華家



結べないのはチェリーだけ


 稽古も風呂ももちろん夕食も終わって、団員全員がホッと息をつく頃、古市左京も例に漏れず、一日の終わりを感じて肩の力を抜いた。
 隣には、相変わらずデカい図体で小さなコンビニスイーツを食べる恋人が居座っている。
 確か夕食のデザートもきれいに平らげていたはずだが、稽古までの短時間で近くのコンビニにまで行ってきたらしい。
 もう隠す気もないんだろうなと思うほど、彼はーー兵頭十座は甘いものが好きらしい。それはどうも昔から母の手作り菓子を食べていたせいのようなのだが、幸福な家庭で育った恋人が羨ましくも、誇らしくも思う。
 強面のせいで人に避けられてきた人生だが、それでもまっすぐ素直に育っている。
 その中にあるひたむきな想いは、芝居に対しても、また、左京に対しても本当にまっすぐ、寄り道をせずに向かってくる。
 そんな十座の想いを受け止めて、受け入れて、恋人として接してきた。今では、当初からは考えられないくらいに愛しい存在になっている。
 もくもくとあんみつを食べる様を眺め、左京はパソコンを閉じた。

「兵頭」

 そして、十座が買ってきてくれた左京の分のあんみつから、ひょいと白玉とみかんを十座のカップに移してやった。

「左京さん?」
「やる。全部は食えねえからな。甘ぇ」
「あー……、あざす」

 十座は苦笑しながらも素直に受け取ってくれる。その苦笑はなにに対してなのかと首を傾げてみたら、気がついた十座が口を開いた。

「アンタ甘いもの好きじゃねえのに、毎回ちゃんと付き合ってくれるから……なんか、嬉しい気持ちと申し訳ねぇ気持ちがごちゃまぜなんす」

 十座は、コンビニに行ったあと左京の部屋にくる時は、必ず左京の分も何かしら買ってくる。一緒に食べたいという気持ちは分かっていたし、十座が甘いものを嬉しそうに食べているところを見るのは好きで、この時間は左京にとって一日の終わりを告げる大事な時間でもある。

「お前はまたそんなことを……」
「無理して食わなくてもいいのに」
「まあ、確かに甘ぇものは得意じゃねーがな。言ったはずだぞ兵頭。お前がそういうの食ってるとこ見るのは悪かねぇって。……俺の分もきっちり買ってくるお前の気持ちは分かる。一緒に食べてぇって言われた時、……その、……嬉しかった」

 十座が目をぱちぱちと瞬く。そうして向けてきた嬉しそうな顔は、甘いものを食べているときとおんなじだった。

「俺が成人したら、今度は酒飲むの付き合うっす」
「ん、はは、そうだな。楽しみにしてる」

 十座が成人するまでまだあるけれど、それまでも、それからも恋人として過ごしていたい。もちろんこのMANKAIカンパニーでだ。
 左京が分けた白玉とみかんを頬張り、好物なのか最後にさくらんぼを口に運ぶ。そんな十座が成人するのを傍で観ていられるというのは、左京にとってこの上ない幸福だ。
 そうして空になったカップに、さくらんぼの種と茎だけが残る。左京のカップも同じようなものだった。ごちそうさまでしたときちんと手を合わせる十座の口許を、何の気なしに眺め、そういえばと左京は自分のカップからさくらんぼの茎を持ち上げた。

「そういや、昔流行ったな」
「なんすか?」

 くるりと指先で回す左京を振り向く十座に、ジェネレーションギャップを感じるのは初めてではない。さすがに一回りも歳が違えば、流行もかなり違うのだろう。

「この茎を口ん中で結ぶってヤツだ。お前らの世代ではやんねぇのか?」

 そういって、左京は弄んでいた茎を口に含んだ。十秒、あったかどうか。左京の口の中で結ばれて、手の平で披露される。

「え、……これ、今、左京さんが?」

 十座は目を見開いてそれを凝視し、あまりにも愉快な反応をもらった左京は肩を揺らして笑ってしまった。

「これができるヤツはキスが上手いーーなんて、な。舌の使い方はそりゃあ関係してくるかもしれねーが」
「キス……」
「て、照れるようなもんじゃねえだろ、馬鹿」

 ほんのりと頬を染める十座につられて、左京の頬も赤くなる。
 思い出してしまうのは、やはり十座とのキスだ。こんなことで頬を染めるような男が、キスをする時には一人前に男の顔をするのだから始末に負えない。
 釣られ照れをした左京をよそに、十座は自分のカップに残った茎をひょいと持ち上げた。結ばれた茎と手にしたまっすぐな茎を見比べて、口の中へと放り込む。

