寂しいのちゃんと分かってるのか?」
 吐息とともに、千景の方からも残念そうな甘い声。ぞわ、と背筋が震えた。
「千景さん耳元でそういう声出さないでください」
「どうして……」
 どうしてと言われても、照れくさいしむずむずするし何より軽いハグだけでは足りなくなってしまう。それを分かっていて、千景は耳朶を唇に挟むのだ。はむ、と柔らかく食まれ、かじ、と軽く歯を立てられては、本当に物足りなくなる。
 至は少し体を離して耳を遠ざけ、責めるように千景を見つめ返した。
 それでも千景は涼しい顔をしていて気にくわない。仕返しでもしてやろうかと、怒ったままの表情で千景にキスをした。
 そうして、後悔。
 触れるだけではやっぱり足らない。唇を舌先でつつき、入らせてとおねだりし、緩んだそこに入り込んで仲良しな舌の挨拶。舐めて、絡めて、時には噛んで。
「千景さん、気をつけて行ってきてください」
「うん。寂しくなくても電話しといで、茅ヶ崎」
 そっちがするんじゃないのかと文句を言いたいところだが、お許しが出たのだからここぞとばかりに甘えてやろう。



2018/08/25
お題は「甘噛み」 初めて文庫メーカー使ったもの。誤字が;;
  
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