華家



ONE NIGHT IN HEAVEN


「今後お前と二人で飲みにいくことはやめにしておくよ、茅ヶ崎。どんなイレギュラーが起こるか分かったもんじゃない」
 店を出るなり卯木千景に戻る一人の男。さらりとした髪をすらりとした指で面倒そうにかき上げるのが、癇に障った。
「すいませんでしたね、世間知らずで。っていうかあんなのに意味があるとか思わないでしょ、普通」
「茅ヶ崎ならそういう誘いもたくさんあっただろ、これまでに。もっとあからさまなのかな」
 おかげで助けてもらった礼もろくに言えていない。突然唇を奪われたことで帳消しになるだろうかと視線を背ける。
「あからさまな方が分かりやすくていいですけどね。色仕掛けで仕事取ったことなんてありませんから、俺は」
「なんだ、いやみとはご機嫌斜めだな」
「誰のせいだと思ってるんです? あ、あんな……突然キスなんかされたら、怒りたくもなりますよ」
 今さら唇を拭っても、感触は消えない。千景の唇、千景の舌先、濡れた音、湿った呼吸、響く衣擦れ。おかしな気分になっているのが自分だけだと言われているようで、恥ずかしくてしょうがない。
「ああでもしないとお持ち帰りコースだっただろう。あの女、いっそどっちでもいいみたいな顔してたからな」
 あの手合いはいろいろ搾り取られる、とネクタイのノットに指をかけて崩す。その仕種にさえ胸が鳴ってしまった。
(あのカクテル、なんていったっけ、アキ……アキダクト、そう、アキダクトのせいだ。ウォッカが強い……そのせいだ、絶対)
「まあ、お前とのキスは悪くなかったぞ、茅ヶ崎。うちのエージェントにいたら、ボトムで十分やっていけるだろうにな」
 振り向いた千景の指先が、至の唇を撫でる。どういうつもりでそんないたずらを仕掛けるのか分からない。分からなくて腹が立つ。たぶん、それだけだ。
「じゃあ、先輩がお持ち帰りします?」
 その指先が離れていく前に、至はぺろりと舌先で遊ぶ。レンズの奥の瞳が揺れたのを確認して、気分が良かった。
「茅ヶ崎」
 とがめるような、いさめるような視線が突き刺さる。動揺は一瞬で隠れてしまった。自分はこの男をどうしたいのだろうと、至はレンズの向こうの瞳をじっと見返す。慌てさせたいのか、暴きたいのか、跪かせたいのか。最後のはないかなと思いつつ、口の端を上げた。
「俺の中にアキダクトなんか流し込んでおいて、そのまま知らんぷりってひどくないですか? 先輩」
「……キスだけじゃ足りなくなったって言うならまあ、確かに俺にも責任があるか」
「それな。あんな恋人同士みたいな熱いキス、体が勘違いしちゃってもしょうがないでしょ」
 千景はややあってあからさまにため息をつく。至が舐めた指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、目を細めた。
「ノンケに手を出す気はなかったんだけどな。まあ茅ヶ崎なら面倒なことになる可能性はゼロだし……いいよ、ついておいで」
 二つしか違わないのに、どうも子供をあやすような言葉に、至は眉をひそめる。ベッドへの誘いくらい、もうすこし色気があってもいいんじゃないか。そんな風に思う。せめてもう少しだけでも優しさがあれば――そう続けて考えかけ、ふと足を止めた。あれば――なんだというのだろう。
「茅ヶ崎? 怖じ気づいたなら帰っていいよ」
 立ち止まってしまった至をいぶかしんで……いや、面白がって、千景が振り向いてくる。その言いように至は諦めたように息を吐き、小さく首を振った。
 この男に優しさなんて求めたら負けなんだと。
「行きますから、ちゃんとイカせてくださいね」
「ああ、わりとお安いご用だな」
 口の減らない千景に対抗できる手段は今のところない。至は早々に諦めて、熱のこもる体だけどうにかしてもらおうと彼の少し後ろを歩いた。