「…………ん、……ん?」

 だがどうも手を使わずに結ぶというのは十座には難しいらしく、眉間にはしわが寄り、首を傾げたり指先を変に動かしてみたりと、見ている方はおかしくてしょうがない。

「百面相」
「む、難しいっす……」

 左京が肩を震わせて笑い出すと、リタイアしたらしく十座の口から折れ曲がっただけの茎が吐き出される。しょんぼりと肩を落とした十座の髪を、左京の手がそっと撫でた。

「なにしょぼくれてやがんだ」
「……いや、俺、やっぱ下手なんだなって思って……すんません」

 ある程度予測できたしょんぼりだったが、予想通り過ぎて左京の口許が緩む。まだ高校生の分際で、キスに慣れていられたら、多分嫉妬でこちらの機嫌が悪くなるはずだ。それには気付かないのだろうか。

「お前の歳と経験で、んなヘコむことか」
「別に経験がねえことにヘコんでんじゃーー」
「それにな、兵頭。こういうもんは、上手いか下手かの問題じゃねえ」

 左京だって初めからうまかったわけではない。ガキが金を稼ぐとなったらヤバい仕事かエロい仕事くらいしかなくて、それなりに女の相手もしてきた結果だ。テクニックがあって困ることはないだろうが、それより大事なものがあることを、左京は知っている。
 しょぼくれた十座の額にコツリと自分の額を当て、吐息のように囁いた。

「俺と、お前が、気持ち良くて幸福かどうかーーじゃあねえのか?」

 仕事でも芝居でもなく、恋人とのキスならば、それだけで充分だ。それ以外には愛情さえあればいい。

「左京さん……」
「俺は……好きだけどな、お前のキス」

 口唇が触れそうな距離で、ゆっくりと音にする。至近距離で視線が重なって、吐息が重なって、当然のように口唇も重なった。
 口唇を開いて誘ってやると、窺うように舌先が入り込んでくる。ちゅ、と音を立てて吸えば、それがスイッチとなったのか、一気に奪われる。

「んっ……」
 とてもさきほどまでキスが下手だのなんだのでヘコんでいた男だとは思えない。十座は左京の頬を両手で包み込み、がっちりとホールドして咥内を犯してくる。ぞくぞくと腰からはい上がってくる快感を隠さずに、左京は指先で十座の喉元を撫でた。

「ん、ん……ふっ」

 絡んでいた舌が解かれ、それと同時に体が床に倒れていく。ぶつかる衝撃は十座の腕が吸収してくれたが、揺れた髪がまぶたをくすぐった。

「おい、こら」
「いいだろ、左京さん。アンタの口唇以外にも、キスをしてぇんだ」

 いさめる態度はとってみるも、もともと煽ったのは自分の方だと自覚していて、ため息ひとつで眼鏡に手をかけ、外す。

「別にいいが、キスしてねえとこ残すんじゃねえぞ」

 人差し指で十座の口唇に命令を下す。十座はそれに笑って、手始めにと額にキスを降らせた。

「アンタが好きだって言ってくれんなら、結べなくてもいい……」
「くすぐってぇ」
「キスしてないところあったらダメなんだろ」

 額に、まぶたに、眉に、頬に、そっと髪を避けて耳に、十座は口唇を落としていく。くすぐったさに身をよじる左京の名を呼んで、ありったけの愛情を注いだ。

「ん、ぁ……」
「前から思ってたが、アンタ耳も弱いよな、左京さん。……サラサラの髪の毛、こうやって耳にかけてキスをすると、色っぽい声出してくれる。可愛い」
「かわ……三十路の男に言う言葉じゃねーぞ」
「本当にそう思うんだから仕方ない。普段隠れてるとこは弱いって言うけど、本当だな」

 ニ、と口の端を上げる十座の瞳に情欲の炎を見つけ、左京はぞわりと肌をあわ立たせる。こんなふうに男の顔を見せておきながら、キスが下手だなんてのたまう高校生の、アンバランスさ。

「てめぇは本当にタチが悪いな……」

 左京は目元を覆い、長く息を吐く。可愛いなんて言われて嬉しいはずがないのに、この男相手にだけは心臓が跳ねてしまう。

「駄目っすか……?」
「駄目じゃねぇ、馬鹿」

 それくらい惚れてしまったのだからしょうがないなともう諦めて、十座の背中に両腕を回した。


 一日の終わり、夜の始まり、結べなかった茎の変わりに視線と舌と愛の言葉を絡めあって、確かめる。甘い甘い、キスの味。



2017/10/03
10/3、十左の日ということで
  
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