華家



金曜日のネコ


 琥珀色の液体がグラスの中で揺らぎ、唇の中に流れ込んでいくのを、横目で眺めた。何を飲んでいても様になるのはどういうことだろうかと、心の中でクソがと悪態をつく。

「で、プレゼンはうまくいったのか? 茅ヶ崎」

 笑んだ口許が、確信をもった口調で訊ねてくる。

(色気のない話題……)

 そう思いつつ、至は笑みを作って答えた。

「うまくいきましたよ。おかげさまでね」
「そう?」
「先輩が、出先からLIMEくれたから。頑張りました」

 話題に色気がないのなら、自分で練り込むしかないと、あからさまに色を含んだ視線をやった。
 事実、プレゼンに挑む数分前に、千景からLIMEが入った。頑張ったらご褒美あげる、と。稽古のない金曜日、ともなれば、恋人に対して期待するのは当然で、もう少し色っぽいことになるのかなと思ったのだが。
 定時で仕事を終えた至を待っていたのは、何杯でもオゴッてあげるという言葉だった。
 ほんの少しがっかりした気持ちを、千景は多分気づいているに違いない。

 気づいていながら、するりとかわし、相手に選択をさせ、結果自分の思い通りにしてしまう。

 そういうズルささえ、千景の魅力だと思うことこそが、救われない。
 チートすぎると思う能力も、スパイスを買い込むくらい辛いもの好きなのも、レンズの奥で揺れる瞳も、焦がれてやまないもの。
 あ、と思い出す。

「そういえば先輩って、ネコ苦手なんでしたっけ」

 いつだか、監督や椋がそう話していたことを。甘いものが苦手というのは想像ができたが、ネコが苦手というのがなんだかかわいらしくて、こっそり笑ってしまったのだと。

「ネコよりタチが多かったかな」
「そういう話じゃなくて。先輩ときどきデリカシーないですよね」

 ふいとそっぽを向く。千景が相手にしてきた男は少なくないことを知っていても、気分が良いものではない。恋人と呼んでいいはずの自分が横にいるのに、その手の話題を出してくるなんて。

「ははっ、悪い。でも、昔の話だろ」
「そゆとこな~。先輩チート過ぎるのに、なんでどこかおかしいんだ……」
「……恋人を作ったのは初めてだからな、勝手が分からないんだよ。怒るな、茅ヶ崎」

 わざわざ振り向いて、千景が甘い声で囁いてくる。唐突なデレ成分についていけず、至はカチリとグラスを歯にぶつけてしまった。

「は、じめて、なんです?」
「言わなかったか? こんなふうにバーに誘うのだって、お前が初めてなのに」

 聞いてない、と至は頬を赤く染める。これはとんだご褒美だと視線を泳がせたら、千景は面白そうに笑った。

「茅ヶ崎とじゃなきゃ、情熱的な恋キスオブファイアなんて飲まないぞ」

 そう言って、千景は自分のグラスを至の唇につけてくる。ざらりとした感触があった。

「それ、舐めて」

 グラスの縁についた少量の砂糖。スノウスタイルにされたグラスだったが、場所を選べば苦手な甘いものは口にしないで済むはずなのに。至はぺろりと舌先を使い、縁についた砂糖を舐め取った。

「せんぱ……」

 千景の唇が近づいてくる。他人もいるところでなんて、と拒む気持ちは、ほんのわずかだった。

「……せっかく砂糖舐めて取ってあげたのに、キスしたら意味ないじゃないですか」
「茅ヶ崎の唇なら、甘くてもいいかと思って」
「予告なくデレるのやめてもらえません?」

 居心地が悪そうに周囲を見回すと、千景が気づいてふっと笑う。

「周りは気にしなくていい。ここ、そういう・・・・ところだから」
「あー……」

 意識して見てみれば、どうにも同性のカップルしかいないように思う。それは別に構わないのだが、それならそうと早く言っておいてほしい。もっと早くに千景の唇をもらえたかもしれないのに。

「俺相手なら、苦手も苦手じゃなくなるってことですか」
「そうだなあ……」
「じゃあ、ネコもですかね」

 意地悪をしたくなって、くくと喉を鳴らしながら笑う。

「にゃあん?」

 ネコの鳴き声を真似しながらすいと覗き込んでみると、千景はぱちぱちと目を瞬いた。まさか鳴き声だけで鳥肌が立つほど苦手なわけではないだろうが、ネコを敬遠する様も見てみたい。

「茅ヶ崎……」

 呆れたように息を吐く千景に、もう一度。

「にゃーん。にゃあ」
「塞ぐぞ、口」
「それは物理的な意味で? それとも殺意的な意味で?」
「どっちもかな」

 本当に物理的に唇が塞がれる。なんだか怒ったような舌先を受け入れて、アルコールの香るキスを楽しんだ。

「ん……殺意は?」
「こういう店で不用意にネコ発言するな。狙われるぞ。カップルだけじゃないんだから」
「先輩がいるなら安全でしょ。ネコって警戒心強いし。なついた相手にはデレデレみたいですけど」
「茅ヶ崎、そのカクテル早く飲んで」

 とん、と肩を押されて、密着していた体が離れる。少し素っ気ない物言いが気になって、至は自身のカクテルに視線を落として首を傾げた。

「この店出るぞって言ってるんだ。お前への視線がうっとうしい」
「……何杯でもオゴッてくれるって言ったくせに」

 視線なんか感じない、と文句を垂れながらも、グラスを持ち上げる。千景が言うのならそうなのだろう。至としても、自分がそういう視線を浴びるのは本意ではない。

「まさかこれがご褒美だなんて、本当に思ってるんじゃないだろう?」
「え?」
「これから抱くんだよ。お前は俺専属のネコでいろ」

 脳天に、必殺の一撃を食らった気分だった。二人でいるときの明け透けな物言いは、なつかれているのだろうかと、ウォッカ・アイスバーグを飲み干す。

「さてどこへ行きましょうかにゃん」
「やめろ」
「とか言いつつ人のケツ撫でないでもらえません? しっぽなんかないですよ」
「茅ヶ崎なら可愛いかなと思って」
「先輩わりと俺にベタ惚れですよね」
「気づくのが遅い。行くぞ茅ヶ崎」

 そうしてふたり、夜の街へと消えていった。



2018/06/02
お題は「金曜日」と「ネコ」
  
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