華家



ネコと甘いもの


 なんの面白みもないホテルだった。だけど、面白みなどこの際どうでもいい。体を重ねる大事な恋人がいれば、どこだって構わないのだ。

「さて、どうしようか。シャワーする?」

 千景はネクタイのノットに指をかけて緩めながら、どこかそわそわした様子の至に話しかけた。すると彼は楽しそうに笑って振り向いてくる。

「それよりキスが欲しいにゃん。うんと熱いヤツ」

 ぱち、と目を瞬く。そのお遊びはまだ続いていたのかと。
 ネコが苦手だという千景相手に、ネコの鳴き声を付け足して会話に混ぜてくる初めての恋人に、呆れよりも愛しさがこみ上げてくる。

「ふふ、冗談ですよ先輩。シャワー、しましょ、……っ」

 そんな至をぐいと抱き寄せて、唇のすぐ傍で囁いてやった。

「熱いキス、いらないのか?」

 答えを聞く前に、唇を重ねる。驚いたのか、ほんの少し見られた抵抗も、すぐに和らいで応えてくれた。機嫌がいいなと思うのは、彼の指先が遊ぶように腕を撫でてくるせいだ。ジャケットの感触としわを楽しむように動く至の指は、やがて背中に回り、千景の体を強く抱きしめてきた。

「んっ……んぅ、はぁ」

 ぺろり。
 左から右へ、右から左へと唇を舐めてやると、じれったそうに息を吐きながら誘い込んでくる。舌を捕らえさせ、ちゅうと吸われてからようやく、千景は本格的に至を味わった。
 あまい。
 先ほどのカクテルの余韻だろうか。グラスの縁につけられていた砂糖を舐め取ってもらったけど、やはり彼の唾液と混じる甘さは不快ではない。むしろもっと深く味わいたいとさえ思う。
 上顎を舌先でつつき、のけぞる至に唇を押しつけて、余すところなく暴いてやろうと吸い上げる。びく、と震える腰を撫で、なだめるように、煽るように舌をあまく噛んだ。

「先輩……」

 とろけたような瞳で見つめられ、シャワーなどしている余裕もなくなる。至の腕を引いてベッドに倒れ込み、お互いにタイをほどき合い、脱がせ合った。

「今日……どうしたんですか? 嬉しいことばっか」
「言ったろ、頑張ったご褒美」
「んっ……はは、マジか」

 プレゼンを頑張ったご褒美なんて建前で、ただ抱きたがった欲を包み隠す。至は今イチ理解していないような気がするのだ。こんなに好きになってしまったこちらの恋心というものを。

「あと、茅ヶ崎が可愛いことするから」
「……何かしましたっけ、俺」
「〝にゃん〟」

 面白そうに目を細めて応えてやると、あ、と思い出したように息を吐いた。元は至の小さな悪戯だったのだろう。立ち寄ったバーで千景の苦手なネコの真似をした彼が、どうにも可愛くて仕方がなかった。それと同時に、あんな店で不用意な発言をしたせいで、向けられるぶしつけな視線に苛立った。

「苦手ってのも、嘘なんですか?」
「嘘じゃないよ、別に。抱かれるより抱く方がいい」
「……だからそういう話じゃなくて!」

 ネコの意味を違う物に変えて答えれば、あからさまに不機嫌な顔で怒鳴りつけてくる。嫉妬されるのが心地良いなんて、彼に恋して初めて知った。

「怒ってるところも可愛いな、茅ヶ崎」
「はァ!? ……よ、酔っ払ってます?」
「キスオブファイア一杯で酔うと思ってるのか。本当のことを言ってるだけだ」

 指先で至の体のラインをなぞり、先日つけたキスマークがほんのり残っていることに口の端を上げ、その隣に新たな痕を付け足した。

「動物のネコが苦手なのも、抱く方がいいってのも、茅ヶ崎を可愛いと思ったのも、全部本当だぞ」

 面映ゆそうに、至は眉を下げる。千景は人差し指を彼の唇に押しつけて、ねだった。

「ほら茅ヶ崎、にゃんは?」

 もっと聞かせてほしいと上から見下ろす。至は困ったように視線を泳がせてから、唇の隙間でちろちろと舌先を遊ばせ、千景の指先を舐めた。

「……にゃあん?」
「うん、可愛い」

 正直、猫耳やコスプレといったものには興味がない方なのだが、相手次第なのだなとここで知る。

「……苦手、ってのは?」
「苦手だよ。何を考えているか分からないし、言葉が通じない。どう接したらいいか悩むんだよね」
「いやネコの言葉が分かるとか三角くらいしかいないんじゃないですかね」
「茅ヶ崎、にゃん」
「はいはいにゃんにゃん」

 呆れぎみに返してくる至の胸に手を滑らせ、つ……と指先で愛撫した。

「ぁ……っ」
「だからネコは苦手。でも、茅ヶ崎のことはよく分かるからな。俺の指にどう反応して、何を欲しがってて、どうしたらもっと可愛くなるのか。全部知ってる」

 そこに避ける理由はない。至の頬が真っ赤に染まる。ずるい……なんて呟く唇さえ愛しくて、思わず口づけた。

「んにゃむ」

 ネコともヒトとも取れる声が上がって、千景は笑ってしまう。

「茅ヶ崎、覚えておいて。ネコも甘いものも、お前限定で大好きだから」

 恥ずかしさに耐えきれず、至は両腕で顔を覆ってしまった。そんな彼の胸に優しく口づければ、

「……にゃあん」

 可愛い恋人が、甘ったるい鳴き声を聞かせてくれた。



2018/06/09
お題は「甘いもの」。金曜日のネコの続きっぽくなりました。
  
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