「あ~ラブホとか久々」
「そうなのか? もっといい部屋選べばよかった?」
「別に、そういうの気にしないんで。最近のラブホってラブホっぽくないしね……ああ、俺はもちろん女の子とですよ」
 廃人レベルでゲームにハマっていると、そういうことはとんとご無沙汰だ。もちろん自分で処理はしているものの、異性とはもちろん同性とこんなところに入るようなことにはなっていない。
「先輩は、こういうとこよく来るんですか。かわいい男の子と」
「かわいいかどうかは個人の主観だろう。面食いじゃないとは思うけどね」
「へぇ、意外」
 こういうところを利用するあたりを否定してもらえないのが気に障る。この状況で他の相手のことを聞いたこちらもマナー違反だとは思うものの、少しは隠したりしないものだろうか。
「まぁでも……茅ヶ崎の顔は、わりと好みだな」
「え? うわっ……」
 なんの前触れもなく肩が押されて、ベッドに倒れ込む。天井の照明が千景に隠れて、至の視界は突然明るさを減らした。
「ムードない……」
「お前相手にそんなことしてどうするんだ?」
「あの、ちょっと、シャワーとか」
「いいだろ別に」
 こちらは別に良くないのだが、馬乗りになられた状態ではろくに動けやしない。身体能力の差も歴然としていて、覚悟を決めるしかないと引きつった笑いを浮かべた。
 千景はなんのためらいもなく肩からジャケットを落とし、腕を抜く。ベストのボタンも外し、ネクタイを引き抜く。しゅるりと衣擦れで経つ音がやけに艶っぽく思えて、至は自覚なく頬を染めた。
「そうだ茅ヶ崎。先に言っておく」
 ほどいたネクタイをこれ見よがしに掲げてみせ、千景はゆっくり指から落とす。
「抱いてもいいけど、これで俺に惚れるなよ」
 唖然とした。この状況でこんな台詞が言えるのは、たぶん卯木千景だけだろう。今の今まであった緊張のようなものが、一気に抜けていった。
「誰が、先輩なんか。それに、一夜限りだって分かってて惚れる馬鹿もいないでしょう」
「……ま、そうだな。お前に飲ませたアキダクトの分くらいは、楽しませてもらおうか」
 ふふ、と笑って千景は眼鏡を外す。その指で至のネクタイをほどき、ボタンを外し、剥ぎ取っていく。鮮やかだなあとどこか他人事のように思いながら、至はシャツから腕を抜いた。


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 腰の後ろに、何かふわふわした物が差し入れられる。どうやら枕らしく、その高さ分腰が上がった。膝の裏に手を入れられて、ぐいと大きく開かされた。とんでもない格好に、至の羞恥は最高潮に達する。
「なにしてんですか先輩っ……」
「ああ、顔が見たかったから。茅ヶ崎ならきっといい顔してくれるんだろ」
 人にこんな恥ずかしい格好をさせておいて、一切悪びれることもなく、千景はさらりと言ってのける。
「こら、だから力抜けって言ってるのに。ちゃんと慣らすから」
「な、慣らすって……ひあっ」
 ぬるりとした感触が尻の間にある。ボトル型の潤滑剤が、千景の手を伝って至にまで降りてきていた。カアッと顔の熱が上がる。全身の熱が上がる。
 そこを使うのは理解していたが、いざこうして目の当たりにすると、羞恥以上のおびえがあった。
「せ、先輩、待って、あの、本当に」
「平気平気、こっちでイカせてやれるから。おとなしく足開いてろ、茅ヶ崎」
 怖じ気づいたわけじゃないよな? と暗に言い含める千景に、イエスともノーとも言えない。だがここまでしてしまった以上、最後までするしかないだろう。自分だけ気持ちよくなって終わり、ではあまりにも薄情だ。
 至は何度目かの諦観を込めた息を吐き、言われるように体の力を抜いた。
「う……」
 尻の間の窄まりを何度か撫でていた指先が、つぷりと入り込んでくる。違和感らしきものはあったが、先入観が働いたものでしかない。
 思っていたよりするりと入り込まれてしまって、肩すかしを食らった気分にもなる。
「痛くはないか?」
「ない、ですけど……気持ちよくもない」
「ならいい」
「いいんだ?」
「まだ入れただけだろ。俺の指で乱れるのはこれからだぞ」
 ニ、と皮肉げに上がる口の端。ぞくりと背筋を這い上がったのは、悪寒にも似た快感だった。
「そ、な、指なんかで……っ」
 中で、千景の指が動くのが分かる。息を呑んだ。
 付け根まで押し込んでいた指をゆっくりと引き抜かれ、喉の奥で声が詰まった。
「あっ……」
 足された潤滑剤とともに、また指が突き進んでくる。中で関節を曲げ、広げられているのが伝わった。増えた潤滑剤がぐちゅりと音を立てるせいか、余計に恥ずかしい。
「ほら茅ヶ崎、入れるだけじゃないだろ」
「待っ……て、先輩、そん、な、回さないで、くださ……っあ、あぁ」
 入り込んだ指先を固定して、ぐるりと押し広げるように手を回す千景。びくびくと体が震え、つま先が踊った。
「エロいこと言うなあ、茅ヶ崎は。指増やすぞ」
「や、いやだ、やめ……っんぁ、あ、あっ」
 また増やされる潤滑剤と、今度は一緒に指が増える。前後に、左右にと好き勝手に動く指に翻弄されて、違和感などとうに吹き飛んでいた。
「あ、あう、ああっ……ん、んぅ」
「いい声が出てきたな。気持ちいいだろ」
 千景がそう訊ねてくる。からかう目的でないのが分かるから、至は視線を泳がせて、目一杯ためらって、おずおずと頷いた。
「よくできました」
 くいと俯いた顎を持ち上げられ、またご褒美のキス。
 他の相手にも、こうして何度もキスをするのだろうか。
 そう思うと悔しくてしょうがない。きっと他の慣れた相手たちは、ここでもっとしてとでもおねだりするのだろう。そんなことはしてやるものかと、唇に軽く歯を立ててやった。
「……ふ、くくっ、かわいいな茅ヶ崎」
「嬉しくないです」
「そう? こっちは喜んでたけど」
「あッ、ちょ、待っ……」
 ぐっと指を突き立てられて、のけぞる。それを追ってきた千景の唇が触れてくる。
「ほら、キスをすると、……俺の指に絡みついてくる。もう一度……」
「んっ、んむ、んんっ……」
「気持ちよさそうに腰揺らして、物足りないって言ってるのに」
「そんなこと、してない、でしょうっ」
「意地っ張りだな」
 さらに指を増やされて、ほんの少しの痛みと目一杯の快感が至の体を支配した。
「先輩、いや、いやだ、あ、だめ……駄目、こんな、あぅ」
「駄目っていう顔じゃないよ、茅ヶ崎」
 ぬぢゅ、ぬぢゅ、とわざと音を立てながらかき回してくる千景。心までもがかき乱されて、至は自分の浅ましさから目を背けたくて顔を横向けた。
「エロ魔神……」
 手の甲で口を覆って呟いたのに、それは千景の耳に届いてしまったようだ。にっこりと笑う表情が恐ろしい。
「そうだな、初めてのお前をここまで乱れさせられるんだから、もう魔神クラスかもしれないな。茅ヶ崎、何か召喚して対抗するか?」
「バトルキタコレ」
「しないのか」
 こつ、と額がぶつかる。はぁ、と漏れた千景の小さな吐息で気がついてしまった。千景が欲情しているのだと。
 どく、と胸が高鳴った。
 余裕だと見せかけておいて、欲を隠すペテン師を知ってしまったら、対抗も、抵抗もできない。
「使っていいんだったら、じゃあ、……体力回復魔法で」
 両腕で千景の背を抱き、ドキンドキンと鳴る心臓を隠しもせずに、ゆっくりと呟いた。



2018/05/03(07/01再版)
【装丁】A5/28P/300円/R18
【書店】とらのあな様
【あらすじ】「2.22のガチャ事情」の続き?のようなもの。
会社の飲み会を断って、成り行きで別のところへ飲みに行くことになった千景と至。そこで女性客から「一夜限りのお誘い」という意味を持つカクテルをおごられそうになり、千景は意味を知って回避するが、至が口を付けてしまい……?
  
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